▼ ▲ ▼


列車に置き去りとなったナツを救出するため、オニバス駅の近場で魔動四輪車という魔法アイテムを借りた。馬車よりスピードは出るようだが、代わりに運転手の魔力を消費するらしい。

ガソリンも使わず、目に見えない糧で動いているのだから不思議だ。しかし、ガタガタと揺れ続ける客室はお世辞にも居心地が良いとは言えない。ナツのことに対して責任を感じていたエルザが、かなりの速度を出しているようなので仕方がないのだけれど。

ナツは無事だろうか。鳩尾に重い一撃をくらっていたので余計に心配だった。窓枠にしがみつきながら、そっと外を窺う。遠くに停車している列車が見えた。エルザとハッピーの連携により、強引に発信された緊急停止の連絡が上手く作動しているらしい。

列車との距離がだんだんと縮まり、そしてーー。


「ナツ!?」
「なんで列車から飛んでくるんだよォ!!」
「うぉわっ!!」


突如動き出した列車の窓を突き破り、どういうわけかナツが飛び出してきた。運転手のエルザがいち早く驚きの声をあげ、何故か屋根の上を陣取っているグレイもそれに続く。私はあまりの出来事に言葉にならなかった。

とはいえ、漫画さながらの登場の仕方に唖然としたのは一瞬のことで。すぐに風に煽られた彼の体制が崩れ、こちらに勢いよく向かってくるではないか。直後、頭上からゴチン! となんとも形容し難い音と共に、ナツとグレイの断末魔が響き渡った。


「「ぎゃあああ!!」」
「ナツ! 無事だったか!?」
「たった今、無事じゃなくなったような……」


グレイ諸共……。視界の端を猛スピードで消えて行った二人を、震える声のままに見つめる。屋根の高さから落ちた上に、速度のある乗り物から地面に叩きつけられたのだ。普通の人間ならば、命を落としていてもおかしくない。そうでなくても怪我は不可避だった。急停止した魔動四輪車に体制を崩しながらも、慌てて降車しむくりと起き上がった彼らの元へ駆け寄る。


「いてーーっ! 何しやがるっ! ナツてめえっ!!」
「今のショックで記憶喪失になっちまった!! 誰だ、オメェ。くせぇ」
「なにィ!?」
「ナツー、ごめんねー」


言い争う二人の間に、翼を広げたハッピーが舞い降りた。そして、意識がグレイから逸れたナツがくわっと目を吊り上げてこちらを向く。


「ハッピー! エルザ! ルーシィ! ひでぇぞ、オレをおいてくなよっ!!」
「すまない」
「ごめんね……」
「おい、随分都合のいい記憶喪失だな……」


どうやら記憶喪失は嘘だったようだ。ほっとしつつも、二人の体を注意深く眺めて怪我の有無を確認する。見た目だけでは判然としないが、まずは生きていることに安堵した。それから、言語能力も不自然なところはなく、骨が折れているような様子もない。流血もしていない。むしろ、健康体。丈夫すぎる。どうしたらこれだけで済むんだ……??

ナツの額が若干赤くなっているのは気にかかったが、無事を喜んだエルザに抱き寄せられていたのでそっとしておくことにする。硬っ、という声が背後から聞こえてきた。


「グレイは大丈夫……? 怪我はない?」
「ナツのせいで全身いてーわ。特に頭……」
「あたま……!?」


ぎょっとして、胡座をかく彼の前にすとんと膝をついた。それから、触るよと一言断りを入れて、綺麗な漆黒の髪へと指を通す。途端に大きく肩を跳ねさせた彼が身を捩ろうとするので、じっとしててと今度は囁いて動きを制止させた。

ぺたぺたと慎重に頭部に触れていく。ぬるついた液体は指先についていない。鉄のような血の匂いもしない。なんだ、よかった。外傷はないらしい。ただ、頭は繊細な器官だと聞いたことがあるから、今後の容態は心配である。


「だぁーーっ!! もういいだろ!? お、おまっ、距離感どうなってんだ!?」
「わっ……距離感?? 別に普通だけど……」
「普通じゃねーよ! つか頭っつったのはこっちな!?」


両肩を掴まれ、べりっと剥がされた。彼の頭に触れていた両手も強制的に離される。やっぱり赤色は付着していなくて安心した。ところで、グレイは何を焦っているのだろうか。距離感なんて、随分変なことを言う。近づかないと怪我を確認できないではないか。そもそも、焦っていたのも慌てていたのも、二人の死を連想して怖くなったのも、全部私の方なのに。首を傾げながら前髪をかき上げる彼を窺い、はっと目を見張った。なんと額が赤くなっている。


「えっ、おでこぶつけたの? ナツも赤くなってたけど……」
「あいつ頭から突っ込んできやがった……マジうぜぇ」
「……血は出てないみたいだね。でも、腫れるかも」
「させねえ」


