『君はかなり早い段階から、……そう、Vが産まれてからは特に家族の中で孤独を感じていた。兄として理不尽な罰を受け、弟として愚者のように扱われる。それなのに君は兄のように信頼されることもなく、弟のように甘えることもできない』
息を上げて睨み合う凌牙を前に、トロンはWにだけ聞こえるよう背後から囁き続ける。
『君は確かに直情的ではあるけど、僕の息子だけあって本当は賢く、聡い。だから君は幼いうちから気付けたのさ。自分が損な役回りに生まれたんだってね』
く、と吐き捨てて歯を食いしばるWに、トロンが小さく笑う。何もかもお見通しというわけだ。家族として必死になってきた自分の努力の方は少しも認めもしないで。
『そんな君でも、\の事だけは諦められなかった』
「何もかも、全部わかってたのか、トロン……!」
いやにまとわりつく汗を振り払うこともできないで、ただその場に凍りつくWはトロンに目を向けることもできず、凌牙のさらに遠くの方を睨む。
『僕を誰だと思ってるんだい?』
Wの拳がギチギチと鳴る。怒りや焦りではない。体を支配し、震えさせているのは恐れだった。
『血肉を分けた息子の考えることなんて手に取るようにわかるさ。特に、君は一番分かりやすい子だからね』
「う、ぐ……!!!」
通信映像の中で遊馬や小鳥が凌牙に何か言っているが、凌牙の耳にそれは“他の声”でかき消されていた。ぢくぢくと痛む胸の“ささくれ”、ずっと心に響く、
No.の誘惑の声。それを振り払うようにWと開かれた画面、そこに映るカイトを見上げ、凌牙は立ち上がってデュエルディスクを構える。
背後からトロンの気配が消え、Wは唇を噛んで凌牙に対峙した。前のターン、Wは《ヘブンズ・ストリングス》の効果を既に発動している。エンドフェイズにはストリングスカウンターの乗った凌牙の《シャーク・ドレイク》は破壊され、その攻撃力分のダメージが凌牙にとどめを刺す。
「(どう足掻いても無駄だ凌牙、結末は決まってる。早く\のところに……!)」
[ターン5:凌牙]
「オレのターン、ドロー!!!(手札1→2)
オレは、手札から永続魔法《異次元海溝》を発動! 自分フィールド上の水属性モンスター1体を、除外する!!!」
「なに?!」
《
No.》の誘惑を断ち切り、さらにそれを除外することにより、《ギミック・パペット-ヘブンズ・ストリングス》の効果をも無効にした。
「オレは、新たなモンスターを、裏守備表示でセット! ……オレは、これで、ターンエンドだ」
凌牙(手札 1/ LP:500)
W(手札 2/ LP:1500 )
凌牙が
No.の誘惑を断ち切り、《ヘブンズ・ストリングス》の効果も凌いだことに遊馬や小鳥が声を上げ、カイトもそちらに目を向ける。通信画面越しだが、Wが冷静さを欠いているのは一目瞭然。それはカイトと対峙する\も同様だった。
「チッ、……フン、まあいい、褒めてやるよ凌牙。お前がまさか《シャーク・ドレイク》を手放すとはな。だがこれでお前は切り札を失った。一方俺には攻撃力3000の《ヘブンズ・ストリングス》が健在だ。このモンスターには《デステニー・ストリングス》が装備されている。さっきのように連続攻撃も可能ってことだ。もはや貴様に勝ち目はない」
『そうかなあ?』
「!!!」「……!」
降って沸いたような声に、Wと\がいち早く振り返る。
『装備魔法《デステニー・ストリングス》はリスクも大きい。それを発動させるには、デッキからカードを1枚、墓地に送る。だが、そのカードはモンスターカードでなければいけない。もしドローしたカードがモンスターでなかったら、攻撃はできず、バトルは終了となる』
「……ッ」
まるで凌牙の方にまだ望みがあるとでも言うような態度。Wの体を操る糸の一本一本が、トロンによって引き手繰られていく。
『さっきは運よくモンスターを引き当てることができたけど』
「俺が信用できないのか」
『確率の問題を言ってるんだよ。僕は科学者だからねぇ。……君は昔からそうだった。冷静で慎重なXやVと違って、直情型ですぐにカッと熱くなる。君より\の方が、よっぽどXやVの姉妹らしい』
「トロン!!!」
手に負えない子犬でも遇らうように、トロンはため息混じりにWを見下ろす。
『ほら、そうやって。……今も冷静に考えた方がいいよ? もっとも、君にそれが出来ればだけど』
「くっ……!」
トロンに噛みつきながら、Wはすぐ\の様子を伺う。Wが明らかにデュエルに集中できていないのは凌牙の目にも明らかだが、その原因は間違いなくトロンだ。
「(なにを企んでやがる……)」
はぁ、はぁと息を上げる\に、手札を握るカイトの指が軋む。
