高度10000キロ前後、プロアシア上空の空路を進む飛行機の中で、ブラック・ジャックは雲間に見える青黒い山脈地帯を眺めていた。その手には、おそらく14〜5歳当時であろう少女の写真が握られている。淡い栗色の髪にヘーゼルグリーンの瞳。日本人離れしてはいるが、およその顔立ちは確かに東洋人のものだ。隣の席ではフェーゲルがリクライニングシートに身を任せて眠っている。こうも地球を半周する距離を行ったり来たりさせられて、ブラック・ジャックは流石に背中への倦怠感を覚えていた。

───「彼女は日本の聖カタリナ病院に入院しています。我々の存在は伏せて、先生には彼女の治療と手術をお願いしたいのです。もちろん医療費は全てこちらでお支払い致します。今朝、先生の口座に前金として200万USドル振り込みました。」

「“こっちの”患者の治療は?」

「殿下は…延命処置以外の治療を拒否するそうです。どうか1日でも早く、彼女をこの国へお連れください…!」───…

 ブラック・ジャックがフェーゲルと共に新幹線へ乗り継ぐと、K市郊外にある聖カタリナ病院を訪れた。この病院の規模は相当なもので、公立のK市民病院よりもその敷地・建物面積は広く、都内の大学病院にも匹敵する最先端医療が受けられる設備が整っている。ブラック・ジャックにとっては有り難い設備環境ではあった。ハイヤーを降り入院病棟の入り口を過ぎた辺りで、白衣のその集団は待ち構えていた。ブラック・ジャックは足をとめ、正面に立つ眼鏡をかけナチュラルなグレイヘアーの初老の男の顔を見る。

「お待ちしておりました、ブラック・ジャック先生。先生のお噂はかねがね…」
 緊張からか舌がうまく回っていない。冷や汗もブラック・ジャックの目に止まった。こうやって偉そうな医者達から畏れられる事に慣れてはいるが、やはり気持ちのいいものではない。ブラック・ジャックはまた目を伏せると、その男の横を通って歩を進めた。するとその男(おそらく院長なのだろう)を筆頭に、10人規模の医者や看護師が付き従う。

「私はこの病院の院長をしております河瀬です。先生にお会いできて光栄です、学会で貴方の脳下垂体部血腫除去の症例と完璧なオペ映像を見てから、私は貴方に…」
「そんなことより、私の患者はどこでしょう。」
「アァ、ハイ…公国特使からお伺いしております…」
 河瀬院長はチラリとフェーゲルの方を見る。

「患者はC病棟3階の個室におりますが、マァその前に病状のご説明を───」



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