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「我、星霊界との道をつなぐ者。汝、その呼びかけに応えゲートをくぐれ」


静かに呼吸を整え、決められた台詞をなぞっていく。いつもとやってることは同じはずなのに、人に見られていると思うとなんだか落ち着かなかった。

鍵の先端が仄かに光を帯びる。


「ーー開け、小犬座の扉……ニコラ!」


名を呼んだ直後、ぽふんっと間抜けな音が部屋に響き、思わず目を点にする。こんな気の抜けるおもちゃみたいな音、初めて聞いた。失敗しただろうかと俄かに心配していると、やがてもくもくとした白い煙が晴れて、中心からぴょこりと小人が飛び出してくる。その見覚えのあるシルエットに唖然として言葉を失った。

つるりとした白い卵のような頭部に、つぶらな瞳。人参みたいな尖った鼻は雪だるまの顔を想起させる。寒いのか緊張なのか、はたまたそういう性質なのか。ぷるぷると小刻みに震えている体の持ち主と目が合った瞬間、つい堰き止めていた声をもらしてしまった。


「“プルー”……!?」
「は?」
「え?」


何の偶然なのか、目の前の星霊は前の世界で見たことのあるキャラクターと同じ容姿をしていた。もう内容は詳しく覚えていないけれども、インパクト満載なこの小人だけは忘れていなかったようだ。まさか、こんなところで会うなんて……。


「さっき、ニコラって言ってたのに何言ってんだおまえ」
「ルーシィ、知り合い?」


残念ながら今現在、外野の声は届いていない。予想外に戦慄して鍵を突き出したままの体勢で固まる私を、小犬座のくせに全く犬の要素を感じさせない当の本人は「なんのこと?」と言わんばかりに首を傾げて見つめていた。大変可愛らしい仕草だが、どうやら“プルー”としての自覚はないらしい。なんだ、やっぱりただの他人の空似か。途端にほっとして肩の力が抜けた。


「ねえ、ナツ見て。ルーシィ固まってるよ」
「きっと失敗したんだろ……ど、どんまい!」
「え、あ、待って失敗じゃないから。……たぶん」


ニコラは極小の魔力での召喚が可能だと聞いた。そのため星霊魔導士の間では所謂、愛玩星霊として人気らしい。風の噂で評判を知り漠然と会ってみたいと思っていたのだが、まさかこんなにも犬らしくないとは思いもしなかった。故に、これが正解なのかはわからない。しかし実際、アクエリアスやタウロスを呼んだ後の疲労度とは比べ物にならないほど体が楽なので、おそらく間違っていないのだろう。きっと、たぶん。

同じく普通の犬を想像していたのか、拍子抜けしたようにこちらを遠くから窺うナツとハッピーを置いて、見上げてくる小さなその子に合わせてそっとしゃがみ込んだ。気分は小動物と触れ合う時のそれである。


「初めまして、ニコラ。来てくれてありがとう。私の名前はルーシィです」
「ププーン!」
「今、時間はあるかな。このまま契約に移っても大丈夫?」
「プン!!」


快く頷いてくれたので、そのまま契約に移ることにした。呼び出し可能な曜日を順番に聞いていく。プンプンしか喋れないようだけれど、表情が変わる上に首を振って返事をくれるため、思ったより意思の疎通ができそうだった。黙って見守っていた二人の「地味だな」「あい」とつまらなさそうな声を背景に、手帳のページにメモを残す。最後に、一番上の見出しに“ニコラ”と書き記してぱたりと閉じると、契約が完了したことを察した当人がぴょんと軽く跳ねて腕の中に飛び込んできた。


「わ……!」
「プーン」


反射的に受け止めた体は、想像よりもずっと柔らかくてぬいぐるみのような手触りをしていた。見た目は卵みたいなのに、実は短い毛も生えていてふわふわしている。意外と動物っぽいなあ。無意識に頭を撫ぜながら、そんなことを思う。とんでもなく心地良くて、なんだか癖になりそうだった。なるほど、これは人気も出るだろうと納得するくらいには。


「もう終わりか?」
「簡単なんだね」
「見た目はそうかもね……でも、大切なことなんだよ。私の勝手で呼び出して力を貸してもらうわけだから、星霊みんなのことは絶対尊重したいなあって」
「へえー、星霊魔導士ってなんかフクザツなんだな」


小難しそうにナツが眉を寄せた。普段から自分の力で戦っている彼には、誰かに頼るという感覚はわかりづらいのかもしれない。何でもかんでも吹き飛ばす炎を纏う姿を思い浮かべて苦笑していると、不意にぺちぺちとニコラに腕を叩かれた。離してほしいのかと腕を緩めるも、何故か服を掴んでひしりと抱きついてくる。どうかしたのだろうか。

ニコラ? と様子のおかしさを案じて名前を呼ぶと、イヤイヤと首を振られてしまった。何事だ。情緒不安定か。もう一度呼びかけるが、やっぱり首を左右に振られる。


「ど、どうしたんだろう……?」
「名前が嫌なんじゃねーの?」
「名前?」
「さっきルーシィが“プルー”って呼んでたから、それが気に入ったんじゃない?」
「ププーン!!」


服にひしりとしがみ付くニコラを物珍しそうに寄ってきたナツとハッピーが何気なく言うと、「それ!!」というように白い頭がぐりんと二人の方を向いた。こくこく、と激しく首を振っている。今度は縦に頷いているので、彼らの言い分に間違いはないらしい。