『……』
遊馬の横で、アストラルも\を覆う気配に目を凝らしていた。
『おかしい、……\からはあの紋章の力に紛れて、
No.の力が漏れ出している』
「何言ってんだよアストラル。\は
No.を出してんだから、当たり前だろ?」
『いいや。カイトとのタッグデュエルや、VやXとのデュエルでも彼らは
No.に取り憑かれずに
No.を使っていた。だが\は、少し違う気がする』
「なんだよそれ、……」
アストラルでも言語化できない違和感に加え、実際の対戦相手はない遊馬では返事のしようがない。
[ターン9:カイト]
「俺のターン、ドロー!!!」(手札1→2)
Wと凌牙のデュエルを気に留めるでもなく、カイトはデュエルを続ける。手札に2枚揃ったカードから視線を上げて\を見れば、意を決して手を伸ばした。
「俺は手札の《
銀河剣聖》の効果を発動! このモンスターは手札の《フォトン》または《ギャラクシー》のモンスター1体を相手に見せることで、特殊召喚できる。俺の手札は、《
銀河の修道師》!」
「(あのモンスターは、……)」
この状況で一番厄介な効果を持ったモンスターを開示され、\が身構える。
「俺は《
銀河剣聖》を特殊召喚し、さらに今見せた《
銀河の修道師》を通常召喚!」(手札2→0)
《
銀河剣聖》(★8・光・攻/ 0)
《
銀河の修道師》(★4・光・攻/ 1500)
「この効果で特殊召喚された《
銀河剣聖》のレベルは開示した手札のモンスターと同じになる。さらに墓地から《フォトン》または《ギャラクシー》のモンスター1体を選び、このカードの攻撃力・守備力はそのモンスターと同じになる。俺は《フォトン・バニッシャー》を対象にする」
《
銀河剣聖》(★8→4・攻/ 0→2000)
「そして通常召喚した《
銀河の修道師》の効果を発動! このカードが召喚に成功したとき、墓地の《フォトン》及び《ギャラクシー》カードを2枚までデッキに戻してシャッフルし、戻した枚数分ドローする!」
墓地のモンスターを減らすことで\のフィールドの《
摩天牢サンダルフォン》と《堕天使イシュタム》の攻撃力は下がる。だがカイトの目的は、間違いなく2枚のドロー。
「俺は墓地から《
銀河眼の光子竜》と《フォトン・アドバンサー》をデッキに戻す。これで俺の墓地からモンスターが2体減ったことにより、お前のモンスターの攻撃力が200下がる!」
《
No.68
摩天牢サンダルフォン》(攻/4000→3800)
《堕天使イシュタム》(攻/3800→3600)
「……!」
オートシャッフルを終えたデッキにカイトの手が伸びる。その動きをゆっくりと目で追いながら、\は息を飲んだ。
「ドロー!!!」(手札0→2)
真空を模したフィールドで見つめ合う二人の間に、カイトのドローしたカードが軌跡を伸ばす。指先で2枚に開かれたカードの中身をカイトが目にするまで、\は深々と覆う沈黙の中カイトの動向を見つめていた。
───『Cum adolescunt… Et dabo tibi et armilla patebat.』
『えっと、……なんて言ったんだ?』
『
Non dico…… ンー、わたしたちが、クリス兄さま、……に、なるとき?』
『大人になるまで?』
そう、おしえてあげない。そう頷いて微笑んで見せれば、カイトも眉毛を困らせたまま微笑み返す。地を這う大きな木の根に並んで腰掛けて、なまえは小さく鼻をすする。
まだ少しつっかえる息、擦りすぎた瞼と、濡れた睫毛。泉のほとりで揺れるラッパスイセンと同じ金色に霞む、柔らかな朝の太陽の光と、早春の冷たい空気。まだ会話に必要だった辞書を忘れてきても、カイトは何の言葉も借りないで、泣いていたなまえの涙を止めた。
それが決定打だったかはわからない。ずっと予感はしていた。自分がいつもこの人を見つめていることに気がついてから、ずっと。
『……好きだ』
風に任せてぼんやりと揺れる湖面を眺めていた視界の端、なまえの横顔にカイトは確かにそう呟いた。言葉の意味を知りたくても、辞書がないなまえには鸚鵡返しして聞くしかできない。
『? スキダ?』
『
ノン ディコ』
仕返しだと気付いて「あ!」と講義めいた声を上げたなまえから拙い文句が飛び出す前にカイトは立ち上がると、手を差し出して笑う。
『行こう。母さんが待ってる』───
「(カイト、私があのとき言ったのはね、……)」
ドローしたカードに視線を落とすカイトの横顔に\は唇を噛む。
昔のままで居たかった。聞き取れてもどういう意味か理解できなかった、あのときのカイトの言葉を、今は知っている。知らないままでいたらよかったのか。それとも、あのとき言った私の言葉をカイトが知ったら、また状況は変わるのか。
