『素晴らしき勝利を手にした九十九遊馬選手に、祝福を!!! これで彼もトロンに続いて、準決勝進出決定!』
観衆の前にトロンと遊馬が映され、鉄男やキャシー達が喜びの声を上げる。
『残る席はあと2つ! そのうちの1つを賭けて、まさに今カイトと\が熱い闘いを繰り広げているぞ!!!』
モニターの映像が切り替わり、カイトと\がそれぞれアップで抜かれた。歴然としたライフポイントの差と\だけがボロボロにされた状況に、会場はざわめく。
『おっと、どうやら\選手、後がない様子!? 良い子の皆様には、少し過激でしたかね……』
「あの\ってヤツ、遊馬と戦ったXって奴とWの妹なんだろ?」
「とどのつまり、ここはカイトを応援ですね」
「キャット……でもカイトが生き残ったら、遊馬の
No.が」
「まさか、私が君に負けるとは……」
ゆっくりと立ち上がったXの元に、遊馬と小鳥、そしてオービタル7が歩み寄る。遊馬はXを見上げて少し考えたあと、小鳥に振り返って頷き、オービタルにも振り向く。オービタルも悩んだように唸りながら首を落とすが、もう止めはしなかった。
「あの、これ、見て欲しいんです」
小鳥がブローチを差し出すと、Xは見覚えのあるそれに息を飲んだ。
「それはカイトの母親の形見、……なぜ君たちがそれを」
オービタル7もそこは初耳だったのか、「エエッ?!」と声を上げる。小鳥と遊馬も驚いた顔を見合わせ、小鳥はそんな大事なものをいじっていいものかと悩みながらも、ダイヤ型の石の蓋を開けて中のものをXに差し出した。
「昨日、カイトが落とした物なんです。それで、……これ、見てください」
小さくダイヤ型に折り畳まれた白いもの。まさか、と思いながらも、Xは躊躇いの残る指でそれを広げていく。広げ切ったそこにあったものは、見覚えのある背景を背にした少女の写真。その中には小さく結びまとめられた色の違う髪の毛が2つ挟まれていた。折り目に沿ってクタクタになるほど擦り切れた、斜めに切り取った跡のあるこの写真は、何度も開いては折り直されていたのを物語っている。
しかし、カイトが\の写真を隠し持っていたことに、Xはそこまで驚いていない。むしろ安堵したように息をつき、まだ顔に傷のない頃の彼女を懐かしむように眺めた。
「やはり持っていたか」
「……! やっぱりって、お前まさか、カイトの気持ちを知ってて……」
遊馬の少し責めるような声に、Xは目を閉じる。
───忘れることができない。あの時のカイトの背中を。カイトの顔を。
彼女が連れて行かれたと知り、急いで駆け込んだ実験室に、カイトは立ち尽くしていた。カイトの足元には傷痕のある右手が投げ出され、微動だにしない\が冷たい鉄の床に転がされている。
だらりとぶら下げられたカイトの手にある、黒いカードを目にして、カイトが\に手を掛けたのだと、Xは認めざるを得なかった。
『……クリス、』
怒りに歪めたXの顔は、振り返ったカイトを見て悲痛なものへと変わる。
『教えてくれクリス、オレは、どうしたら良かったんだ?』
母親が死んだ時も、ハルトが病気だと知った時も、そしてハルトを奪われた時でさえ、カイトは涙ひとつ見せなかった。そんなカイトが怯えた顔で、泣いていた。
そう、わかっていた。カイトが理由もなく\に、なまえに手を掛ける筈はないと。Xにも知らない何かが2人にあったのだ。でなければ───
「俺のターン、ドロー!」(手札2→3)
[ターン3:カイト]
カイトのフィールドはガラ空きだが、永続
罠《フォトン・チェンジ》と、伏せカードが1枚。一方\のフィールドには攻撃力2600の《堕天使マスティマ》と、守備力2400の《スペルビア》と2500の《ネルガル》の3体、伏せカードも1枚並んでいる。
「(
No.を呼ばなかったのは、おそらく俺がこのターンで《
銀河眼》の蘇生することを読んでいるからだ。ならば、あの
罠は……)」
ドローしたカードに目をやると、カイトは手札に加える。
「俺は
魔法カード《
銀河零式》を発動! 墓地の《
銀河眼の光子竜》を攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する。ただしこのカードを装備した《
銀河眼》は攻撃できず、効果も発動できない」(手札3→2)
《
銀河眼の光子竜》
(★8・光・攻/ 3000)
「見え見えなのよ!!!
