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『エバルー公爵。
※注意
とにかく女好きでスケベで変態!
ただいま金髪のメイドさん募集中!』


「なに、この人……こわ」


ーーカタンコトン。

時折、道端の小石に車輪がとられて大きく揺れる馬車内でのこと。ぼそりとそう呟いたのは、ほぼ無意識だった。家で目を通した時には気づかなかったのに、依頼書の一部に姑息にも小さく記載された注意書きに今更ながら慄く。どうやら、とんでもないことを見落としていたようだ。個性の塊すぎて、もはやどこから突っ込めばいいのか全くわからない。


「ルーシィ金髪だし、メイド服着て忍び込む?」
「冗談はやめて……」


隣に座るハッピーには呟きが聞こえたのか、不意にこちらの手元を覗き込んで茶化すように話しかけてきた。悪戯が成功したみたいな表情を浮かべながら、依頼書に描かれたエバルー公爵を指差す。


「ぷぷぷ、やっぱりこいつのこと引くよね。これでルーシィのこと揶揄ってやろうって、ナツと一緒に仕事決めてきたんだよ」
「い、嫌がらせかぁ……」
「大丈夫! 本当に生贄にするつもりはないから」


そうでないと困る。早々にチームに亀裂が入るところだった。ちなみに、もう一人の愉快犯はいつもの如く乗り物酔いでダウンしている。向かいの座席に横たわったナツからは先程「冥土が見える……」との呻き声が聞こえたので、何やら文字通りの地獄を彷徨っているらしかった。

突然にナツとハッピーが家へ押しかけて来た時は何事かと思ったが、その日の内に三人で仕事に行くことになるとは驚愕の一言である。そして、まさかのまさか。今回がギルドに入ってからの初めての仕事にも関わらず、内容はとある屋敷から本を取ってくるという鬼畜ぶり。“初仕事=泥棒の真似事”だなんて、今後に響きそうだ。グレても許されるのでは。

魔導士ギルドと呼ばれる組合は、皆一様に今回のような何でも屋を営んでいるのだろうか。勝手に敷地に入り、家を漁り、終いには所有物を盗む。グレーというか、完全に黒である。アウト以外の何物でもない。ただ二人が言うには“れっきとした仕事”らしいので、たぶん深く突っ込んではいけないのだと思う。そうして、私は考えることをやめた。ギルドに関して無知にも等しい自分よりも、彼らの方が場慣れした先輩なのだから、きっとその言い分が正しいはずだ。そうでないと困る。(二度目)

それ貸してと強請るハッピーに特に疑問を持たず依頼書を手渡し、客室の壁に嵌め込まれた窓から外の景色を眺めた。目に優しい緑と爽やかな空色が少しずつ流れてゆく。今どの辺りまで進んでいるのかわからないが、もうすぐシロツメの街に着くだろうか。目を細め、遠くの山々を見つめながら思案する。

所感では依頼の内容自体に複雑さはないと思った。しかし、果たして公爵としての地位を確立する者の屋敷が、簡単に外部からの侵入を許すような造りをしているだろうか。警備員やシステムやらが大量に配置されていてもおかしくはない。うんうんと唸りながら思考を巡らせていると、不意にちょんちょんと横から腕を突かれた。窓から視線を隣へと向ける。青い小さな手がこちらを手招いていた。


「なあに、ハッピー?」
「ねえ、見てルーシィ、エバルー」
「ん? ……ふっ!」
「傑作でしょ〜〜!」


ーーエバルー公爵(落書きされた姿)と目が合った。

渦巻きを乗せた頬に、ぐりぐりと大きくされた目。無駄に長い睫毛。眉毛は太く繋げられ、額には“メイド好き”と書かれている。もはや、本人の影すら見当たらない。

依頼書を渡してからこの数分の間に何があったというのだ。彼に恨みでもあるのか。いや、そもそも依頼書にそんな悪戯をしても問題にはならないのだろうか。様々なことが脳裏を過ったものの、不意打ちに笑いを堪えるのに必死で全て喉より先には出てこなかった。


「は、はっぴー……ふふ、や、やりすぎ……っ」
「えへへ。スケベオヤジの顔してるからつい」
「あははっ……もう、ご本人様に言っちゃだめだからね。これも間違っても見られないように気をつけないと……」
「あい! オイラとルーシィの秘密だね!」


