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「こいつら片付けたら私達もすぐに追うぞ」
「う、うん……」


窓を割ってどこかに消えたエリゴールに続き、ナツとグレイがホームから飛び出して行った。場に残ったのは、ハッピーを含めた三人。対するは、ギルドまるまる一つ分の集団である。なんだろうか、これは。悪趣味ないじめか?? いくつもの目がこちらを値踏みするように見ては、品性の欠片もない話題を口にしており、なんとも言えぬ不快感と居心地の悪さを覚えた。


「女二人で何ができるやら……。それにしても二人ともいい女だなァ」
「殺すには惜しいぜ」
「とっ捕まえ売っちまおう」
「待て待て、妖精の脱衣ショー見てからだっ」


何やら白熱しているらしい面々の台詞をなるべく聞かない努力をしながら、そっと腰元のキーケースに触れる。捕まったらまずいことになりそうだ。ざわざわと落ち着かない胸を、深く呼吸することで無理やりに鎮めた時だった。

下劣な、と低く冷たい声で言い放ったエルザの手に、一本の剣が現れたのは。


「これ以上、妖精の尻尾を侮辱してみろ。貴様らの明日は約束できんぞ」
「えっ、その剣どこから……?」
「めずらしくもねぇ!」
「こっちにも魔法剣士はぞろぞろいるぜぇ!」
「その鎧ひんむいてやるわぁ!」


珍しくない上に、ぞろぞろといるの?? ちょっと待ってくれ。何もないところから物を取り出すような人達が世界に溢れていたら、どう考えても怖いだろう。基準も概念もどうなっているのだ。唖然としている間に、言葉通り武器をどこかから出現させた相手が、群れを成してこちらへと襲いかかってくる。直後、エルザは素早く斬り込んで行った。そうして、息を呑み、思考を忘れ、彼女に見入る。

それほどまでに圧倒的な戦況だった。重々しい鎧を纏っているのにも関わらず、身のこなしは軽く、武器の扱いは正確で。戦場には不釣り合いなくらい綺麗な緋色が、時折光を反射し煌めいていた。槍、双剣、斧。消しては姿を変えて再び顕現する様は、ある種の手品のようにも見えてくる。


「こ、この女……なんて速さで“換装”するんだ!?」
「換装……?」
「魔法剣はルーシィの星霊と似てて、別空間にストックされてる武器を呼び出すっていう原理なんだ」


目を剥いた一人の発言を真似ると、足元にいたハッピーが説明をしてくれた。星霊のことを引き合いに出されると指摘しづらいが、別空間とやらがある時点で本来なら原理も何もない、あり得ない現象である。しかし、理屈を求めようとしたところで、きっと魔法のない世界で育った私には一生理解できないのだろう。こうして、また一つ違和感が胸の奥にしまわれていく。

それはさておき、換装とは先程のエルザがやったように、武器を持ち換えることを指す言葉らしい。でね、とハッピーが僅かに興奮した様子でこちらを見上げた。青い小さな手で彼女を示す。「エルザのすごいトコはここからだよ。見てて」と。


「まだこんなにいるのか……面倒だ、一掃する」


不意に、エルザの纏う鎧と衣服が何かに侵食されるように形を失い始めた。ぎょっとしつつも、見ててと言われた手前どうすることもできなくて。


「魔法剣士は通常“武器”を換装しながら戦う。だけど、エルザは自分の能力を高める“魔法の鎧”にも換装しながら戦うことができるんだ。それがエルザの魔法……」


ただし、心配したのは一瞬だった。ハッピーの解説を耳に、その変化に気づく。姿が……彼女の風貌が、変わっている。


「ーー 騎士 ザ・ナイト
「舞え、剣たちよ」


硬質そうな二対の翼が豪華絢爛たる鎧。ともすれば、ドレスにも見える神々しいそれに身を包んだエルザが、徐に何本もの剣を宙に放った。銀の切っ先は物理法則を無視した不自然な軌道を描き、的確に標的を捉えていく。そして、数瞬後。彼女を取り囲んでいた者は皆、地に伏していた。