そう呟いたグレイは額を片手で覆ったままに、そっと目を伏せた。男性にしては長い睫毛が整った顔立ちに影をつくる。瞬間、ふわりと風が吹き抜け、風上の彼から僅かに冷気が漂ってきた。あ、と思う。どうやら魔法を使って患部を冷やしているらしい。なんて便利なのだろう。前にハコベ山でナツの熱を分けてもらった時の感覚と似ている。思わず尊敬の眼差しを送ってしまった。


「無事なモンかっ! 列車で変な奴に絡まれたんだ! なんつったかな……アイ、ゼン……バルト?」
「は?」
「それって、確か今回の……」
「バカモノぉっ!!!」
「ごあっ」
「「!!?」」


エルザの抱擁を解いたナツの台詞に聞き覚えのある単語があり、反射的にそちらを見やった。が、数秒後。彼女の張り手によって、彼がボールのように数メートル吹き飛んで行った。その際、真横を過ぎられたものだから、目が飛び出るほど驚いて固まる。グレイも絶句していた。およそ人間の出せる火力ではない。エルザの身体能力はどうなっているのだろうか。それにしても、今日のナツはやけに不憫だ。


「鉄の森は私達の追っている者だ!」
「そんな話初めて聞いたぞ……」
「何故、私の話をちゃんと聞いていないっ!」
「?」


その時にはもう気絶していたから、話を聞くどころか声すら届いてなかったのだろう。はてなを浮かべるナツに、仁王立ちで説教をしているエルザ。後者が重い一撃を放った故の事故だと思い至ったけれど、伝えたら最後。明日を見れそうにないので口を噤んだ。たぶん、エルザの張り手を私が受けようものなら首の骨が折れる。


「さっきの列車に乗っているのだな。今すぐ追うぞ! どんな特徴をしていた?」
「あんまり特徴なかったなぁ。なんかドクロっぽい笛持ってた。三つ目のあるドクロだ」
「なんだそりゃ。趣味悪ィ奴だな」
「三つ目のドクロ? の、笛……??」


どこかで見たような、聞いたような……? 魔動四輪車に乗り込むみんなを追いながら、僅かな既視感にぐぐっと眉を寄せる。「どうしたの、ルーシィ?」ハッピーが不思議そうにこちらを覗いてきた。それに、なんでもないと返そうとして、ふと立ち止まる。ずっと前の記憶に何かが触れたのだ。脳内に映像が浮かび上がる。

こちらの世界の実家にある広い図書室。周りにはたくさんの書物。中身はどれも現実的ではない“まじない”に関するものばかりで。あれは、そう……この世界に魔法があると知らなかった頃の自分だ。小さな自分が、真っ黒い表紙の本を開く。そこには、確かーー。


「……ま、まずいよ、みんな。その笛がララバイかもしれない……呪歌っていう“死”の魔法を使える危険な代物」


声が震える。鉄の森が闇ギルドだと知った時の比ではないくらいに、恐怖が足元から這い上がり、ぐらぐらと脳が揺れるような感覚がした。「なに!?」「呪歌?」目を見張るエルザと、不可解そうに復唱するグレイ。二人とも先を促すようにじっと見つめてくるので、わななく体になんとか力を入れて息を吸う。ナツは眉を顰めて難しげな顔をしていた。


「私も本で読んだことしかないんだけど……。確か、魔法の中で呪殺って禁止されてるんでしょう?」
「ああ……対象者を呪い“死”を与える黒魔法だからな。今現在の使用は禁止されている」
「ララバイは禁止どころか、使ったら最後なほど恐ろしいの……」


元々、闇ギルドという言葉にはそれほど不安を抱かなかった。いや、抱けなかったのだ。だって、それはテレビで犯罪者のニュースを見ている時と酷似していたから。所謂、他人事だった。でも、これは規模が違う。鉄の森の企みを止めるということは、私達にも魔の手が及ぶということ。心臓がいやに早鐘を打つのを自覚しながら、そっと自分を守るように両腕で抱きしめる。


「その笛の音を聴いた者全てを呪い殺す、“集団呪殺魔法”がララバイ……!」


そうして、放った決定的な一言は、みんなの表情を驚愕に染めあげた。




「“集団呪殺魔法”だと!? そんなものがエリゴールに渡ったら……おのれ! 奴らの目的はなんなんだ!?」
「この駅……随分と騒がしいけど何かあったのかな」
「奴ら列車を乗っ取ったみたいだね」
「列車を? あんまり自由には動けなさそうだけど……」
「あい……レールの上しか走れないし、奪ってもそれほどのメリットはないよね」
「ただし、スピードはある。何かをしでかす為に奴らは急がざるを得ないということか?」
「ぐ、グレイ? なんか服落ちてきた……」
「すまん」
「ねえ、エルザ。もう軍隊が動いてるみたいだけど、闇ギルドに軍隊って通用するものなの?」
「どうだろうな……奴らも魔導士だ。本気で抵抗すれば、軍隊ぐらい退けるかもしれん」
「そ、そっか……(いや、魔導士つよっ)」
呪歌