「(なにを言って───)」
 互いに本のページを一枚ずつめくることで初めて辿り着いた記憶の行き違い。そこに至ってやっと視線だけをトロンに向ければ、トロンは「待っていた」とばかりにカイトを見て笑っていた。
 そのトロンによく似た瞼、冷たく、そしてどこか哀れんでさえいた目をしたXの言葉が、真暗に閉ざされたカイトの心中に響く。
 ───『1年ほど前、あの子は目を覚ました。カイト、君と過ごした、ほとんどの記憶を失った状態で。今の\にあるのは、恋人であった君に利用され、裏切られたという悲しみだけ。……あの子は亡霊も同じ。君に執着するあまり、復讐以外に君と関わる方法が見つけられなかった。カイト、君が\から奪ったNo.ナンバーズには、おそらく彼女の失った記憶が、魂が封印されている』
 Xは確かにそう言った。
 ───『それでもハルトが持っていた写真を見て、そしてカイトの顔を見て、私は現実を理解した。カイトが私を捨てたのは本当なんだって』
 だが\は、ハルトが持っていた写真を見るまで確信を持っていなかった。事実、いま\は「覚えていないのは研究施設で過ごした期間だけ」と口を割ったのだ。
 抜け落ちた記憶があまりに限定的すぎる。
「思い出話しはもういいでしょ……! カイト、あなたのターンよ!」
 落ち着け、考えろ。ただ勝敗をつけるだけでは何も解決しない。そう自分を叱責しながら、カイトは横目でトロンを気にしている。既に確信していた。だがそう仕向けたのがトロン自身であることまでにカイトは気が回っていない。もちろんそれをトロンは見透かしていた。
『カイト、君は優しいね。Wと\は君の大事なハルトを傷付けた。……それでもまだ\を守ろうとしているなんて』
 カイトにしか聞こえない声で、トロンは悪魔のように囁き続ける。そんなトロンに一瞥もくれず、デュエルディスクを構えた\と向かい合うカイトの横顔に、トロンはフェイカーの面影を覗く。
 自他共に認められた天才、そして傲慢で自尊心の強いDr.フェイカー。 彼を知り尽くしたトロンだからこそ、その目に息子のカイトがいかに愚かであるかが映る。まあ相手が誰であれ、皆が皆愚か者にしか見えない自分の事も、トロンは自覚してはいたが。
『カイト、君は間違いなくDr.フェイカーの息子だよ。……1人の女性に入れ込むところなんか、まさしく昔の彼を見ているようだ』
「……!」
 ピシ、と、心の奥に隠していた、あのブローチの映像に亀裂が走った。
 どこに隠しても、それが心の中である限り今は全てがトロンの手中。カイトも、Wも、\も、誰の心の中だろうと関係はない。全能と言っても過言ではない、全てを見透かしたトロンの左目が、いまカイトの心にヒビを入れる。
『僕の正体をXから明かされた時点で、僕が君に何をしようとしていたのか君は分かっていた。……Dr.フェイカーが君を利用したように、僕は\を利用するだろうって事をね』
「……」
『君はフェイカーから才能と一緒にいらない遺伝を受け継いだ。……そのくだらない愚かな執着心だよ。君はそれを愛だと勘違いしている。だから君は\を救うため彼女と闘う事を決められた。……フフフ、でもお陰で君はもう逃れられない。全ては僕の思い通りさ。君から裏切られたと思い込んでる\の手で、君は消される』
「答えろ、貴様はアイツに何をした?!」
 \に悟られないよう視線だけ向けたカイトに、トロンは後ろ手を組み直して背を伸ばす。
『何もしてないよ。なんたってあの子の記憶を魂ごと奪ったのは、君なんだから。僕は少し背中を押しただけ…… 』
 カイトの脳裏に、あの忌々しい光景が何度も何度も反復する。Xが言っていた事が正しければ、いま\を取り戻すのに必要なのは───
『……』
 カイトが思考の先で思い浮かべた1枚のカード。それを透視して、トロンが目を弓形りに歪げた。
 さあ、そのカードを呼べ。そう口にしてしまえば、カイトなら警戒するだろう。だからこそ、トロンはどんなに遠回りでも直接そんなことは言わない。
『(君が本当に扱いやすい男で良かったよ、カイト)』

