「あれが、……」
『\に最初に取り憑いていた《No.ナンバーズ》……!』
 カイトのフィールドに召喚された《紋章祖プレイン・コート》に、遊馬とアストラルが息を飲んだ。その後ろで、小鳥やオービタル7もその異様な形態に震える。

No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》
(ランク4・光・ORUオーバーレイユニット2・攻/ 2200)

 ドン、と胸を叩かれたような痛みに、右手の紋章が脈打つ。足元から全身を不快感に逆撫でられ、Wは右手の紋章に汗を落としながら見つめた。
「なん……だ?」

「俺はオーバーレイユニットをひとつ使い、《紋章祖プレイン・コート》の効果発動! 相手フィールドのモンスター1体を破壊する! 破壊対象は、《堕天使イシュタム》!!!」

「手札から《堕天使テスカトリポカ》の効果を発動!」
「……?!」
「自分フィールドの《堕天使》モンスターが戦闘・効果で破壊される場合、このカードを墓地に捨てることで破壊を無効にする」(手札1→0)
「くっ……」

No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》(ORU 2→1)

「だがもう1体は破壊できる! なまえ、いまその牢獄を壊してやる。だから……!!!」
「……」
「バトルだ!!!《紋章祖プレイン・コート》で、《摩天牢まてんろうサンダルフォン》を攻撃!!!」

「う、く───ッ あああ───!!!」
\(LP:5800→3600)

 ついに《摩天牢まてんろうサンダルフォン》を破壊され、巨大な体躯からの爆発の猛風に\が吹き飛ばされる。
 煙の間からうつ伏せに倒れた\が現れると、カイトは痛む心に唇を噛んで、乱れ散らばった髪から覗く\の顔を見下ろした。
「う、……く、」
 震える腕で起き上がる\に、カイトは3ターン前の自分が重なった。もうずっと傷付け合っている。それでも互いに一歩も譲らず、立ち上がってまたカードを手にするのだ。薄々気付いていた。このままでは、たとえ一生かけても傷付け合うだけの関係になってしまう。
「(だが、それでも……)」
 立ち上がった\にカイトの骨が軋む。

「俺は、これでターンエンド」

カイト(手札 1/ LP:2600)
\(手札 0/ LP:3600)

「……ふ、ふふふ」
 カイトのエンド宣言、小さく笑い出した\が、次第に大きく笑い出す。
「なまえ、……?」
「ありがとうカイト」
 カイトの声を遮った\に、カイトが動きを止める。顔を上げた\の笑みに期待を抱く間もなく、\の背後に浮かぶトロンにこれが罠であったとカイトは思い知らされた。
「これで私は、トロンの娘でいられる!!!」
「……?!」


[ターン10:\]

「私のターン、ドロー!!!(手札0→1)
 私は《堕天使イシュタム》の効果を発動!!! 私はライフを1000支払い、墓地にある《堕天使》トラップカードをモンスター効果として発動する! ───うっ ……くぅ!」

\(LP:3600→2600)

「ふ、ふふ、私が発動するのは、……《魅惑の堕天使》!!!」
「な……?!」
 いつそんなカードを。墓地から開かれたトラップカードにカイトはそんな言葉を飲み込んだ。トロンがカイトの真横でその答えを囁いたからだ。
『最初のターン、\は真っ先にあのカードを墓地に捨てていた』
 それがなにを意味しているか、考えつかないほどカイトは愚かではない。
『\は君と戦うことが目的だった。だけど、僕の目的はただひとつ』
「《魅惑の堕天使》の効果、それは相手モンスターを奪うこと」
『僕には必要だったのさ。……紋章の力を完全なものにするためのピースがね』
「返してもらうわ、私の最初の《No.ナンバーズ》を!!!」
 雷鳴と共にカイトのデュエルディスクから《紋章祖プレイン・コート》のカードが弾き飛ばされた。あっと手を伸ばした先で、もうそのカードは\の手に渡る。
「カイト、礼を言うわ。私を取り戻せると本気で信じて、このNo.ナンバーズを持ち出してくれたことをね! これで私の《No.ナンバーズ》は揃った。このデュエルも終わりに───」
 ドクン、と、\の目の奥で何かが蠢いた。火花が弾けるような眩暈と、頬を叩くほど大きな心臓の鼓動が視界を支配していく。
 ───『その女は───…… デュエリストとして───……』
「え、」
 火花のような予兆から、大きな衝撃が\を貫いた。まるで手鏡でも覗くように、そのNo.ナンバーズのカードから目が離せない。
 頭の中へ一斉に流れ込んでくる映像を止めたくても、堰を切った濁流が止められるはずもない。ましてやプレイヤーのような停止ボタンがあるわけでもない。ただ呆然と、呼吸をするたびに\は封じられていた記憶を肺に押し流された。