「こんのヤロォ!! オレ様が相手じゃあ!!」
「ま、間違いねえっ!! コイツぁ妖精の尻尾、最強の女…… 妖精女王 ティターニアのエルザだっ!!」


最後に残った内の一人が半ば自棄になったようにエルザに飛びかかり、もう一人が悲鳴にも似た声で叫んだ。「てぃたーにあ……?」エルザの二つ名だろうか。あまり聞き慣れない単語だが、確か物語やゲームで登場する妖精の女王の名前によく用いられるものだ。なるほど、彼女にはぴったりかもしれない。圧倒的な力でねじ伏せる姿はどこか威厳を感じるし、迷いのない動きは舞を踊る妖精のようだから。


「ビアードが一撃かよっ!! 嘘だろ!?」


とはいえ、血が出る様は非常に恐ろしいけれども。向かってきた男を一瞬で伸したことにより、辺りは掃討されたと言っても過言ではない状況になった。そのため緊張も薄れ、結果、凄惨な光景が初めて意味を持って視界に飛び込んでくる。人々の服に滲む赤い何か。それが、だんだんと広がっていき……。理解する前にぐんっと上を向いて、咄嗟に口元を押さえた。今更だが、鉄のような匂いも感じ取れてしまったので。


「ルーシィ!」
「え、あ、どうしたの?」


突然、エルザに名を呼ばれ、はっと我に帰った。振り向くと、びしっと何かを指差している彼女と目が合う。なんだろうか。示す先を視線で辿る。そこには、ひいひいと言いながら、必死にどこかへ向かう一人の男がいた。先程、エルザのことを妖精女王と呼んでいた彼だ。


「エリゴールのところに向かうかもしれん。ルーシィ、後を追ってくれ」
「え……わ、わかった!」


一瞬だけ逡巡したのは、単に彼女の身体能力を持ってすれば、私が追うよりもずっと早く足止めができると思ったからで。さらに言うと、そのままエルゴールの居場所をどうにかして聞き出した方が有益なのでは、と考えたからだ。

しかし、結局何も言わずに頷いたのは、なんとなくエルザの表情に僅かな疲労が窺えたからだった。思い返せば、彼女はずっと魔力を使い続けていた。魔動四輪車の運転に、たった今の戦闘。前者では猛スピードを出していたし、後者ではギルドをまるごと相手取ってしまった。この世界での魔力は、体力と似ている。厳密には違うのかもしれないが、使い続ければ疲労していくのは同じだ。

よって、彼女にばかり頼るのはなんだか卑怯な気がして。ナツやグレイも今頃は己の役目のために奔走しているはず。ここに来た以上、自分にも何かできることをしないと。足を引っ張るだけのお荷物になるのは御免だ。そうして走って行く途中、ふととあることに思い至り速度を緩め、背後のエルザを振り返った。


「エルザ! 戦ってくれてありがとう! ちょっとでもいいから休んでね!」


距離が離れていたのでいつもよりも声を張り上げると、彼女が意表を突かれたような顔をしていた。常に涼しげな表情が崩れたのが意外で、しかし足を止めては目的の男を見失いそうだったから、前へと向き直って今度こそ追うことに専念する。

その後のエルザとハッピーの会話はもちろん知らないものだ。


「エルザ?」
「……いや、珍しいタイプだと思ってな。妖精の尻尾ではあまり見かけない」
「うん、ルーシィはいつもあんな感じだよ。怖がってるくせに、他人への気遣いばっかり」
「そうか……しかし、まさか気づかれるとはな……。ハッピー、私は一人でも平気だ。外の者達を避難させに行く。おまえはルーシィについててやれ」
「……あいさー! エルザも気をつけてねー!」




「ルーシィー! 無事ー!?」
「ハッピー? 大丈夫だけど……エルザは?」
「外に行ったよ、みんなを避難させるんだって。オイラはルーシィについててくれって言われた」
「そうなんだ……」


