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「ほら、ルーシィ。早く仕事選べよ」
「前はオイラ達が決めたからね。今度はルーシィの番」
「あ〜、ごめん、まだ全然決まらなくって……」
「おいおい、今後もナツとチーム続けるつもりか? やめとけよ、そんな暑苦しい奴」


ぐいぐい、とナツとハッピーがリクエストボードに向かえと背中を押して急かしてくる。されるがままになっていたら、不意に二人のものではない別の声がするりと割り入ってきた。鼓膜を揺らす心地の良い低音。揶揄うような色を含むそれは、しかし馴染みのないものだ。反射的にそちらを見やり、ぎょっと目を剥く。


「聞いたぜ、大活躍だったんだろ? わざわざナツとなんか組まなくても、きっとイヤってほど誘いがくる」
「ルーシィ……僕と愛のチームを結成しないかい? 今夜二人で」
「ほらな?」


そこには、下着姿の露出狂とサングラスの軽薄そうな男がいた。やばい絵面に戦慄して固まる。ナツよりも軽装備とはこれいかに。前者の惜しげもなく晒される肌色に焦って視線を逸らした先、今度は整った笑顔で「ねー」とよくわからない絡み方をしてくる後者とかち合った。

なんだろうか、このカオスな状況は。目のやりどころに困るからやめてほしい。


「傭兵ギルド南の狼の二人と、ゴリラみてーな女やっつけたんだってな。すげーや実際」
「い、いえ、それは全部ナツが引き受けてくれたやつでして……」
「てめェか、このヤロォ!!」
「文句あっかおぉ!?」


先程まで、にこにこと楽しげにしていたはずのナツが不良のように黒髪の男性と睨み合っている。ひどい温度差と脈絡のなさにハラハラしつつ、巻き込まれてはたまらないとミラさんの元まで避難した。

数歩の距離で辿り着いたカウンターにぺたりと身を預けながら、こそこそと彼女に話しかける。「ナツとあの人、仲悪いんですか?」「ええ、いつものことだから気にしないで。それと、彼はグレイ。もう一人の方はロキよ」そのまま彼女は険悪ムードに少しも臆すことなく「グレイ、服」と流れ作業のように指摘する。と、何故か対立が悪化した。


「今、うぜェつったか!? クソ炎!!」
「超うぜェよ! 変態野郎!!」
「君って本当にキレイだよね。サングラスを通してもその美しさだ……肉眼で見たらきっと目が潰れちゃうな、ははっ」
「え、この状況でなんですか……? 止めなくていいんですか、あれ」


敬遠していたつもりがいつの間にか傍に佇んでいたロキさんに、ごく自然な動作で肩を引き寄せられる。のしりと加減された重みと、僅かに触れるオレンジを帯びた茶色の髪。そのフレンドリーさに内心動揺して瞬く。初対面のはずなのに、まるで友人のような距離感である。こちらの世界の人はパーソナルスペースが極端に狭いのだろうか。

それはさておき、視界の端で殴り合いの喧嘩に発展している二人の方が心配だ。流血沙汰になりかねない。仲裁が可能かはわからないが、まずはさりげなくロキさんから離れようと身を捩ると、たまたま手が腰元のキーケースに触れた。


ーーちゃりん。


聞き慣れた金属の軽い音が響く。刹那、びゃっと驚いた猫の如く彼が飛び退いた。素早い身のこなし。一瞬、残像が見えた気さえする。


「うおおっ!? き、君! 星霊魔導士!?」
「? そうですが……?」
「ウシとかカニとかいるよ」
「な、なんたる運命のいたずらだ……!」


ひどく錯乱した様子の彼がよろよろと後退する。そして、ふと私の足元からひょこりと現れたハッピーが何気なく付け足した言葉により、何故だか眉を顰めた。ハッピーが言っているのは、たぶんタウロスとキャンサーのことだ。ロキさんは二人を知っているのだろうか。疑問に思ったものの、その頃にはすでに踵を返した彼の後頭部しか見えなくて。「ゴメン! 僕達ここまでにしよう!!」そうして、謎の台詞を言い捨て走り去って行く様はゲリラ豪雨のようだった。


「なんだったんだろう……」
「ロキは星霊魔導士が苦手なの」
「えっ、そんなピンポイントで?? そんなことあるんですね……?」
「どうせ昔、女の子がらみで何かあったのよ」


仕方がなさそうに肩を竦めるミラさんの補足に素っ頓狂な声がこぼれる。性格の合う合わないという話ではなく、まさかの使用する魔法で苦手意識が芽生えるとは。普通に珍しいことと捉えて良いのか、はたまた魔法が普及しているこの世界ではよくあることなのか。私には当然判断がつかないので、その疑問は早々に放置された。

