装備魔法《デステニー・ストリングス》の効果を得た《ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス》の猛烈な8回攻撃を受け、凌牙はその場に倒された。
「そんな、シャークが」
 遊馬たちの目に飛び込んできたのは、倒れたまま動きもしない凌牙の姿。小鳥やアストラルも、その光景には息をのむ。
「(……アイツは)」
 一度だけデュエルした相手程度なら忘れていただろう。……だが彼は違う。カイトの脳裏には「No.ナンバーズを持っている」と嘘をついてまで遊馬を匿った凌牙の姿が思い返された。だがカイトは横目に凌牙を見るだけで、すぐにその目は凌牙の対戦相手に向けられる。

 画面越しに人の声が増えた事にWが振り返ると、その視線がカイトとぶつかった。
「カイト、……\」
 驚いたような顔でそう小さく呟いたあと、Wはキッとトロンを睨み上げる。
「なんのつもりだ、トロン!!!」
 気持ちが昂ったまま語気が強くなるWをすぐ後ろで見下ろすトロンの立体映像は、不適に笑い続けるだけで、大した答えを返す気配すらない。だがゆるりと湾曲させた片目が\に向けられるだけで、Wの背中には冷たい汗が噴き出す。
『互いの事が気になってデュエルに集中できないようじゃいけないからね、僕なりの配慮だよ』
「チッ……!」
「……」
 焦りを隠せないWに、表情を曇らせる\。その2人の態度にアストラルとカイトの視線は険しさを増す。片方は決定的な真実を知らない者なりの疑問、そしてもう片方は、決定的な真実を知った上での疑問。

「……ッ クソ! 凌牙! まだ終わりじゃない! 《ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス》のモンスター効果発動! オーバーレイ・ユニットをひとつ使い、《シャーク・ドレイク》にストリングカウンターを置く。これで次のターンの終わりに《シャーク・ドレイク》は破壊され、その元々の攻撃力分のダメージをお前は受けることになる。……それで本当のおさらばだ。俺はこれでターンエンド!!!」

凌牙(手札 1/ LP:500)
W(手札 2/ LP:1500 )


「(……W)」
 同じようにターンを終えたWを\が見つめ続ければ、Wも同じように、画面越しに\と目を合わせた。何も言葉はなかったが、\もWも、意を決したように目の前の相手に視線を戻す。そしてWは背後で、\は横目でトロンの視線にも意識を向ける。

「おいシャーク、返事をしろ!!! 聞こえてんだろ、シャーク!!!」
 画面の凌牙に向かって声を上げ始めた遊馬に、トロンだけでなく案の定だとばかりにカイトや\も顔を逸らした。
「シャーク!!! ちくしょう……!!! 小鳥、アストラル!!! オレ達もあっちに……!」
『ここからが本当のお楽しみなんだから、君たちはそこで大人しく見ていなよ』
 コースターの方に駆け寄ろうとした遊馬の前にトロンが現れ、遊馬は足を止めざるを得ない。悔しそうに顔を歪ませた遊馬に、トロンはうすら笑う。だがすぐに遊馬がトロンを無視して走り出すと、その体に鎖が巻き付いて盛大に転ばされた。
「遊馬!」
 小鳥の声にカイトも振り向けば、鎖で縛られた遊馬が起き上がって騒いでいる。なんとか逃れようともがく遊馬の前に、またトロンが現れた。
『その力はバリアンの力でできている。アストラル世界の力しか持たない君たちでは、どうすることもでない』
『ならば君をデュエルで倒せばいいのか? 決着をつけよう、トロン』
 静かにそう言いながらも、沸々と怒りを滲ませるアストラルにトロンが『デュエル?』と嘲笑を浮かべる。
『今は嫌だね、だって楽しいショーを見れなくなっちゃう』
 あはは、と笑うトロンに遊馬が食らいつく。シャークやカイトが痛ぶられるのを「楽しいショー」だと言われた遊馬の中に込み上げるものを見透かして、トロンは尚更くすくすと笑い続けた。
「テンメェ、こんな鎖、オレのかっとビングで!!!」
 ふんッと息を止めてもがく遊馬を見つめながら、トロンの目が一点を見つめる。
『“かっとビング”……? ふふ、一馬もそれが口癖だった。だが彼は、異世界から戻れなかった』
「くぅ……!!!」