「……ッ いいだろう、デュエル再開だ!!!」
 デュエルディスクを構えたカイトを横目に、通信映像越しにWが鼻で笑う。同じくWも本来の対戦相手に目を向ければ、消耗しながらもなんとか体を起こして睨む凌牙と視線がぶつかった。

カイト(手札 1/ LP:2600)
\(手札 0/ LP:5800)

[ターン7:カイト]
「俺のターン、ドロー!!!」
(手札 1→2)

 カイトのフィールドはガラ空きにされ、ライフも\の半分以下。さらに\のフィールドには攻撃力3900の《No.ナンバーズ68 摩天牢サンダルフォン》と、3700の《堕天使イシュタム》が並んでいる。

「(俺の手札はこの2枚。…… 銀河眼ギャラクシーアイズを呼び戻しても、《サンダルフォン》の効果で能力は封じられている。それに墓地のモンスターが増えるごとに、なまえのフィールドのモンスターは攻撃力を上げていく。俺のデッキであのNo.ナンバーズを破ることができるのは、《 超銀河眼ネオ・ギャラクシーアイズ》しかすべはない。……だが、)」
 たった2枚の手札を広げ、カイトの険しい目に眉が寄る。その視線はすぐに自分のエクストラデッキに向かった。
「俺は魔法マジックカード《フォトン・サンクチュアリ》を発動! フィールドにフォトン・トークン2体を守備表示で特殊召喚する」(手札2→1)

《フォトン・トークン》(★4・光・守/0)
《フォトン・トークン》(★4・光・守/0)

「さらにカードをセットして、ターンエンド」

カイト(LP:2600)

「守ってきたか、……まだそんなカードを手元に残してたなんて往生際の悪い」
 \のフィールドにモンスターは2体、カイトのトークンは2体。
「(だけどまぁ、私のデュエルを一度見ただけでそこまで読んでくるなんて)」
 \の手札はゼロ。守備力ゼロなら通常召喚できるモンスターさえ引ければ\の勝ちだが、もしモンスターカードを引き当てたとしても、\のデッキは高レベルモンスターの割合の方が多く、通常召喚できるモンスターを引く可能性が1番低い。それはもちろん、\本人がよくわかっている。

「カイトのエンドフェイズに、《サンダルフォン》の効果は終了する」
  銀河眼ギャラクシーアイズ封じとなる、除外を封じ、戦闘・効果での破壊を無効にする効果はこれで終わるが、残りのオーバーレイユニットを使えば、次のカイトのターンもまた同じ制約がつく。
「(だがまだ手は残っている)」
 墓地にモンスターが増えれば、\のフィールドのモンスターはさらに攻撃力を上げてくる。だが守備表示のトークンなら墓地へは行かず、2度の攻撃もかわせる。次のターン、《サンダルフォン》の効果でオーバーレイユニットを使ったとしても、攻撃力は100しか上がらない。


[ターン8:\]
「私のターン!」(手札0→1)

 引いたカードを見た\の目が僅かに細められる。
「どうやらモンスターカードではなかったようだな」
「チッ」
「(引いたカードが顔に出るのは初心者のすることだ。……なまえは冷静さを失っている。それに、……)」
 カイトがチラリとWに目を向けるが、Wは凌牙に対峙していて気付いていない。
「《摩天牢まてんろうサンダルフォン》のオーバーレイユニットをひとつ使い、次のターンのエンドフェイズまでモンスターの除外と戦闘・効果による破壊を無効にする。そして墓地にモンスターが増えたことで、《サンダルフォン》と《イシュタム》の攻撃力が上がる」

No.ナンバーズ68 摩天牢まてんろうサンダルフォン》(攻/3900→4000)
《堕天使イシュタム》(攻/3700→3800)

「攻撃力4000……ッ!」
「私は《摩天牢まてんろうサンダルフォン》と《堕天使イシュタム》で、2体の《フォトン・トークン》を攻撃!」
「……く」

「私はこれでターンエンド」



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