「ア、あ、あああ!!!」
 カードを手にしたまま頭を抱えた\に、紋章が強く光だして《No.ナンバーズ》とせめぎ合い始める。ついに膝をついて精神からくる声にならない悲鳴をあげ始めた\に、Wは息が止まるほど青褪めた顔で凌牙に振り向いた。
「デュエルはここまでだ!!! 俺は棄権でいい───」
『僕を失望させたいの?』
 うぐ、と声を詰まらせたWの前に、トロンが立ち塞がっていた。凌牙も流石に困惑して、Wとトロンのやりとりを見ているしかできない。
「トロン……!!!」
「ああああ───!!!」
 \の背後で、《No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》がゆっくりと姿を現し始め、煙のように靡かせた青いコートが\に伸びる。見開いた目で《紋章祖プレイン・コート》のカードを見つめたまま動かなくなった\の髪が撫でられるたび、カイトやWをはじめとした面々が、明らかにソリッドビジョンシステムから乖離した現象に猛烈な警報を感じていた。


 ───『その女はもう用済みだ。……デュエリストとして使う価値もない』
 思い出したくない。思い出したら、私は、……
 ───『……好きだ』
 どうでもいい。どうせ変わりはしない。憎しみが増すだけなら、なにも知らない方がいい。
 やめて、知りたくない。憎しみが増すだけでいいから、自分のしたことに向き合いたくなんかない。カイトは許してくれない、私のことを。
『許してくれとは言わない。俺は地獄に落ちる。天国に行くお前とは、もう二度と会えない』
 は、と息を吸った目の前に、見慣れた自分の姿があった。今の自分よりも少しだけ背の低い、\ではない2年前の自分の姿。お気に入りだったワンピースと、火傷跡のない顔。そして、1枚の《No.ナンバーズ》。

 ───『その女はもう用済みだ。……デュエリストとして使う価値もない』
 振り返ると、あの時のカイトの背中がそこにあった。そして忘れていたものがひとつずつ加えられ、色がついていく。
 冷たい鉄板で覆われた通路に、ピンと張ったカイトの背筋。そして、カイトの目の前に立っていた、Mr.ハートランド。
『なまえはバリアライトの腕輪の在処ありかすら知らなかった。貴様らが欲しい情報を持ってない奴をここに置いておく理由があるのか? クリスが他の兄弟を預けた施設に帰してやれ。……ナンバーズハンターは、俺がやる』
『待って、行かないでカイト……!!! 行っちゃだめ!!!』

 ───『ファンタスティック、なまえ。カイトのためにデュエリストになりたい君の気持ちは、きっと報われる』
 カイトとハルト、そしてクリスからも引き離されていたある日、Mr.ハートランドがやってきて1枚のカードを差し出した。
『これは……?』
『君の強くなりたいという願いにきっと応えてくれる。さぁ、一緒においで。カイトに会わせてあげよう』

