失はれていた××の欠片

*

「赤司っち!」

 煌めく青空をバックに、懐かしい体育館で黄瀬が笑う。
今日も暑いねと、とりとめのない話をしながらボトルを受け取り座り込んだ。
涼太、と呼べば、また眩しい笑顔をこちらに向けどうしたんスか?と言う
 俺達以外の気配を感じさせない黄瀬の存在感。
熱気の籠る体育館で黄瀬と笑いあう、ただそれだけ。

そんな夢ばかり、最近とてもよく見る。



 寝覚めが悪いかと言われればそうではない。
がしかし、嘗ての俺のなかに確かにあった人格の感情が今でも尚、俺にこうも強く訴えかけてくると流石に参るというもの。
黄瀬の事は中学時代のチームメイトであるとしか俺は思っていなかったが、もうひとりの俺のほうはそうではなかったらしい。
 実際にあったやりとりの夢が殆どだが、なかには願望の強く顕れている夢もある。
あまりにあまるものだと、黄瀬があられもなく俺の手で乱れる、というようなもの。
 俺の意思などおかまいなしに毎夜のようにこんな夢を見ていると、俺のほうも黄瀬のことをそんな風に見てしまいそうで、なんともいえない気持ちになってくるのだ。

「…涼太、か」

なんとなしに黄瀬の下の名前を口にしてみれば、身体の奥底が震えた気がした。



*


 響く水音。薄暗く生ぬるい空気の中で秘事は行われる。衣擦れの音と、押し殺した声と、ふたつの荒い息遣い。
嬌声をあげる相手は、最早確認するまでもない。黄瀬だ。
 普段陽に透かされて煌めく金糸は、シーツに散りばめられている。情事のなかで黄瀬はなんども俺の名を口にした。

「あ、あかし、っち」

震えすがるような声は、近いのであろう絶頂を俺に教えてくれる。
脱ぎきらずに俺の肩にひっかかったままのシャツを、快感に溺れた力の入らない指で必死に握りしめる黄瀬は、愛おしいと言う他にない。

「…うん、いいよ涼太」

 口づけを落としながら律動を早めると、黄瀬は程なくして艶かしく四肢をしならせ達した。そして俺もそれに続くように、黄瀬のなかへと欲を吐き出す。
 荒い息を整えながら、お互いに寝台に倒れ伏した。
涼太、と隣で髪を撫でながら呼べば、まだ紅潮したままの頬を緩めて、赤司っち。と俺を呼ぶ。
激しく心を揺さぶる程の愛しさに目眩がした。





「征ちゃん、最近なんだかぼうっとしているけど、大丈夫?」

 放課後の練習が終わり、ほぼ全員が部室を出て行った時。心配そうに実渕は部誌を書き綴る俺にそう声をかけた。
実際最近は黄瀬の夢のことで眠りが浅い日も屡々。一年生ながら部長を務めている傍ら、夢に影響されて文武を疎かにするわけにはいかないと気を張っていたというのに…。
何でもないと答え止めていた手を動かすが、実渕は依然納得していない顔で俺を見つめ続けた。
 このままではいけないな。これからも続くようだと他の部員にまで無駄に心配をかけてしまう。そう思うも、気にしないようにする他対処が思いつかない。その『気にしない』が一番難しい問題なのだが。
 ひとつ、実渕に気づかれないようにそっと溜め息を溢した。

「…何かあるなら、言って頂戴ね。出来るだけ力になるから」


*


「赤司っち、聞いてる?」

心配そうに眉根をひそめた黄瀬に覗き込まれる。一緒に勉強をしている最中どこかに意識を飛ばしていたみたいだ。一言詫びて、分からない箇所を指差す黄瀬に向き直った。
中学時代黄瀬はあまり頭の良い方ではないと記憶していたが、教えてみると意外にも飲み込みは早く、たまに躓く問題はあれど教える事に関して特にこちらに負荷がかかることはなかった。これが青峰だったならばこう上手くもいかなかったろう。

「ああ、ここはさっきの問題の応用だから、同じように解いてみると良い」

むむ。と口を尖らせて問題と睨み合う黄瀬。共に机の上に広げたノートは自分と同じような取り方をしており、教えたまま実践してみてくれているんだなと心が暖まる思いがして頬が緩む。
真剣に取り組む黄瀬を見つめていると、不意に視線が上げられ心臓が跳ねるが、動揺を悟られまいとその行為を嗜め続きを促すとふわりと微笑まれた。

「なあに赤司っち。俺にみとれちゃってたの?」

悪戯な笑顔は妖艶にも見えて。普段の黄瀬はまるで花が咲くように笑うもんだから、そのギャップというか、なんていうか…。
堪らない気持ちを押さえる事が遂に出来なくなって、黄瀬の頬に手を伸ばす。擽ったそうに身を捩るが振り払われることはなく、楽しそうに声をあげながら笑う黄瀬はやっぱり魅力的だった。

「そうだよ涼太、おまえにみとれていたんだ」

ぐっと身を乗り出して耳元で囁けば染まる黄瀬の頬。その表情に気を善くした俺は彼の赤くなった頬に唇を寄せた。

「ね。赤司っち。俺勉強頑張るから、レギュラー落としたりしないでね」

ああ。もちろんだ。おまえと僕が居れば洛山が敗北することはないのだから。
 そう返したと思ったところで意識が浮上しはじめた。




『もしもし、赤司っち?珍しいね電話なんて』

 思わず電話をかけてしまった。
今回の夢は黄瀬が洛山高校に通っていて、俺と寮で勉強をしているというものだった。
それだけではなかったが、その前提にどうにもいてもたってもいられなくなり、まだ朝も早い時間だというのに寝起きそのままにかけた突然の電話をまさかの黄瀬はとってくれた。
特に今日は日曜で、きっと部活も休みだろうに。

「こんな時間に急にすまない。俺もなんだか驚いているんだ、起きてすぐに何故が黄瀬の声が聞きたくなってしまって、」
『ええ?赤司っちってばどうしたんスか?いや、全然良いんスけど』

 早朝にも関わらず朗らかに笑う黄瀬は、夢に出てくる黄瀬と何ら変わらない。ふわふわと、なにか暖かいものが胸に満ちてくる。
流石にこんな時間に電話してしまって、声を聞いてすぐじゃあと切る程失礼なことはない。そして最近夢で彼に多く会っていたのはきっと、もうひとりの俺の欲求の顕れのはず。本物の彼の声を聞けば少しは落ち着くのでは、そして俺の安眠にも繋がるのでは。と思い、少しばかり近況を話し合うことに。

「もしかして、外か?」
『さすが赤司っち!あっ聞いて!って言っても詳しくはまだ話せないんスけど」
「うん?いいよ話せるところだけで」
『へへ。今ね、俺の初CMの撮影してるんすよー!』
「へえ、凄いじゃないか。そういえば以前より雑誌の表紙でよく見かけるようになっているし、もう立派な芸能人だな」
『わ。なんか赤司っちにそう言われると、ちょっと恥ずかしいけど嬉しいっスね…』

 黄瀬の嬉しそうな声に胸の空く思いがする。やはり間違っていなかったようだ。しかし、同時になんとも難儀なことに高鳴りもした。
布団の上にまだ身を置いていて黄瀬の声が耳元で聞こえ続けるからか、未だに夢の中に居るみたいだ。止めどなく紡がれる柔らかい会話に相槌を打っていると、緩く瞼が落ちてくるのを感じる。
───久しぶりだね涼太。変わらずいるようで安心したよ。

『えっ、赤司っち…?』


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