「バリアンの力……」
 トロンの口からでた言葉に、カイトの目が\に向けられた。\はついその視線に左の手で傷のある右手を胸に抱く。
『カイト、君もバリアン世界のことは知っているよね』
 トロンの声にハッと顔を向ければ、いつの間にかトロンがすぐ横に立っていた。鉄仮面だけの横顔がゆっくりと向けられ、どこか冷めた目にカイトが映される。
『\が持っていた“バリアライトの腕輪”。君の父、Dr.フェイカーは、\からあの腕輪を奪うため、本来自分の息子には分不相応な“小娘”を引き合わせ、そして君は見事に彼女の心を奪った』
「違う!!! 俺は、……ッ!!!」
 そう叫びかけたところで、ぐっと口を噤んで遊馬たちに振り向く。つまらないプライドが口を塞ぐたびに\の心を削っていくと知りながら、つい言葉を詰まらせてしまう自分を叱責するカイト。そんな彼を眺めながら、苛立ちを吐き捨てるようにWが拳を振り下ろす。
「あんな腕輪ひとつのために、テメェら親子は\を……!」
「やめて、W」
 静かだが、そう突っぱねた\の声にWもぐっと息を詰まらせた。冷たくも、どこか悔いるような眼差しで呆然とフィールドを眺める\が、深いため息をつきながら目を閉じる。

 横目にWを眺めながら、トロンがパチン、と指を鳴らす。途端に遊馬を縛っていた鎖が消えて、その場に遊馬は転がされた。「痛ってて……」と起き上がる遊馬に、小鳥が手を貸して心配そうに覗く。アストラルも遊馬を気に掛けるものの、意識は既に\を捉えていた。
『(\が、バリアライトを持っていただと?!)』
 カイトとトロンのやりとりに視線が集まる中で、アストラルただ1人が\を見つめる。トロンと遊馬以外にその姿は見えない故に誰も、そして視線を向けられた\自身も、アストラルの疑念の眼差しに振り返ることはない。
「あれがバリアライトだと鑑定したのが、お前の父、九十九一馬だった」

「……! 父ちゃんが?!」


 ───『間違いありません、これは、異世界物質の結晶性鉱石でできています』
『おぉ……!』
 大発見に色めき立つフェイカーを横目に、一馬は腕輪を嵌めた少女の細い腕を包む大きな手を離し、対になる左手が待つ膝の上へ戻してやった。
『しかしこれを外すには、腕輪を壊す以外に方法がない』
『ま、待て一馬、この鉱石はこの腕輪の均一な円形状態でエネルギーを放出しておる。もし砕いてその力が失われたり、ただの石に戻るなんてことがあれば台無しだ! なにか他に方法は……』
『Dr.フェイカー』
 焦るフェイカーを少女から遮るように、一馬が立ち上がって振り向いた。その毅然とした眼差しに、フェイカーが小さく怯む。
『この話しは、彼女の保護者であるバイロン博士が同席すべきです』


「俺はたまたま、それをドアの隙間から見ていただけだ」
「待てよ、その女の子って、……まさか」
 皆まで言わずとも、遊馬が目を向けた先の該当人物をカイトは否定しない。
「てことは\は、オレの父ちゃんを知ってたってことなのか?!」
 名指しされても俯く\に、遊馬がぐっと手を握り締める。
「教えてくれよ\! お前は、オレの父ちゃんを知ってたんだろ?!」
「無駄だ、遊馬」
 詰め寄りかねない遊馬を宥めるように、カイトはどこか遠くを眺めたまま諫めた。画面の向こうのWも、これについては何も言えず顔を顰める。
「なまえが九十九一馬の顔を覚えていたとしても、何を言われたのか、いや、名前さえも分かるはずがない」
「な、なんだよ、それ」
「……あの頃のなまえは、……外国に居て、使う言葉が違っていた。周りの人間が何を話しているのか、全くわからなかったんだ。だから俺が話しかけても、言葉を返すことができなかった。なまえが言葉を理解し始めた時期には、おそらくお前の父親とは会っていない」
「そんな……」
 父、一馬の足跡を知る手掛かりが無いと知り、遊馬は落胆した。だがこの話しに含まれた“矛盾”が、アストラルや凌牙に違和感を芽吹かせる。


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