「なん……」
「\が、トロンの子供じゃないって」
 凌牙と遊馬らが驚きを隠せない中、カイトやWはただ苦い顔でトロンを睨み続けた。そんな2人の表情を見れば、当の兄弟であるWに限らずカイトも承知だったのだと察しがつく。
『\は僕が引き取った養子だったんだよ。でも彼女を発見したのはDr.フェイカーだった』
「……」「……」
『それがWとカイトの確執の原因さ』
「は? それって……」
 いまいち掴めない遊馬を小鳥がはたく。

「ふ、……ふふ」
 デュエルディスクを構えた\に、カイトが対峙した。No.ナンバーズに取り憑かれた人間は、欲望や悪意が増幅される。そして、絶望も。
「私は結局ひとりぼっち…… 誰のことも信じられなかった、自業自得、……」
 必死に堪えた口元から息が漏れる。
「なまえ、……」
「いいえ、そんなのどうだっていい。私はまだ、自分の目的を果たしてない……!」
「……!」
 ぱちぱちと赤黒い稲妻のはじける中で、\の髪が宙をはためく。

「私は《紋章祖プレイン・コート》の効果を発動! オーバーレイユニットを1つ使い、相手フィールドのモンスターを破壊する。カイトのフィールドのモンスターは、《輝光子きこうしパラディオス》だけ」

「ぐぅ……ッ!」
 破壊されたパラディオスの爆風を遮り、カイトはその腕を振り下ろす。
「……ッ だが《輝光子きこうしパラディオス》が破壊されたとき、カードを1枚ドローする!!!」(手札1→2)

 カイトの残りライフは2600。モンスターも伏せカードも無く、\のフィールドには攻撃力2200の《No.ナンバーズ18 紋章祖プレイン・コート》、2500の《堕天使イシュタム》がいる。
『(カイト、君もこれでお終いだ。ひと足先に母親の元へ送ってあげるよ)』

『まずいぞ遊馬、カイトのライフは2600、2体の攻撃は受け切れない……!』
「カイト!!!」
「カイト様!!!」

「……ッ!!!」

カイト(LP:2600)

「これで終わりよ、カイト…… 《紋章祖プレイン・コート》の攻撃!!!」


 ─── 『オレはもう大丈夫。……お前が来てくれて、嬉しかった』
 葬儀を終えて数日後の、あの工房でのこと。カイトとなまえだけの秘密。
『……カイト』
 なまえの手をたぐり寄せて、カイトはその柔手を包む。機械油や溶剤の臭いに慣れたカイトの鼻を撫でるなまえの髪の香りと、服に染み込んだハーブ。星の色に光る瞳。
『こんなタイミングで言うべきか悩んでるんだ。でも、お前が、───』
 だがなまえの視線は一瞬、違う方へと向けられる。カイトもその視線の先を追うが、見慣れた工房の風景にこれと言って気を取られるものがあったようには見えなかった。カイトの視線がなまえに戻ってくれば、なまえはもうカイトを見つめている。まさかなまえの見ていたものが作業台に取り付けられた万力バイスだったとも考えつかないで、カイトは少し汗の滲むなまえの手を握る。
『お前がオレの家の養子じゃなくて良かった』
『……え?』
『好きだ』
 あ、と口を開きかけたなまえが、目をぱちくりさせたあと、顔を伏せた。なかなか返ってこない返事に、カイトも不安や焦りが芽生えて、なまえの顔を覗き込む勇気が出てこない。
『……あ、いや、……今のは』
『2回目』
『え、』
『いまので、2回目。カイトが、そう言ってくれたの』
 今度はカイトの方が「あ」と口を開けたまま顔を赤く染めた。顔を覆いたくても、なまえからしっかり握り返された手を離すことができない。そうして顔を伏せてやっと、なまえが首まで赤くして震えていることにカイトは気がつく。
『覚えてたのか』
『もっと長い言葉にされてたら、覚えきれなかったかも』
『そ、う、……だな』
『……』
 言葉が通じてなかった前提で言ったことでも、ちゃんと発音を覚えて調べていたのを知り、カイトはついに片方の手を離して顔を覆い隠した。かっこよく居たかったとか、もっといいプランは無かったのかとか、自尊心を守る方に思考を巡らせながらも、行き着く考えはただひとつ。
『そ、……それで』
 なまえの答えは?
『Et dabo tibi et ……armilla patebat.』
『(母国語……)』
『Cum adolescunt』
 まさかの回答に困惑しながらも、ところどころ聞き覚えのある単語に、それがあの時なまえが言っていた言葉のような気がして、なまえを覗き込んだ。
『ほらね、カイトは覚えきれてなかったでしょ?』
 はぐらかされた気もするが、いたずらめいた笑みで見上げられてカイトも言葉が詰まる。「そうだな」とだけ返すのがやっとで、もしかして「好き」の意味を軽い方の意味で捉えていたのではないかとさえ思い始めていた。
 もう一押しすべきかと悶々とするカイトを、今度はなまえが覗き込む。
『あのとき私が言ったのはね』
 そこから先の言葉を飲み込むと、なまえはまた一度俯いてカイトの手を握り返した。
『……なまえ?』
『ううん、やっぱり、……まだ教えない。カイト』
 握っていた手を引き寄せられ、胸に抱かれてカイトは息を飲んだ。見上げたなまえの首が、とくとくと脈打って震えている。
『私も、カイトが好き』───