ただ出会って数分で疎遠が確定した事実に複雑な念を抱いていると、たった今逃げて行った当事者が何やら必死な形相で舞い戻って来る。


「ナツ! グレイ! マズイぞっ!!」
「「あ?」」
「エルザが帰ってきた!!」
「「あ”!!?」」


ぴたり、と二人の動きが静止した。言い争う声もぱったりと途絶える。それまでの勢いが嘘のように鎮火して、落雷を背負った驚愕の表情のままちっとも動く気配はなかった。奇妙な光景に戸惑い、彼らの前でひらひらと手を振って見せるが、結果は芳しくない。どうやら別の何かを見ているらしい。直後、ドシン! と凄まじい地響きが辺りに轟いて、そのあまりの唐突さに驚いた体がぎしりと固まり、見事に彼らの仲間入りを果たした。


「今戻った。マスターはおられるか?」
「お帰り! マスターは定例会よ」
「そうか……」


これまた聞いたことのない声だった。凛とした鋭い声音。ミラさんが親しげに話しかけている様子から、ギルドのメンバーであろうことは窺えた。振り返ると、鮮やかな緋色の髪と胴体を覆う鎧が特徴的な美人が目に映る。しかし、綺麗な人だなと見惚れたのは一瞬で、すぐに彼女の隣にある異様な存在感を放つ塊へと意識を持っていかれた。

人間の三倍ほどの高さはありそうな、太い柱のような……?


「ん? これか。討伐した魔物の角に地元の者が飾りを施してくれてな。綺麗だったのでここへの土産にしようと思ってな……」


魔物の、角……?? その大きさで? 倒したの? 待て、そもそもどうやって運んできた?? 宇宙に放り出された猫のような気分になりながら、疑問を呈した一人のギルドメンバーに純粋な眼差しで「迷惑か?」と返す彼女を唖然と見つめる。たぶん、そういう問題ではなかったのだろうが、まさかそれを伝えるほどの勇者にはなれない。


「それよりおまえ達、また問題ばかり起こしているようだな。マスターが許しても私は許さんぞ」


ふと声を低くした彼女の鋭い視線が、酒場で思い思いに過ごしているメンバー達を射抜く。そうして、細くしなやかな指先に指摘された者は皆、例外なく素行を改めた。不思議なのは誰一人として反抗をしないことだ。学校の風紀委員でもここまで上手くはいかないだろうに。未だ固まったままのナツには聞けないので、しゃがみ込み足元にいたハッピーに耳打ちする。


「ねえ、ハッピー。あの人は? 発言力が強いみたいだけど……」
「エルザだよ。戦闘力も強いんだ!」
「そ、そうなんだ……」


こちらの仕草を真似て口元に小さな手を添えるハッピーは可愛らしかったものの、発言は非常に恐ろしかった。あの巨大な角を持ち帰るくらいだから、そんな気はしていたけれども。


「全く……世話がやけるな。今日のところは何も言わずにおいてやろう」


その割には随分と色々言っていた彼女は、不意にくるりとこちらを振り向いた。意志の強い瞳と目が合いそうになって、ぎくりと肩が震える。しかし、用があったのは私ではなくハッピーだったらしい。「ところで、ナツとグレイはいるか?」「あい」ハッピーが両手で彫刻と成り果てている二人を指し示す。


「や……やあ、エルザ。お、オレ達……今日も、な、仲良し……よく、や、やってるぜぃ」
「あ”い」


あ、動いた。思わずそう呟いてしまうほどに彼らは石化していたはずだが、ようやっと命を吹き返したようだ。


「そうか、親友なら時には喧嘩もするだろう……。しかし、私はそうやって仲良くしてるところを見るのが好きだぞ」
「あ、いや……いつも言ってっけど、親友って訳じゃ……」
「あい」


とはいえ、様子のおかしさは持続している。グレイさんとはまだ関わりが浅いため彼の人柄がわからないが、ナツの方は明らかに普段とは異なっていた。少なくともハッピーの口癖を濫用はしない。彼らはぷるぷると生まれたての小鹿のように震えながら、目の前にやって来たエルザさんと相対している。


「ミラさん、二人ともどうしちゃったんですか……?」
「ナツもグレイもエルザが怖いのよ。図で説明するわね」
「……ざ、斬新な絵柄ですね」


魔法界の組織図を説明した際に使っていたペンで、ミラさんがすいすいと関係性を空中に描いてくれた。幼稚園児並の画力で再現された三人をなんとも言えぬ気持ちで見つめる。実際の本人達の容姿が整っていること、またペンの特性で仄かに発光しているせいで余計に周囲から浮いていた。


