そうこうしている内に日が暮れて、練習はお開きとなった。烏野はお見事、全敗である。毎回ペナルティをこなした面々は疲れ切って芝生に寝転がっている。起こすのは可哀想だったので好きなだけ外で寝転ばせることにした。
「由貴!行こーぜ!!」
「は?」
どこへ?と問おうとした瞬間、浮遊感に襲わる。刹那、腹部に鈍痛が。世界が反転し他の面子の驚いた顔がぐるぐる回った。
「ちょっと!?」
「自主練レッツゴー!!」
雑に肩に担がれた由貴はどうすることもできず、木兎のされるがまま体育館に直行した。腹部に定期的に訪れる鈍痛にひたすら耐えながら、先輩マネージャーに心中で詫びて目を閉じた。
第三体育館に到着した頃には吐き気はピークで、一旦座り込んで休憩しなければ復活できなかった。
「ほんとごめんあの馬鹿が…俺からきつく言っておくから」
至極申し訳なさそうにしてそう言った赤葦はすごいと思う。歳など別にして上下関係がよく分かる一言である。
「いやーマジワリィ!まさかそんな気持ち悪いんだとは思わなくてよ。大丈夫だと思ってた!!まあ俺俵担ぎとかされたことないから知らねーんだけど!」
「木兎は女の扱いを勉強したほうが良いと思うぜ」
「同感です」
「赤葦を見習えよ幼稚園児の木兎クン?」
「誰が幼稚園児だ!!それに後輩を見習うとか恥ずかしいだろ!!」
「ハァ?だって木兎よりも赤葦のほうが紳士じゃん」
確かに床に下ろされた直後に座り込んだ由貴にすぐさま駆け寄って、自分の飲み物を躊躇いもなく差し出す彼はまぎれもなく紳士だ。さりげなく背中をさするのも、普通の男子高校生ではできないことだろう。

「そりゃ赤葦は由貴のこと好きだからできて当然だろ?」
「は?」
「え」
「…ん?」

黒尾、赤葦、由貴と、間抜けにも口をぽかんと開けて固まった。今、彼はとんでもないことを口にしたのではないか?三人とも一斉に木兎を見つめる。しかし何を勘違いしたのか木兎は「なに見てんだよ照れるだろー?そんなに俺がかっこいいのか?」と口走っている。
暫く皆は何も言えずにいたが、いち早く由貴が復活して口を開く。
「木兎さん、あまり赤葦さんをからかわないでください。あなたと違って赤葦さんは真面目なんだから」
「なっ…お、俺だってマジメだし!!」
赤葦をからかっているということは否定しないらしい。由貴は安堵した。
「え、なになにマジなの?それともウソなの?どっち??」
「嘘に決まっているじゃないですか。黒尾さん本気にしたんですか?意外と馬鹿なんですね」
「日に日に由貴チャンが俺に辛辣になっていく!!」
ぐあああとうなだれる黒尾を横目で見てから赤葦に目を向ければ、彼は困惑したように目線を下げていた。既視感のあるそれに、胸に何かが閊える。
「あの…ほんとごめん…」
「いえ、気にしていないんで。赤葦さんも大変ですね」
「はは…」
小さく笑っていたが、それが釈然としない愛想笑いであることを由貴は察した。
「え?赤葦は由貴のこと好きじゃねーの?何で?」
「どうしてそこで“何で”が出てくるんですか」
相変わらず木兎は分からないやつである。「俺、赤葦は絶対由貴のこと好きだと思ってた」反省する素振りも見せずに堂々と言える彼はある意味尊敬できた。何でそう思ったわけ?と黒尾が由貴の疑問を代弁する。
「え?見てたら分かるじゃん」
「いや分かんねーよ」
「あー…お前普段の赤葦知らねーもんな。あのな、赤葦って結構モテるしコクられもするの」
こっそり赤葦の顔を窺えば僅かに赤味が差していた。まあ、これは拷問に近い暴露話なので仕方ないと思うが。
「でな、誰にでもまあまあ優しいんだけど、表面的な優しさに見えるわけ、俺からすれば」
「ほー。赤葦クンも悪い男だなぁ」
「…………うるさいです」
「でも由貴と話してる時の赤葦は“イイ子ちゃん”だから、由貴のこと気に入ってんのかなーって俺は思ってたわけ」
「は?イイ子ちゃんだと気に入ってるになんの?」
「その辺にしておきましょう、二人とも」
これ以上イジられる赤葦を見るにはあまりにも哀れなので無理やり会話を中断させる。「自主練の時間、なくなりますよ」時計を指差せば二人とも驚愕の表情で叫んだ。バレー馬鹿共が時間を忘れて後輩の恋愛話をするなど余程色恋沙汰が好きらしい。呑気なものだなと呆れていたら、その時丁度リエーフが体育館を覗いたので由貴は彼を呼んで練習を開始させた。上手いこと話題を逸らせてほっと息をつく。
「…影山さん、ありがと」
照れくさそうに小さく呟いた赤葦に何のことですかと答えて、由貴はボール出しに参加した。彼の苦労性が相変わらずで由貴はちょっとだけ笑った。


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