罠発動、《サンダー・ブレイク》!!! 手札を1枚捨てることで、相手フィールド上のカード1枚を破壊する。私は《
銀河眼の光子竜》を破壊!!!」
\(手札1→0)
「くっ……」
早々に破壊されて砕けた《
銀河眼》の衝撃波に、カイトが腕で顔を覆う。
「《
銀河零式》の破壊耐性効果はバトルフェイズでないと発動できない。《フォトン・チェンジ》の効果で《
銀河眼》を蘇生させる手立てを加えてたのは分かり切ってた。私をいつまでも昔の私だと思ってナメてたら───」
「ナメてなどいない。……だが、俺の読み通りの
罠だったのは少し残念だ」
「……!」
「俺は《
銀河の修道師》を召喚!」(手札2→1)
《
銀河の修道師》(★4・光・攻/ 1500)
「この瞬間《
銀河の修道師》の効果発動! このカードが召喚に成功したとき、墓地の《フォトン》及び《ギャラクシー》カードを2枚までデッキに戻してシャッフルし、戻した枚数分ドローできる!」
「(……! しまった、《
銀河眼の光子竜》をデッキに戻せさえすれば、《フォトン・チェンジ》の効果でフィールドの《
銀河の修道師》と《
銀河眼の光子竜》を入れ替えられる……!!!)」
早計だったと悔やんでも、どうすることもできない。墓地に落としてある
罠カードはあと1枚、……ここで使うわけにはいかない。
「俺は墓地から《
銀河眼の光子竜》、《
銀河零式》の2枚をデッキに戻し、カードを2枚ドロー!!!」(手札1→3)
ドローしたカードにカイトが口角を上げた。
「そして俺は永続
罠《フォトン・チェンジ》の効果を発動! フィールドの《
銀河の修道師》をリリースして、デッキから《フォトン》モンスターを特殊召喚する。来い、《フォトン・バニッシャー》」
《フォトン・バニッシャー》(★4・光・攻/ 2000)
「な、《
銀河眼》じゃない?! なぜ……!!!」
「どうやら俺をナメていたのは、お前の方だったらしいな」
「……ッ!!!」
「《フォトン・バニッシャー》の効果発動! このモンスターが特殊召喚に成功した時、デッキから《
銀河眼の光子竜》を手札に加える(手札3→4)
そして俺はセットしていた速攻魔法《ハイパー・ギャラクシー》を発動!!!」
伏せられていたカードが開かれ、思わず\は足を少し後ろに引いてしまう。恐れているとでも言うのか。本気のカイトを前にして、……私が、───?
「このカードは、《
銀河眼の光子竜》以外の、自分フィールド上の攻撃力2000以上のモンスターと、相手フィールド上の攻撃力2000以上のモンスターを1体ずつリリースして、手札、デッキ、墓地のいずれかから《
銀河眼の光子竜》1体を特殊召喚する。
俺は《フォトン・バニッシャー》と、お前の《堕天使マスティマ》をリリース!!!
現れろ!!! 《
銀河眼の光子竜》!!!」(手札4→3)
《
銀河眼の光子竜》
(★8・光・攻/ 3000)
《堕天使マスティマ》をリリース対象にされ、\のフィールドがまた削られた。そして再び、銀河に降誕したドラゴンがカイトのフィールドで咆哮をあげる。その激しい咆哮と威光に腕で衝撃波を遮り、風が凪いだところで顔を上げ、カイトに目を見張る。
「(先行ターンでもうあのカードを伏せていた?! 最初からここまで見越してたとでも言うの? ……ッ これがカイトの実力)」
どくどくと高鳴る心臓と、沸き上がる血潮。恋や愛なんかじゃない。
「(なんなの、この気持ち、……)」
「バトルだ!!! 《
銀河眼の光子竜》、《堕天使ネルガル》を攻撃!!!」
「(……ッ やっぱり《スペルビア》の蘇生効果をわかってて《ネルガル》を……!)」
「この瞬間、手札から速攻魔法《フォトン・トライデント》を発動!!!(手札3→2)
《
銀河眼》の攻撃力は700ポイント上がり、守備力を超えた分だけ、相手にダメージを与える!!!」
「───ッ キャアアァッ!!!」
\(LP:800)
「その女の子、\さんだったんですね。一緒に入ってる髪も、カイトと\さんの色だから、……」
「いいや」
俯いて否定するXに、小鳥の方が少し跳ねる。だがXの否定は、別の方向のもの。
「片方の髪は\のものだが、もう片方はおそらく、……カイトの母親のものだ」