 ─── 苦しい、助けて、カイト、……クリス兄さま
『どういうことだ、Mr.ハートランド!!! なぜなまえがNo.ナンバーズを持っている?!』
『彼女を用済みだと言ったのは君じゃないか。それとも、彼女を家に帰すか、実験台に再利用するかはこちらの裁量だという事を忘れていたのかな?』
『貴様ァ!!!』
『もう遅いのだよカイト。彼女はNo.ナンバーズに取り憑かれ、もう生きては助からない。せめて君の手で彼女をNo.ナンバーズから解放してやったらどうかね?』

 ───『さぁカイト、その新しい力でNo.ナンバーズを倒すのだ』
 檻よりも冷たい鉄の壁に囲まれた実験場、その遥か上方にひとつだけ煌めく窓から見下ろしているMr.ハートランドの、どこかウカウカしたような声がスピーカー越しに反響する。
『う、ぐ、……あああァァァァ!!!』
『トーマス、ミハエル、クリス兄さま、───カイト、ごめんなさい』

 ───『許してくれとは言わない。俺は地獄に落ちる。天国に行くお前とは、もう二度と会えない』
 抱きしめる左手と、胸に乗せられた右手。カイトの汗で張り付いた髪越しに頬にくっついた冷たい耳と、静かな声。嗚咽と吐息が首に当たるたび、肩が熱くなってはすぐ冷たくなる。カイトの肩越しに見えるのは窓ひとつない鉄の壁と、床一面に散らばったカード。
 モニター越しに、「早くやれ」というようなことを言ってカイトを急かす悪魔。
 悪魔に魂を売ったのはカイト。だけどそれは、私の身代わりだった。


「あああぁぁぁ!!!」
 \の紋章が足元に広がり、No.ナンバーズの力と衝突を続ける。
「思い、出した…… そんな、私は、私がした事は……!」
『そう、カイトを裏切ったのは\、君の方だったんだよ』
「!!!」
 バリアン世界とアストラル世界の力、相容れないふたつの凄まじい拮抗の中心で蹲りながらも、\は片手で頭を押さえながら必死に顔を上げた。その視線を待っていたとばかりに、トロンが\を見下ろす。
「トロン、どうして……!!!」
『君が壊したんだよ。最後までカイトを信じなかった、君の弱さが招いた結果さ』
「……ッ あ、」
 ガラスが割れるような鈍い音を立てて、\の左手の甲から紋章が砕け散った。その光景に、Wが呼吸も忘れて目を見開く。
「ふ、フフフ、あははは……!!!」
 紋章のあった手の甲に浮かぶ、No.ナンバーズ“18”のアストラル文字。顔を覆っていた手を開き、No.ナンバーズに取り憑かれ豹変した\が立ち上がる。
「紋章の力が、……」
『まずいぞ遊馬、\がNo.ナンバーズに……!』
 No.ナンバーズに取り込まれた\を愕然と見つめるW。アストラルの言葉が遊馬以外の者に届かずとも、その手にNo.ナンバーズの刻印が現れたのを見れば誰しもが\の状況を理解する。
 逆巻く髪を靡かせ笑う\の目に涙が溢れるのを、カイトは見逃さなかった。
「貴様、これが狙いだったとでも言うのか?!」
 カイトに睨まれても飄々とするトロン。その向こうで、\のフィールドに奪取された《No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》が真の姿を現す。
『そう。僕の使う《紋章獣》のオリジン、《No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》を奪い返すには、元々の持ち主であった\が必要不可欠だった。記憶喪失の\が君の前に現れれば、君は間違いなくこのカードを持ち出してくる、……全ては僕の計画通り』
「どういう事だトロン! なぜ\がNo.ナンバーズに取り憑かれる?! 俺たちは、紋章の力で守られてたんじゃなかったのか?!」
『ああ、守ってるよ。僕の紋章の力は完璧に君たち兄弟のことを認識している。僕の血が流れている、君たち兄弟の事はね』
「あ、……」
『でも\の紋章は付け焼き刃にすぎない。だって、\は僕の子供じゃないもん』



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