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活気のある街らしく利用者が多く、敷地も広いマグノリア駅にて。


「何でエルザみてーなバケモンがオレ達の力を借りてえんだよ」
「知らねえよ。つーか“助け”ならオレ一人で十分なんだよ」


ごろごろとキャリーバッグを引きずりながら集合場所と言われていた地点に向かうや否や、真っ先に目に飛び込んできた光景は桜色と漆黒が睨み合う剣呑な空間だった。しかも、喧嘩腰になる必要もなさそうな話題なので理解し難い。

今まで見てきたナツは傍若無人でぶっ飛んだ怪獣要素は多々あれど、奥底に思いやりを持つ人だと感じていたから、こんな風に誰かと啀み合うのが意外に思えた。グレイもそう。昨日話したばかりとはいえ、なんとなく常識人のような気がしたので。服を脱ぐ奇妙な癖は異常だが。


「じゃあ、オマエ一人で行けよっ!! オレは行きたくねえ!!」
「じゃあ来んなよ!! あとでエルザに殺されちまえ!!」
「ちょっ、ふ、二人ともストップ……っ!!」


茫然と彼らを見ている内に喧嘩がヒートアップしていたらしい。騒々しい音を立てて巻き込まれた売店の商品が散らかっていく様子に、心臓がひゅっと縮むような心地がした。弁償になったらどうしようとか思わないのだろうか。慌てて駆け寄って声を放つと、ぴたりと静止した二人が同時にこちらを見やる。動きが完璧にシンクロしていたが、仲が悪いというのは本当か?


「お、ルーシィ。はよー」
「おはよーさん」
「お、おはよう、ナツ、グレイ……。あの、お店めちゃくちゃだから、せめて人のいないところでやってね……」


第三者が現れたからか、はたまた間に入られて勢いを削がれたからか。キッと吊り上がっていた目元が平常に戻った彼らがのんびりと挨拶をしてくる。どうしてそのテンションで隣にいる人物とは過ごせないのだろうか。相変わらずの温度差のせいで、普通の反応をもらえたことにたじろいでしまった。

ひとまず二人の喧嘩が落ち着いてくれたことを幸いに、散乱した果物やら野菜やらの下敷きとなっている店員を助け起こす。「すみません、私の連れが……」「か、かわっ……いや、大丈夫です!」皮? ああ、確かに食べ物のいくつかは地面と擦れて傷ついているなあ。弁償か、と一瞬気分が沈んだものの、店員はしゅばっ! と素早く立ち上がると、気にした様子もなくいそいそと商品を片付けている。もしや、お咎めなしか……?

僅かな光明にありがたいと思いながら、しかしこの惨状を放置していくという選択肢はなかったので、たまたま足元に転がっていた林檎を手に取った。エルザが来るまでの時間であれば、片付けを手伝っていても問題はないだろう。辺りを見回し林檎の残った籠を見つけると、そこに拾い集めた果実を入れるために覗き込みーー何故か、青い猫と視線が交わった。いや、なんでそんなところにいる。


「は、ハッピー? なんで林檎に紛れて……?」
「ルーシィ、おはよー。ナツとグレイの喧嘩に巻き込まれないためだよ」
「おはよう……。結果的にすごく巻き込まれてるみたいだけど」
「あい。いつものことなので」


それはそれでどうなんだ。林檎を籠に戻した代わりに中にいたハッピーを救出すると、彼は呆れたような笑みでひらひらと手を振った。猫に見放される人間なんて、夫婦喧嘩は犬も食わないという言葉を連想させる。まあ、彼らの場合は放っておくと関係が悪化するのみで、全然仲直りはしてくれないようだが。罰の悪そうな表情を浮かべながらも手伝ってくれるグレイと、そばにはいるもののつんとそっぽを向いて手を貸さないナツ、という正反対な行動を見て苦い想いが胸に広がった。

ミラさんは彼らとエルザが組めば妖精の尻尾の中で最強チームだ、とどこか楽しげにしていたが、一方で仲がギクシャクしてるところが心配だとも言っていた。その台詞がすでにこの状況を示している。ただし、もっと恐ろしいのはここからで、なんと彼女は「でも、ルーシィがいるなら安心ね」と天使のような微笑みで宣ったのだ。何がどう安心なのか教えてほしい。過剰な期待はやめてくれ。

