3日間行われるWDCワールドデュエルカーニバル予選、その2日目の朝。
 参加デュエリストの名簿をばら撒き、No.ナンバーズカードで射抜いた者をその日の対戦相手にする。極東デュエルチャンピオンとしてファンの多いWからすれば、対戦相手を片っ端から捕まえるより、自ら誘いのメールを出して潰していく方が時間を効率的に使えたのだ。
「これが今日の対戦相手かぁ…… 念入りのファンサービスをしなくちゃなぁ、フフフフ」
「相変わらず悪趣味だな」
 横入れに睨めば、ソファで本に目を向けたままXが続ける。
「あえて自分のファンを選んで、地獄に突き落とすとは」
「対戦者探しには苦労するんだ、なにしろファンが多いものでねぇ」
 やれやれと言わんばかりに手を広げれば、「どいつもこいつもヘボデュエリスト」と嘲笑う。Wは視線を逸らし、Xと対面のソファに座っていた\に顎で指図した。
「\、当たったファンに連絡しとけ」
「はいはい」
 \がカップを置いて立ち上がると、Wを横切ってドアに突き刺さったままのNo.ナンバーズカードとデュエリストデータを取り剥がし始める。その顔にもうテーピングやパッチは無い。
 ほんの少しだけ\に注視していた2人が顔を向き直すと、Wは変わらない調子で悪態を吐く。
「まったく疲れるぜ。No.ナンバーズ集めもラクじゃない」
 その言葉に目を細め、Vは本を閉じる。
「ならそのNo.ナンバーズ、もっと大切に扱ったらどうだ、W」
「あぁ?」
 喧嘩腰を見せるW。不穏な空気が水を差そうとも、\は振り向かない。
「文句があるならテメェも自分の手で集めたらどうだ、V」
「今はまだ私が動く時ではない」
「ほおぅ? 俺はお前の手駒だとでも言いたいのか? なんならここで決着を───」
「W」
 ついに手を止めて振り返った\に、Wが口を噤む。その僅かに訪れた静寂に軽い足音が響いた。
「兄様たち、おやめください」
 トレーにティーポットを乗せたVが歩み寄って来ると、WもVもそちらへ振り返る。\はため息を小さく溢して、Wが飛びナイフ代わりに使ったNo.ナンバーズカードを抜き取る作業に戻った。
「喧嘩なんてよくありません」
「お前は黙っていろ、V」

「いや、Vの言う通りだ」

 この中の誰よりも、女の\よりも高い声に全員が顔を上げる。全員が振り返る中で、\だけが手を止めるだけでそちらに振り返るのを少しだけ躊躇う。そうしている間にも体重を感じさせないほど軽い靴音は迫り、階段の途中で止まってから、\はやっと顔を上げた。
「W、君は少し口が過ぎるようだね。ほかの兄弟たちのように高貴な心を忘れてはいけないよ?」
「トロン、……俺は問題児ってワケかよ」
「口を慎め」
 呆れたように、そして少し焦りを含んだWの声のさらに向こうで、Vが立ち上がった気配を感じた。
「トロンに対しての非礼は、私が許さない」
「……ッ わかったよ」
 Wに歩み寄ってトロンへの非礼を咎めるXのドスのきいた声の中で、\の意思に反して右手がカードを落としてしまう。
「(あ……)」
「\、顔の方はもう大丈夫なのかい?」
 カードを追って足元に目を落としていた\は、驚いて顔を上げる。
「……! はい、もう」
「トロン!」
 駆け寄って間に入ったWの背中に隠されたのを、咄嗟の行動とはいえ、やはりどこか苛立った顔で\がWの背中を睨む。しかし、その髪越しに見上げたトロンはどこか満足そうに笑った。
「いま表立って動けるのはWとVしかいないからね。だけどXも\も、いずれは大事な戦力になるんだ」
「はい」
 返事をしながらも膝をつき落としたカードを拾い上げる。
「V、今日の君の役目、分かっているね」
「はい、X兄様」
 迫って来る足音に立ち上がれば、もうXが目の前に立っていた。Wの目を気にしながらも\は手の中のNo.ナンバーズを広げ、目的のカードをXに差し出す。
「Wと\は当分別行動だ。神代陵牙は、血眼になって君たちを探している」
 受け取ったカードを一瞥すると目を伏せ、XはVにそのカードを投げた。受け止めたVの反対の手の方で、トレーに乗せたティーセットが音を立てる。
「そのNo.ナンバーズを渡しておく。奴は、まずWの前に現れるだろう」
「はい、X兄様」
 受け取ったカードを確認すると、Vは歩を進めてテーブルにトレーを置く。その様子を、どこか違和感を感じながらWが眺めていた。
「\、もしWではなく君の前に凌牙が現れたら、…… 分かっているね」
「はい」
 Wがした後始末を終わらせると、残りのカードをXに手渡す。
「……チッ」
 従順に返事をする\とVに、反抗的なW。3人は揃って部屋を出ていく。トロンはそれを見送ると、窓からハートランドを眺めるXに視線を向け直した。

