「わかったぜハルト、カイトのところへ行きたいってのなら、俺が必ず連れてってやるぜ!」
 ドロワとゴーシュから逃げ、小鳥とアストラルと共に、遊馬はハルトの手を引き上空から見え難いベイエリアの入り組んだ路地を走る。




「\、君の出番だ」

「はい、X兄様」
 傍受した通信に聞き耳を立てていたXが、耳に当てていたヘッドセットを下ろした。立ち上がったXの後ろに付き従い足を踏み出したところで、ヘッドセットから漏れ響いた声が\の足を止める。
『ハルトは見つかったのか?! ゴーシュ、ドロワ!』
「……!」
 この声を、もう何年聞いていなかっただろう。それでも\にはすぐにこれがカイトのものだと分かった。だがそれは、Xも同じ。
「カイトか。急ぐぞ\、先回りをしなければ───」
「シッ」
 従順だった\が、突然Xに指を立てる。Xの命令も無視して、\は静かにヘッドセットを持ち上げて耳に当てた。音量を上げる手を目で追い、Xは諦めたようにため息をつく。
『なぜ黙っている、答えろ!』
「───ふ、う……ッ」
 小さく息のもれたような声に、\の肩が揺れる。嗚咽のようなそれに心配したような顔を向けたXだったが、震える体はXが思ったような反応のものではなかった。
「んう…… ふふふ、……アッハハハハ」
 ヘッドセットをしたまま振り向く\に、驚きはしたがXは顔色を変えない。
「アハハハ、カイト! カイトがいる」
「\」
 どこか諌めるような声色に、いつもの\ならすぐ姿勢を正しただろう。だが今の\は、きっと誰にも従いはしない。それをXはよく理解している。
『安心しろ、ハルトの無事は確認した』
「……?」
 傍受した通信をツラツラと耳に届けるヘッドセットから、女の声が流し込まれる。その瞬間、上気した\の顔からスッと熱が下がった。
『ドロワ?!』
『だが、まだ保護するには至ってない。それにはカイト、君の力が必要だ』
 無意識に親指で下唇を押し上げて噛む\に、Xが小さく首を傾げる。
「(……この女)」
 直感というのは、自分の経験値という比較対象があってはじめて正確に働くもの。煙たがれているカイトを、この女だけが気遣っているとすぐに察知した。……その理由が、なんなのかも。
 その間にも通信が切られる音がした。カイトが何も返事をせずに切ったのだと察し、\は何も面白くなくなったヘッドセットを外して投げた。




 ハルトの曖昧な記憶を頼りにたどり着いた、無数の風車が立ち並ぶ中の塔。息を切らせながら、震えた声で「兄さん」と呟くハルトが、延々と続く螺旋階段を登っていく。段々と狭くなっていく螺旋階段に、ついに遊馬が一度足を止めた。
「この塔の上に、カイトがいるのか?」
『遊馬、もしカイトが居たなら……』
 覗き込むアストラルに、決心した遊馬が頷く。その間にも、ハルトは屋上へ向けて足を進めていた。

 ついに登り切った屋上をハルトが進む。しかし遊馬やアストラル、小鳥が見回す先に、あの男の姿はない。
「どういうことだ、カイトなんていねぇじゃねぇか……!?」
 遊馬の声にハルトは答えない。それどころか、焦燥した顔でフラフラと歩き回り、「どこ、どこなの?」とぶつぶつ独り言を続ける。
「おいハルト」
「ない、ないよ……」
 追いかける遊馬がハルトの呟きを聞き、やっと違和感を察した。
「ないって何だよ、お前カイトを、……兄さんを探しに来たんじゃ」
「四角いんだ。小っちゃくて、甘くて……」
「四角いって?」
「あれが無いと、兄さんが───」

 閃光が背後から4人を射した。ヘリの轟音と共に猛烈な風が襲う。咄嗟に振り向いた遊馬たちより、ワンテンポ遅れてハルトが振り返った。曖昧だった記憶が重なったデジャヴによって、大きな鼓動と共にハルトは思い出す。
 雨の中を逃げ惑ったあの時のこと、カイトの絶望の始まりを。

「───ハ、あ、あああああ!!!」

「ハルト!!!」
 暴走する力を抑えるなどという発想がハルトにあるわけがなかった。空間を歪ませるとてつも無い威力に、ヘリがコントロールを失いかけて離脱していく。
「オイ、なんかヤバくねぇか?!」
『この光りは、まさか……』
「アストラル!」
 ハルトの方へ飛ぶアストラルの背中へ、遊馬が手を伸ばす。だがアストラルは強大な力を前にしても臆さずハルトの頭に手を触れた。その瞬間に流れ込んでくるハルトの記憶─── ハルトが探していたものを見る。

 ───『ここまで来ればもう大丈夫だ、安心しろ』

 追い立てられ、逃げ込んだ風車の塔、この屋上。
『ハルト、俺が必ずお前を守る』
 雨の中でも膝をつき、視線の高さを合わせてくれる兄の笑顔。不安に泣きじゃくるハルトに、カイトはポケットを漁った。
『ハルト、……ホラ』
『……?』
『キャラメルだよ、元気が出る魔法のお菓子さ。食べな、ハルト』

 ───『魔法をかけてあげる』
 雨に打たれ、ずぶ濡れの中で微笑むカイトに、ハルトは思い出した。雨の中で見た幼い頃の記憶。兄さんを笑わせてくれる、兄さんのもう1人の大切な人。

『甘い、とっても甘いよ。元気出てきた』
『そうか』
『あれ、……でも兄さんは』
『俺は大丈夫だから。お前が元気になれば───』

 兄さんは僕のためにたくさん疲れている。僕はあの人のように、兄さんを心から笑わせてあげられない。でもあのお菓子を食べたら、きっと兄さんも元気になれる。だから、……


「兄さん、今度は僕が」


- 8 -

*前次#


back top