▼ ▲ ▼


“魔法の腕輪探し”
“呪われた杖の魔法解除”
“占星術で恋占い希望”
“火山の悪魔退治”

以上、リクエストボードに貼り付けられていた依頼より一部抜粋。


「(いや、なにこれ……)」


わいのわいの。今日も今日とて昼間から喧騒に包まれるギルド内にて、そっと額に手を当てた。なんとびっくり、普通の仕事が一つもない。こんなことある?? もっとこう、接客の手伝いだとか事務処理だとか、荷物運びだとか……そういう魔法の絡まない仕事を期待していたのにこの仕打ちだ。絶望のあまり重いため息が出てきた。

冷静になって考えてみると、魔導士ギルドと呼ばれるような場所なのだ。必然的に、魔法に精通している者へ依頼したい仕事が集まってくるのだろう。つまりは魔法関係で溢れるのは当然のことだった、と。なんと恐ろしい認識の齟齬か。どうやら、この世界における魔法の日常化を、あるいは緊密性を甘く見すぎていたらしい。

リクエストボードの前でうんうんと長い間悩み続ける私を見てか、そばにあるカウンターの内側からくすりと密やかなミラさんの笑い声が聞こえてきた。「ルーシィ、仕事は決まりそう?」「いえ、どれも難しくてなんとも……」苦笑を浮かべて言葉を返す。先に挙げた依頼の中で強いて言うなら“魔法の腕輪探し”が一番安全そうだが、他は根本からして不可能だった。魔法解除なんてできないし、占星術だって使えない。悪魔退治は論外である。


「ふふ、気に入ったものがあったら私に言ってね。今はマスターいないから」
「あれ、そうなんですか?」
「定例会があるから、しばらくはいないのよぉ」
「ていれいかい?」


聞き慣れない単語に首を傾げると、ミラさんは「そっか」というように手をぽんと叩いた。手招かれるままにそちらへ近づく。仕事を決めるのは後回しにしよう。考えているだけで頭痛に苛まれるので。


「地方のギルドマスター達が集って定期報告する会よ。評議会とは違うんだけど……」


言いながら、近場に座っていた大きな体躯の男性からペンを借りると、何やら空中に文字を書き始めた。キラキラと発光する線がいくつも増えていく。イルミネーションのようなそれは以前、魔法屋で見たことのあるアイテムだった。試し書きで使わせてもらった時、まるで夢が叶ったみたいに衝撃を受けたのを覚えている。

しかし、買うことはなかった。画期的だし面白くはあったのだけれど、何より使い道が思ったよりもなくて、普通のペンで事足りるな?? と正気に戻ったためである。


「そもそも、ギルドに加入したばかりじゃ魔法界の組織図ってわかんないよね」


こんな感じ、とペンを下ろしたミラさんが空中の図式を指し示す。文字が宙に留まった状態の摩訶不思議な光景を眺めながら、彼女の説明に耳を傾けた。曰く、一番偉いのは政府との繋がりがある魔法評議院の十人で、その機関で犯罪者を裁くこともできるらしい。前の世界での裁判所みたいなものだろうか。そして、評議会での決定事項の通達や各地方ギルド同士の意思伝達を円滑にするのがギルドマスターの役目だと言う。こちらは中間管理職か? ストレスが多そうだなあ……。


「ギルドって横の繋がりもあったんですね。てっきり孤立した機関かと……」


チェーン店ではないだろうし、個人営業的な立ち位置だと思っていた。仕事内容もかなり特殊なので。けれど、世界に多数あるとされるギルドが全く繋がっていなかった場合、依頼先でのバッティングが多発しそうだからそういった在り方が正しいのかもしれない。


「ギルド同士の連携は大切なのよ。それをお粗末にしてると……、ね」
「? 何かあるんで、」


意味深なミラさんの様子に、何気なく問いかけようとした言葉がぷつりと不自然に途切れる。突如として、耳元におどろおどろしい低音が囁かれたからだった。「黒い奴らが来るぞォォォ」一瞬、それが誰のものかもわからずに、ただ声にならない悲鳴をあげて餌食になった片耳を押さえ飛び退く。咄嗟の行動のせいで、ガツンとカウンターに背中を強打した。踏んだり蹴ったりすぎる。そんな理不尽に見舞われる私を、うひゃひゃと快活に笑っていたのはナツだった。え、今の登場の仕方必要だったか??


「なーに、ビビってんだよ!」
「な、ナツ……? びっくりした……さっきまでご飯食べてなかった?」
「おう、もう食った!」
「ぷぷ、ルーシィは怖がりだね」


満腹のサインのようにお腹をさするナツの後ろから、ハッピーがくふくふ笑いながら飛び出してくる。おかしい。つい先程まで食事をしていたはずなのに、もう片付いたというのか。

二人がいたテーブル席を見やると、空の食器と魚の骨だけが残っていた。相変わらず食べる速度がお速い様で。それはともかく、ハッピーの好物が魚なのは納得できるのだが、ナツの方の炎を纏ったパスタとドリンクという、もはや存在がミステリーな料理(?)については突っ込んだらいけないのだろうか。


「でも、黒い奴らは本当にいるのよ。連盟に属さないギルドを“闇ギルド”って呼んでるの」
「闇ギルド? あ、なんか聞いたことあるような……」
「あい。前にルーシィの家で言ったね。エバルー屋敷の仕事が犯罪だなんだって、ルーシィが慌ててた時」
「本物のあいつらは法律無視だから、おっかねーんだ」
「へ、へえ、そうなんだ……」


法律かあ。この世界でちゃんと法律が機能しているのなら、とっくに妖精の尻尾のメンバーは軒並みとっ捕まってそうだが。意外と判定は甘いのかもしれない。毎度、週刊ソーサラーで阿鼻叫喚の話題を巻き散らす人達を野放しにしているくらいなので。




「結局、前の仕事の時に窃盗で捕まらなくてよかったよね」
「だから言ったろ? れっきとした仕事だって」
「あい。散々屋敷も主人もボコボコにしたけどセーフだよ」
「(ああ、週刊ソーサラーに話題としてお邪魔することにならなくて本当によかったあ……!)」
魔法界の組織図