「Dr.フェイカー、……奴からは、何もかも奪う。奴が俺たちにそうしたように」
「X」
 顔を顰めたXにトロンが声をかける。だがそれは宥めるようなものではない。
「呉々も僕の事には気付かれないでね。Dr.フェイカーは、……僕が死んだと思ってる。僕の存在を知らせるのは、僕自身の役目だからね」





「母さん」

 街の喧騒の中で、どこか凛とした声に\は振り返った。Vと歳が変わらないくらいの男の子が「俺が持つよ」と言って母親の荷物を取り上げるのを見送る。
 ───『カアサン、おばさまのなまえ?』
 ───『母さんは、母親……えっと、そっちの言葉でmaterマーテルだ』
「……」
 目を細めて首を動かし、ハートランドの中心、ハートの塔を見上げた。


 その塔の展望窓から街を見下ろすハルト。その手に、ハサミを入れられて2/3に欠けた写真の入ったフォトスタンドがあった。




「忘れたのか、お前の一番のファンの顔を…… Wォォ!!!」

「シャーク……!?」
 倒された鉄男と等々力を介抱する遊馬と小鳥を背に、バイクで突っ込んできた凌牙が立ちはだかる。ゴーグルを外して見せた顔は、やっと見つけた宿敵を前にしてわずかに笑った。
「凌牙ァ…… そうだなぁ、お前が俺の一番のファンだった。忘れていたよ」
 静かにそう返しはするものの、Wの目は沸々とした怒りに震える。
「あの時の借りを、返させてもらうぜ……!」
「ハッ…… それはこっちのセリフだぜ、凌牙。まさかお互いが妹の仇になるとはな」
「ふざけるな!!! なにが妹の仇だ。テメェら兄妹が璃緒にした事、俺が受けた屈辱…… まずはお前からカタぁ付けてやるぜW!!!」

「妹……?」
『……!』
 遊馬は、ただ凌牙から聞いていたWの事しか知らない。範疇を超えた会話の中で、妹という別の存在に遊馬とアストラルが眉を動かした。
「なにもかもテメェらが仕組んだんだ。俺のせいで、……俺のせいでアイツは!!! 俺はお前にここで復讐する!!!」
「シャーク、……お前、復讐って」
「フッフフフ、いいねぇ、言うじゃねぇか。……凌牙、今ならテメェの気持ちが俺にもわかるぜ。確かに大切な妹を傷つけられたら、ソイツを地獄に叩き落とすまで寝付きが悪いってもんだ」

 火花の散るWと凌牙の間に割り入ったデュエルアンカーが凌牙を捕らえる。突然の事に振り向けば、凌牙を捕らえたのはVだった。
「これは……!?」
「デュエルアンカーです」
 Wとよく似た笑顔で、凌牙の腕を引き寄せるVのアンカーがギチリと軋む。
「これで僕とのデュエルが終わるまで、離れることはできません」
「V、コイツは俺のエモノだ。引っ込んでろ」
 邪魔をされた苛立ちに顔を顰めるWを、Vはニッコリとした笑顔のまま宥める。
「W兄様、凌牙のデッキにNo.ナンバーズはない。だったら、兄様が相手にすることはないでしょ?」
「関係ねぇ! 俺は\に手をあげたコイツをブチのめさなきゃ気がすまねぇんだよ」
『(\……?)』
 \というのが妹の名前なのだろう、と咄嗟に判断できたのはアストラルだけだった。
「僕も同じですよ、兄様。凌牙が姉様を殴ったこと、……僕も腹に据えかねているんです」
 だけど、トロンの命令は絶対だよ。Wにしか聞こえない小さな声でそう呟くと、Wもそれが留めとなって押し黙る。
「今回は僕に譲ってもらいます」
 やっと口答えしなくなった兄にまたニコリと笑い、VはWを丸め込んだ。これにはWも舌打ちをするが、諦めて握っていた拳を解く。
「くっ…… ファンサービスは終わりだ」
 そう凌牙に吐き捨てると、さっさと踵を返して立ち去る。
「おい、待て!!! 逃げるのか、W!!!」
 挑発されてもWは足を止めることなく、また振り返りもせずハートピースを取り出す。
「俺のハートピースは完成している。\もな」
 反射して輝くハートピースを掲げた右手の甲に紋章が輝く。砂を巻き上げた風に姿が消えると、妖しく笑う声だけがその場に響いた。
「決勝で待ってるぜ? ハハハハハハ……!」

「待て、Wォォォ!!!」
「落ち着いてよ、兄様は忙しいんだ。君の相手はこの僕だよ」
 叫ぶ凌牙に、Vは小さい子供をあやすような、少し小馬鹿にした笑顔で宥める。
「くっ……!!! 兄と姉って事は、テメェもWの弟か。揃いも揃って同じようなムカつく顔しやがって!」
「あは、今の言葉、姉様が聞いたらきっと喜ぶよ」
 無邪気に見せた一瞬の顔に、アストラルが目をほそめる。

「聞かせてあげられないなんて、残念だ」


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