「ナツは昔、喧嘩を挑んでボコボコにされちゃったの」
「えっ、あのナツが……!?」
「グレイは裸で歩いてるところを見つかってボコボコに……」
「そ、それは止めてもらえてよかったのでは?」
「ロキはエルザを口説こうとして半殺し」
「過剰防衛ですね……」


次々に出てくる過去の出来事に、なるほど基本的には蛸殴りにされるのが落ちなのかと戦慄した。何が彼女の逆鱗に触れているのか不明だが、まず手が出てくるというのなら近寄らない方が安全なのかもしれない。


「二人の力を貸してほしい。ついてきてくれるな」
「え!?」
「はい!?」


ミラさんと会話している間に、三人の方も話題が進んでいたようだ。疑問形ではない誘いを受けたナツとグレイさんは、事態が呑み込めていないのか目を丸くして返答に窮している。

ざわざわ、とギルド内にはどよめきが広がった。各所であがる当惑と驚嘆の声の内、拾えたものによると、エルザさんが誰かを誘うのは初めてのことらしい。三人と付き合いの長そうなハッピーでさえ「何事なんだ……!?」と喫驚して身構えている。


「出発は明日だ。準備をしておけ」
「あ、いや、ちょっ……」
「行くなんて言ったかよ!! 待て、エルザ! オレはなあっーー」


がしり。不意に、背後から両肩を掴まれた。


「ん??」
「このっ! ルーシィと! チーム組んでんだよ!! ルーシィは行かねーだろうし、オレも行かねーっ!!」
「えっ、」


普通、ここで引き合いに出すか??


「なに?」
「ひっ」


案の定、生贄になってギロリと冷たい瞳に絶対零度をくらった。おそらくナツに向けての反応だったのだろうけれど、彼はあろうことか背に隠れて私を盾にしている。当然、体格差で隠れ切れていないのに、何故だか勝ち誇った様子でエルザさんをちらりと覗き見ているから謎である。絶対に避難先を間違えている。ほら、ハッピーもグレイさんも珍獣に出会したみたいな顔をしているではないか。


「ナツがチームだと? ……見たことないが、君は?」
「あ、わ、私は新人のルーシィと申します。よろしくお願いします」
「私はエルザだ。よろしくな。そうか、ギルドの連中が騒いでいた娘とは君のことか……なんでも傭兵ゴリラを倒したとか」
「いえ、それはナツが……、というか色々混ざってます」


背後で息を潜めるナツに落ち着かない心地になりながらも答えると、彼女は顎に指を添え何やらこくりと浅く頷いた。形の良い唇が満足げに弧を描く。嫌な、予感がした。


「なるほど、頼もしいじゃないか。ならば、ルーシィも一緒に来てくれ」
「「え」」
「ナツはルーシィが行くなら来るのだろう? 戦力も増えるし、私としては一石二鳥だ。ありがたい」
「「…………」」


声が重なったのも、何も言えずに沈黙したのも、ナツと揃ったのは初めてだったかもしれない。両肩から手が離れる。がくりと項垂れたナツが極々小さな囁きで「わりぃ、ルーシィ……」と謝罪を紡いだのは、私がなるべく危険を避けることを知っていたからか。

逆に言えば、彼は本能的にこの誘いが危険であると悟っていたのだ。足元ががらがらと崩れるような不安に襲われたものの、珍しくしおらしい彼をそれ以上追い詰める気も起きず、ただ「いいよ」とだけ言葉を返した。




「あのエルザさん、荷物は何日分の用意をすればいいんでしょうか?」
「そうだな……どの程度かかるか未知数だが、一週間ほどか? それと、堅苦しいので“さん”付けはよしてくれ。敬語もな。詳しい話は移動しながらする」
「あ、行っちゃった……。グレイさんは反対しなくてよかったんですか?」
「命が惜しいからな……、てかオレのことも“さん”付けなのかよ。もっと気楽でいいぜ」
「……じゃあ、遠慮なく。ここの人達はみんな気さくだね」
「そうか? 普通じゃねーの」
「あああ、エルザとグレイとなんて行きたくねー! こんなチームありえねえー!!」
「うるせえぞ、ナツ! オレだって行きたくねえっての!!」
「(あれ、まともに会話ができたと思った途端に喧嘩が始まってしまった……)」
鎧の魔導士