再び、ニコラのつぶらな瞳が期待を宿らせてこちらに注がれる。あまりに純真な視線にどぎまぎしながらも、特に断る理由はなかった。自分だけの名前がほしいという欲求だって、別段不思議なことではないだろう。ニコラが二人以上集まる状況があるかはわからないが、そういった場合にも呼び分けがしやすくなる。それに、“プルー”の方が馴染みがあるので私も呼びやすかった。


「わかった、プルーって呼ぶね」
「ププン、ププン!」
「よかったな、プルー」
「それにしても小犬座なのにワンワン言わないんだね、ってなんか急に踊り出したよ」


ハッピーの言う通り、膝の上から飛び出したプルーが奇妙なステップで腕を振っている。自分の意図を汲んでくれた二人に感謝でも伝えているのだろうか。場に謎の空気が落とされたが、本人は鋼の意思で踊りきり、最終的に腕で目一杯に丸を作って満足げに笑った。小犬座の星霊は、みんなこんな風にユニークなのかもしれない。

可愛いなあ、と特に重要視もせずに何度目かの癒しをもらっていたら、「おまえいいコト言うなぁっ!!」とナツが突然にプルーへと詰め寄った。床に這い蹲り、自分よりも余程小さな生物と顔を突き合わせている様は遠近感を狂わせる。なんだかよくわからないが、彼には何かが伝わったらしい。新発見でもしたかのように高揚している。


「急にどうしたの? まさか、プルーの言葉がわかるの……?」
「星霊かぁ……あん時はルーシィがついてくるとは思わなかった。けど結果、ルーシィがいなかったらやばかったって事もある。それに、ルーシィ一人じゃろくな仕事行けなさそうだしな……」


人の話を聞いてくれ。そして、最後の一言はなんだ。さりげなく喧嘩を売っているのか。事実なので買わないけれども。

しばらく唸りながら何かを思案していた様子のナツは、よしと徐に顔を上げた。明るい笑顔でこちらを向く。


「決めた! プルーの提案に賛成だ。オレ達でチームを組もう!!」
「なるほどーーっ!!」
「ちーむ??」


首を傾げオウムのように言葉を返すと、何故か嬉しそうにしているハッピーがそばに寄って来て説明をしてくれた。曰く、ギルドメンバーは全員仲間だけれど、特に仲のいい人同士で集まりチームを結成できるらしい。なるほど、前の世界におけるグループワークみたいなものか。


「一人じゃ難しい依頼でも、チームでやれば楽になるしね」
「え、待って、本当に“私”と組むつもり……?」
「おう。他に誰がいんだよ」


正気か。さっき、一人じゃろくな仕事行けそうもない、とか言ってただろうに。何の役にも立てないぞ。


「ルーシィはオイラ達と組むの嫌……?」
「嫌というか……足、引っ張っちゃうだろうし……この前みたいな討伐は私にはちょっと、」
「そんなの討伐系を避けりゃいい話だろ。もし当たったら、オレとハッピーで引き受けてやる。ルーシィはその補佐な」
「補佐……」
「ナツの腕っぷしはギルドでも強い方なんだよ。一緒にいればルーシィも安心だと思う。オイラもルーシィと一緒にいたいし、一石三鳥くらいあるよ!」
「ダイジョーブ。ほら、ちょうどルーシィにもできそうな仕事見つけてきたから」


あれよあれよ、という間に話が進んでいく。口を挟む暇もない鮮やかな手腕である。もしや、押しに弱いのがバレているのか。卓上に差し出された一枚の紙を流れるままに受け取ってしまい、自身の事なかれ主義を呪った。しかし、彼らが星霊なしでは力不足な私とチームとやらを組むことに抵抗がないのであれば、こちらからは特に拒否する理由もなかった。何せ、自分はすでに妖精の尻尾に加入してしまっている。関わり始めた以上、前のようにわざと関係を希薄に保とうとする意志はない。尻込みしているのは確かだが。

もう、どうにでもなってしまえ! 心の中でそう叫び、意味もなくぼうっと紙面を眺めていたのをやめて、意識して文字を追うことにした。人はこれをやけくそと呼ぶ。


「えっと、場所は……シロツメの街?」


どこに隠し持っていたのか不明な紙は、どうやらちゃんとした依頼書のようだった。ギルドのリクエストボードに貼ってあるそれらと様相が似ている。それにしても、この世界の街の名前は随分と可愛らしいものが多い印象だなあ。聞いたことはないけれども、クローバー畑があったりするのだろうか。それから、なになに……。


「エバルー公爵? の、屋敷から一冊の本を取ってきてほしい……? 報酬は二十万J!?」
「な! オイシー仕事でびっくりだろ?」


にこにこと笑うナツは心底楽しげだった。褒めろとでも言いたげに見える。幻覚かな。そうかもしれない。

対する私は、ふうと息を吐いて、依頼書を机に戻した。額に手を当て、静かに俯く。そうして、一拍の後ーー我慢ならず悲鳴を上げた。

金額? 違うな。


「普通に犯罪じゃ〜ん……!!??」


確かにびっくりだわ! 窃盗じゃねーか!




「はあ? ちゃんとした仕事だっつーの」
「うそだ……犯罪が認められるとかどんな世界線だよぅ……」
「ルーシィが壊れた」
「おい待て、ルーシィ。勝手に妖精の尻尾を闇ギルドにすんなよ」
「そうだよ、ルーシィ。大丈夫、ギルドに依頼されたものだから、れっきとした仕事だよ。罪になったり、捕まったりはしないって」
「どっちかっつーと、そん時の被害がどうたらとかでよく怒られてるな」
「それはそれでどうなの……」
チーム結成