二人で口元に指を立て、しーっと内緒のポーズで笑い合う。何気ないそのやり取りが後のフラグになるなんてことは、この時の誰もが知らなかったのだ。現実は常に無情である。




シロツメの街に到着した。都会の風貌はなく、どちらかというと田舎街といった雰囲気で、空気が澄んでおりとても長閑なところのようだ。馬車を降りてすぐに道端にクローバーが咲いているのを見かけたが、小さな群生だったので花畑と言うほどではなかった。街の名前との関係性は特にないのかもしれない。


「ば、馬車には二度と乗らん……」
「いつも言ってるよ」
「とりあえずハラ減ったな。メシにしよ、メシ!」
「ホテルは? 荷物置いてこよーよ」


ふと視界を横切った蝶が、手入れの行き届いた花壇にひらひらと引き寄せられて行く。その様子をなんとなしにぼんやりと眺めていたら、いつの間にかナツとハッピーの会話が遠のいていたので慌てて後を追った。初めて来た街で逸れたら迷子になりかねない。

なんと言ってもこの世界、魔法という反則技はあるくせにーーいや、“あるせいで”と言った方が正しいのか。文明の発展は前の世界ほど進んでいないように思えた。おそらく、魔法で代用が効くからだろう。故に、携帯電話がない。気軽にメールや電話はできないし、アプリという便利な代物ももちろん存在しない。つまり、迷子にでもなったら最後。合流するのは絶望的ということである。


「な、ルーシィ! あとで、あそこのレストラン行こーぜ。旨そうな匂いがする!」
「あいさー! 魚料理もあるかなー?」
「そういえば、お昼まだだっけ……」


通りに面していたレストランを指差すや否や、わっとはしゃいで宿探しへと駆け出す二人に、元気が有り余っているなあとお年寄りのような感想を抱く。本来の予定であれば、今頃は近所の商店街で買い物を済ませ、家で昼食を食べていただろうか。今まで忘れていたのに、指摘されると急にお腹が空いてくるから不思議だ。

適当に見繕った宿屋の受付で二部屋を借り、必要な荷物だけを持ってレストランへと赴く。案内された席について間もなく、怒涛の勢いで注文を重ねる二人の姿に度肝を抜かれた。いや、多い多い。大食いにでも挑戦するのか。そう思わせるほどの大量の料理がテーブルに並べられ、見ているだけで満腹になってしまいそうだった。


「二人ともよくそんなに食べられるね」
「ほぉう、んぐ……今から仕事だしな。はむっ、体力つけねーと」
「もぐもぐ……ルーシィが食べなさすぎなんじゃない?」
「いや、一般的な量だと思うよ……」


手元の飲み物をストローで意味もなく、くるりとかき混ぜて苦笑を浮かべる。からんからん、とグラスと氷の涼しげな音がした。対面からは、それしか食わねえのかみたいな視線が送られてくるけれど、私の前にはきちんと一人前が置いてある。何も過度なダイエットをしているわけではない。これは通常の量で、二人の胃袋が異常なだけだ。

会話を交わしながらも、運ばれて来た料理はまるでイリュージョンのように、見る見る内に彼らによって平らげられていく。その場には空になった皿だけが残った。見事なまでの食べっぷりはいっそのこと清々しい。ただ一つ願わせてもらうならば、もう少し落ち着いて食べてほしい。料理は逃げないので。一瞬にして自室の机がお菓子の屑だらけに変貌した今朝のことを思い起こしながら、今後仕事が増えるだろう店員に心の中で合掌した。連れがすみません。


「あの、話は変わるんだけど……今回の依頼の件。目的の本を取ってくる方法に何か策はあるの? 忍び込むのも難しそうだなあって」
「方法? そんなの正面一択だろ。作戦Tだ」
「え、なに、“てぃ”?」
「TOTSUGEKIーー! だよ。ナツの得意分野なんだ」
「と、突撃か〜……」


なるほど……つまり、無策ってことだな??




数時間前の魔導士ギルド、妖精の尻尾にて。
「あれ? エバルー屋敷の一冊二十万の仕事、誰かに取られちゃった?」
「ええ、ナツがルーシィ誘って行くって。できるだけ危なくない仕事を探してたみたい」
「え、あのナツが? わざわざ?」
「レビィ、行かなくてよかったかもしれんぞい。その仕事ちと面倒なことになってきた……たった今、依頼主から連絡があってのう」
「キャンセルですか?」
「いや……報酬を二百万Jにつり上げる、だそうじゃ」
「「!!??」」
シロツメの街へ