『そういえば、ユキさんって料理が得意なんですよね?』
誰かがそう言った。いや、自分だ。質素な食事が乗ったトレーを持って、自分がそう言った。すると『え?』と目の前にいる彼女が不思議そうに首を傾けた。
『誰がそんなこと言ったんだ』
『ハンジさんが……あと兵長も言ってましたよ』
ユキが『リヴァイが?』と驚いたように声を上げた。
『そんなこと言われたことなかったんだけどな』
『面と向かっては恥ずかしかったんじゃないですかね』
『恥ずかしいとか、あいつそんな感情持ってたのか…』
何気に酷いことを述べるユキ。おかしくてつい笑えば、彼女は小さく頬を膨らませた。『笑うな』拗ねたような声音に苦笑して済みませんと詫びた。
こうして何でもないように会話を続けているが、内心彼女の手料理を食べたことのある彼ら(特にリヴァイ)に嫉妬した。生まれてこの方自分はユキが淹れてくれた紅茶以外、ユキの手が加えられたものは口にしたことがない。おこがましいかもしれないが、自分だって食べてみたい。もし仮にまずくても完食できる自信がある。
『…どんな料理を振る舞ったんですか?』
リヴァイ兵長に、と言えば彼女はそうだなあと視線を流した。
『………たまご焼きとか』
『は?』
何だそれは。『えっと…スクランブルエッグの一種ですか?』そう問うてみればユキは慌てたようにこちらを見た。
『たまご焼きっていうのは東洋に伝わる料理で…』
『東洋ですか……よくご存知ですね』
『昔、地下に住んでた時に古い本を読んだんだ』
今度お前にも作ってやる――そう言ってくれたことに、胸が躍ったのを覚えている。

―――よく、覚えている。

「………――――」
キッチンのほうから聞こえてくる生活音に赤葦京治は目覚めた。料理の匂いはない。器具を用意している段階なのだろう。時計を見てみれば長針は七を少しだけ回っていた。赤葦はぼやけた視界のままベッドを抜け出した。今朝は遅くても大丈夫なのにとか、まだ心の整理がついていないだとか、そんなことはどうでも良かった。
「あ、おはようございます、京治さん」
彼女はそこにいた。エプロンを着けて、以前よりも少し長くなった黒髪を緩く縛って、そこにいた。長方形と円形のフライパンをそれぞれを見比べている。
「今朝はトーストにしようと思っているんですけど、それなら目玉焼きのほうが良いですかね」
それには答えず、赤葦は無言で彼女を背後から抱きすくめた。
「…どうしたんですか?」
肩口に顔をうずめれば、彼女は赤葦の頭を撫でた。「…おはよう」「はい、おはようございます」腕に力を込めれば彼女の体が少しだけ強張った。
「京治さん、朝食が作れません」
「由貴」
「…………泣いてるんですか」
由貴の服に自分の涙が染み込んだ。申し訳ないだなんて思う余裕もなかった。
「たまご焼き」
「…は」
「たまご焼きにして」
お願い、と続ければ良いですよと返答。「でも白米はありませんよ?トーストにたまご焼きで良いんですか?」「うん、良い」そう、良いのだ。
「由貴のたまご焼きが食べたい」
「? 分かりました」
そう言うと由貴は長方形のフライパンに油を敷いた。コンロを捻れば出てくる青白い炎。由貴はいまだくっついている赤葦を気にすることなく、卵を割って慣れた手付きで溶いた。
「今日ね」
「はい」
じゅわ、音を立てる溶き卵。フライパンの熱が上がってくる。
「良い夢を見たんだ」
「京治さんは良い夢を見たら泣くんですか」
意外そうに述べる由貴。「…うん」その様すら愛おしい。
「泣くほど、良い夢だった」


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