結局、売店からのお咎めはなかった。それどころか「三人で旅行かい?」なんて和かに声をかけられて、それを否定しつつもう一人来ることを伝えると何故か全員分の飲み物を持たせてくれた。しかも、その際にハッピーが肩に乗っていたからか、彼の分まで数に含まれていて。店員曰く、片付けを手伝ってくれたお礼らしいが、そもそも散らかしたのはこちら側なので非常に肩身が狭かった。気前の良さも不自然なレベルだったのだけれど、感謝を述べると満足そうにしていたから、どうやら普通のご好意のようだ。


「ルーシィ、すごいね」
「なにが?」
「お店の人の怒りを見事に鎮めたから」
「え、あの人最初から怒ってなかったけど……??」


籠の中にいたから見てなかったのだろうか。貰った飲み物の缶を両手で器用に持ちながら、どういうわけかしみじみと呟くハッピーを横目に、またもやガンを飛ばし合っているナツとグレイのところへ向かう。まるで、恋人同士のような距離感だが、本人達は気にならないのか。ただ一つ幸運だったのは、今度は人気が比較的少なく、さらにどの売店とも距離が離れている場所で始めてくれたことである。


「てめェ、何でいつも布団なんか持ち歩いてんだよ」
「寝るために決まってんだろ。アホか、おまえ」
「はい、二人とも。よかったらこれ……普通のお茶みたいだけど、飲める?」
「「お……?」」


彼らのそばに立ち、そっと両手の缶を控えめに差し出す。エルザの分を持ってくれたハッピーが足元で「意外と勇者だね、ルーシィ」と面白そうにこちらを見上げていた。

本当はものすごく怖い。本来であれば、お茶を渡すだけの行動に勇気も何もないはずなのに、冷え冷えとした空気がいやに緊張をもたらしてくる。これが、全く知らない誰かの諍いだったならこんなに面倒なことはせず、放置してしまうのが正解なのかもしれないが、しかし。顔見知りだからこそ、そばで喧嘩をされるのはなんだか落ち着かなかった。

今度こそ睨まれるのでは、と身構えていたのだけれど、果たしてその予想は良い意味で外れていた。じいっとしばらくこちらを見つめていた二人は、徐に手を伸ばし缶を取っていく。空になった両手にほっと胸を撫で下ろした。妙に静かだったのは多少気になるものの、とばっちりを受けなければもうなんでもよかった。


「サンキュー、ルーシィ。でもこれ、どうしたんだ? わざわざ買ってきたのか?」
「ううん、さっきのお店の人が何故か人数分くれて。あ、でもナツは乗り物酔いがひどいから、今は飲まない方がいいかも……」
「うげ、そうだった……」


これから列車に乗ることを思い出したのか、ナツがげっそりとした表情で口元に手を当てる。想像で酔っているらしい。よろよろと後ろ手で鞄に缶を仕舞おうとしているのでそれを手伝ってやりながら、店員から預かっていた言伝を伝えようとグレイに顔を向ける。


「あと、グレイには“ありがとう”と伝えてくれって店員さんが言ってたよ」
「お、おう。いや、元々こっちがやったことだしな……。つか、人数分をタダでもらったのか?」
「そうだよ。ルーシィはすごいんだ。ほら、見てよグレイ。オイラとエルザの分もあるんだよ」
「うお、マジか。すげーなそりゃ……」


感心したようにそう呟いた後、「まあ、可愛いもんな」とハッピーに視線をやりながら極々小さな声で付け足したグレイに、やっぱりそうだよなあと心の中で深く頷いた。わかる。ハッピーはとても可愛いから、お店の人もついついサービスしたくなるのだろう。おまけに喋れるし、二足歩行だしで珍しいことこの上ないのだから。


「すまない……待たせたか?」
「エルザ、おはーー荷物、多っ……!?」


はて、一週間分とは……??

木製の台車の上に大量の荷物を積み上げ涼しい顔で現れた彼女に、ぎょっと瞠目してしまったのは間違いなく人間の反射であった。




「おい、エルザ。何の用事か知らねェが、今回はついてってやる。条件付きでな」
「条件? 昨日言っていたルーシィなら一緒にいるではないか」
「それとは別問題なんだよ!」
「バ、バカ……! お、オレはエルザの為なら無償で働くぜっ!!」
「言ってみろ」
「帰ってきたらオレと勝負しろ。あの時とは違うんだ」
「オ……オイ……! はやまるなっ!! 死にてえのか!!?」
「確かにおまえは成長した。私はいささか自信がないが……いいだろう、受けて立つ」
「おしっ!! 燃えてきたァ!! やってやろうじゃねーかっ!!」
「(え、このギルド、メンバー同士で決闘するの?? 物騒……)」
マグノリア駅にて