どうでもいい。どうせ変わりはしない。憎しみが増すだけなら、なにも知らない方がいい。
「俺のフィールドに《フォトン》または《ギャラクシー》モンスターがいるとき、このモンスターは手札から特殊召喚できる。来い、《フォトン・バニッシャー》、《フォトン・アドバンサー》!」(手札2→0)
《フォトン・バニッシャー》(★4・光・攻/ 2000)
《フォトン・アドバンサー》(★4・光・攻/ 1000)
「フィールドに《フォトン・アドバンサー》以外の《フォトン》モンスターが存在するとき、《フォトン・アドバンサー》の攻撃力は1000アップする」
《フォトン・アドバンサー》(攻/ 1000→2000)
「そして《フォトン・バニッシャー》が特殊召喚に成功した時、デッキから《
銀河眼の光子竜》を手札に加える」(手札0→1)
「(……墓地からデッキに戻したカードを、もう手札に呼び込んだ)」
たった2枚の手札からレベル4モンスターを4体並べ、手札にはまだ《
銀河眼の光子竜》がある。凄まじい巻き返しに\も警戒から怯んだ。
《
銀河剣聖》(★4・光・攻/ 0)
《
銀河の修道師》(★4・光・攻/ 1500)
《フォトン・バニッシャー》(★4・光・攻/ 2000)
《フォトン・アドバンサー》(★4・光・攻/ 2000)
「俺はレベル4となった《
銀河剣聖》、《
銀河の修道師》をオーバーレイ! 2体の光属性モンスターでオーバーレイ・ネットワークを構築! エクシーズ召喚!!! 来い、《
輝光子パラディオス》!!!」
《
輝光子パラディオス》
(ランク4・光・
ORU2・攻/ 2000)
「新しい
光子エクシーズモンスター?!」
「《
輝光子パラディオス》の効果発動! オーバーレイユニットを2つ使い、相手フィールドのモンスター1体の攻撃力をゼロにして、その効果を無効にする!!! 俺が対象に選ぶのは、《
摩天牢サンダルフォン》!!!」
「う、く……!」
『《
摩天牢サンダルフォン》が無効にできるのは、除外と効果・戦闘による破壊まで。その効果を無効にするという効果には、対応していない。これで
No.であるあのモンスターを戦闘破壊できる上に、墓地のモンスターの数だけ攻撃力を上げるという効果も無効になる』
「そっか、すげぇぜカイト!」
《
No.68
摩天牢サンダルフォン》(攻/3800→0)
《堕天使イシュタム》(攻/3600→2500)
『(だがそれでも《堕天使イシュタム》の攻撃力は2500。これでカイトが《
銀河眼の光子竜》を出したとしても、\のライフは残る)』
静かに思考を巡らせるアストラルが、遊馬から少し引いてトロンに目を向けた。その不気味に弧を描いたままの口に、アストラルは僅かに目を細める。
「(そうだ。ここで
銀河眼を出したところで、なまえのライフは残る。……それに、ただ勝つだけではなんの解決にもならない。今の俺がなまえにできることは───)」
たった1枚の手札、\の、なまえの魂を奪ったあの瞬間に使っていた《
銀河眼の光子竜》を握っていた手をカイトは下ろす。その行動には対峙していた\だけでなく、遊馬やアストラルも虚をつかれた。
1人だけ、トロンが笑っている。
「なまえ」
「……!」
突然の呼びかけに\の肩が揺れた。\の本当の名前を口にし続けるカイトに苛立ちながら、Wも画面越しにカイトの方ばかり視線を向ける。少しもデュエルに集中できていないWに凌牙も舌打ちをして、Wの視線の先を追った。
「お前の忘れた記憶が、お前から奪った魂の半分が、俺が奪ったあのときの
No.に封印されているとクリスが言っていた。もしこれでお前を取り戻せるなら、……俺がいま、お前に思い出させてやる!!!」
「(まさか)」
淡々としている当の\とは違って、冷や汗吹き出したのはWの方だった。思わずあたりを見回してトロンを探すが、こんな時に限ってトロンは姿を表さない。
「俺はレベル4の《フォトン・バニッシャー》と《フォトン・アドバンサー》の2体をオーバーレイ! 2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築!!! エクシーズ召喚!!!」
「よせカイト、やめろ!!!」
『……?!』
Wの叫びはカイトや\には届かなかった。アストラルと遊馬だけがWに振り向いても、なんの意味も為さない。
「現れろ、───《
No.18》!!!」
《
紋章祖プレイン・コート》!!!
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