 ───『大人になったらCum adolescuntこの腕輪をあなたにあげるEt dabo tibi et armilla patebat.。』
 なまえが唯一覚えていた生まれ故郷の文化。女の子は幼い頃から腕輪を嵌め、やがて成長とともにそれは抜けなくなる。そして大人になって求婚をされたとき、女は腕輪を自分で砕いて渡す。「大人になったらこの腕輪をあげる」。それはなまえの知っていた、最大級の告白の言葉。
 その事実を聞いたのは随分あとのこと。なまえがそれを黙っていた理由、……なまえはハルトと俺のために、腕輪ではなく貴重な鉱石として、それを俺に受け取らせたかった。俺が腕輪の意味を知って、責任を感じさせたくなかったとか言っていた。だから腕輪を砕かずに、自分の手の骨を砕いて無理矢理にあれを引き抜いた、と。
 俺をみくびるな。俺はお前のことも、ハルトのことも、諦めはしない。確かにお前が生きていると知って、俺は自分の犯した罪の重さから目を逸らし、お前からも逃げた。だが今は違う。
 俺は今度こそお前を助けたい。だから、───


「俺はこんな所で果てるわけにはいかない!!!」
「……!」

「《クリフォトン》、効果発動!!!」(手札2→1)

 土壇場でかわされた攻撃がカイトを掠めて、スペースフィールドに浮かぶ宇宙船の艦橋を吹き飛ばす。もうもうと立ち込める灰塵の中、カイトは立っていた。
「この攻撃を、かわした……?!」
「《クリフォトン》を墓地に捨て、ライフを2000払うことで、このターン発生する戦闘ダメージは全てゼロになる」
『(まさか《パラディオス》の効果でそんなカードを引き当ててたとはね。これがデュエリストのカイトの実力、……いや、\を思う執念か。フフ、Wが勝てないわけだよ)』

カイト(LP:2600→600)

「……ッ く」
 それでもライフコスト2000のダメージは大きい。流石に片膝をついたカイトを\が見下ろす。
「カイト、…… うぐっ」
 赤い稲妻の走る黒い霧に侵され、\が苦痛に顔を歪めてNo.ナンバーズの数字が刻まれた左手を抱きこむ。
「どうして、……どうしてよ。……たとえカイトを殺すことになっても、私は二度とカイトをデュエリストとして立たせるわけには、いかない……!」
「なまえ、……」
「デュエリストとしてのカイトはここで死ななきゃダメなのよ! カイトがもう闘わなくていいように、もう苦しまないように。……今度は私がなんだってする……! そのために私は、デュエリストになったのよ!!!」
「───ッ!」
 涙と共に本音を口にした\に、カイトが怯む。

 Wもまた\のその顔を見て、何かを察したように肩を落とした。
「……\」


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