ひどく懐かしむような声色に、小鳥と遊馬がまた顔を見合わせる。そして小鳥は手の中のブローチに目を落とし、それもXに差し出す。
「そのカイトのお母さんと、お父さんのDr.フェイカーって人は、この2人ですか」
「……!!!」
ロケットになったブローチの中。小さく折り畳んだ写真は、明らかに後から入れられたもの。本来入っているものは、ロケットのサイズに合わせて貼り合わせられた写真であろうことは想像に易い。特に、このブローチの本来の持ち主がカイトでないのであれば、尚更。
「まさか、カイトが……」
ブローチを開け向かい合った2面、そこには若かりし頃のカイトの母親とDr.フェイカーの写真が、結婚記念日だろうか、古い日付と共に並んでいた。
フェイカーの顔の横には無数の傷がある。だが何度も思い留まったのだろう、その針やナイフの刃先で削ろうとしたらしい傷は、フェイカーの顔にまでは至っていない。そこには彼がどんなに父親を憎み、そして憎みきれない、捨てきれないやるせなさが滲んでいた。
「バカな、父をあれだけ憎んでいたカイトが、……フェイカーの写真まで持っていたと言うのか?! そんなことがあると……?!」
「当たり前だろそんなこと! 誰だって家族は大切だ。アンタ達が家族を守ろうとするようにな! だからカイトも、Dr.フェイカーの写真を削り取らず持ってたんだ。自分の家族にだって、希望があるって……!!!」
「家族の希望、───」
「う、……くぅ……ッ」
派手に吹き飛ばされ、震える腕でなんとか体を起こす。顔を上げれば、《
銀河眼》を背にカイトが\を見下ろしていた。その目は寡黙ながらも、真っ直ぐ何かを言いたげな色をしている。
カイト(手札 2/ LP:4000)
\(手札 0/ LP:800)
「勝ちに急ぎ、最初にライフを削りすぎたようだな。俺はこれでターンエンド」
「……くっ」
\はゆっくりと立ち上がり、髪を振り払う。息を荒げながら足を前に進め、元いた場所に対峙した。
「(\のフィールドには守備モンスターが1体、手札もない。……だが)」
「ふふ、……この程度で有利になったと思わないで」
余裕があるようには見えない。それなのに、この状況でも\はニヤリと不敵に笑う。
『そうだよ\。カイトに勝って、僕に証明してくれないと』
トロンの声に\の肩が跳ねた。目だけで後ろを見れば、視界の端にトロンが浮遊している。チラリとカイトに目を向ければ、トロンの姿がカイトには見えていないことを悟り、歯を食いしばってデッキに目を落とす。
『もう残っているのは君とWだけだよ? Xは、九十九遊馬に負けてしまった』
「なっ……!」
思わず振り向いた\に、トロンは幼い子を宥めるように指を唇に立てて「シー」と微笑む。その仮面の下に隠されたものに身震いしながらも、\はカイトに向き直った。
「(X兄様が、九十九遊馬に? そんなことありえない。兄様、……)」
『そろそろWも、凌牙とデュエルを始める頃だ』
「(W、……!)」
様子が変わった\に、カイトも訝しんでいる。
『もう家族を失いたく無いよね?』
じわじわと首が絞まっていく。心臓の鼓動に合わせて揺れる視界に、汗が流れる。
『カイトとフェイカーは、君から全てを奪った。また奪われてもいいのかい? それも今度は君じゃない。家族を全員、失うことになるよ?』
「(───W)」
ベッドに眠ったVの顔、Xの悲しい目、そして、Wの真っ直ぐな眼差し。その記憶が手から零れ落ちていく。唇を噛み、\は手を握り絞めてデュエルディスクを構えた。
『奪い返すんだ。君の奪われた記憶が眠る、《
No.》を。XとVを目覚めさせる方法は、あのカードを取り返す以外道は無い』
「はい、……トロン」
「ちょっと遊馬! どうするのよ?!」
Xとの決戦を制したというのに、遊馬は再びコースターの機体に乗り込んでレーンを進む。そこには小鳥とオービタル7も乗せられていた。
「決まってんだろ!!! カイトと\を止めるんだよ! そしてトロンにDr.フェイカー、……自分勝手な大人達に言ってやるんだ。自分の子供を復讐の道具に使うなんて、絶対に許せねぇって!!!」
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