ハッピーと合流したのは、ちょうど駅内の案内図を眺めていた時だった。振り向いてすぐ、エルザの姿がないことには納得できたのだが、まさかその本人が休まずに動き回っている事実に衝撃を受ける。確かに、今現在の状況は一刻を争うような危険なもののため、足を止めている暇がないのはわかるけれども。体を休めてほしかった本音と、そんなことをしている場合ではないという理性が混ざり、複雑な心境が渦を巻く。

そんな中、ぽすりと胸の中に飛び込んできたハッピーを反射的に受け止めた。急にどうしたのだろうと首を傾げながらも、なんとなしに柔らかな毛並みの頭をぐりぐりと撫ぜつける。彼がくふくふとおかしそうに笑った。


「なあに、ハッピー?」
「ううん、なんでも。それより、追ってた人は?」
「ああ、あの人ね……よくわからないんだけど、突然壁の中に消えちゃって。結果的に見失いました……」
「壁に……!?」


何の魔法なのかは知り得ない。ただ、壁をすり抜けたり、その中を自在に動いたりできるようで、ほとんど追跡は意味を成さなくて。人間が壁に溶け込む様は異常だったし、慌てて近くの扉を開けたのにそこには誰もいなかった時の感覚と言ったら。まさに、狐につままれたようであった。

ひとつため息をつき、もう一度案内図を見つめる。そうして、記憶に刻み込んだ順路を駆け出した。足を止めていた時間を取り戻すように、速く、速く。腕の中でハッピーが目を丸くしていた。


「え、ルーシィ? 闇雲に探すつもり?」
「ううん、先回りしようかと思って。できるかはわからないけど……」
「行き先がわかったの!?」
「? 放送室に行くだけだよ」
「放送室……っ!!」


口をぽかんと開けたままにハッピーが石化した。盲点だと言わんばかりの反応である。まさか、放送を企んでる者が放送室を利用することに今まで気づいていなかったのか。いくらなんでも放送機器がなければ難しいだろうに。こちらもぽかんとしてしまった。


「エリゴールが放送室にいるなら、あの男も来るかもしれないってことだね!」
「うん」
「すごいよ、ルーシィ! 天才!?」


断じて違う。誰でも思いつく普通の思考回路だ。一網打尽だ! とはしゃぐハッピーには悪いが、そこまで私の命が保つかは不明である。ぶんぶんと色んな理由で首を横に振っていると、前方に放送室の扉が見えた。何故だか破壊されている。

なるべく足音を立てないように失速し、そっとハッピーを床に下ろした。それから、しぃーと唇に人差し指を立てる。彼が両手で口元を押さえて頷いたのを確認。次に、そろそろと扉の横の壁に背を預けた。深く呼吸を整える。やけに静かなことを疑問に思いながらも、ちらりと中を窺った。途端に目を剥く。


「なにこれ……」
「機械がめちゃくちゃだ。これじゃ放送なんてできないじゃないか」


果たして、放送室内に人影はなかった。自然と肩の力が抜け、構えずに部屋へと入る。しかし、静寂とは裏腹に視界に映ったのは瓦礫と壁の大穴、そして放送機器の無惨な姿で。人の気配がない割に、争った形跡があるのがどうにも奇妙だった。何よりも、ここに放送を目的としたエリゴールがいないこと、放送に必要な機器を守り通さなかったことが不自然極まりない。鉄の森の企てが潰えた、とそう思ってもいいのだろうか。

それにしても……。


「ねえ、ハッピー。この部屋……なんだか異様に寒くない?」
「あい……空気が冷えてるね」


廊下とは違い室内は冷房が効いているのだろうか。このぼろぼろな状態の中でよく空調だけは無事だったなあ、と考えたところで、ふとつま先に何かが触れた。からん、と軽い音がする。何気なく拾い上げ、その正体に目を瞬いた。これは、氷の欠片……? 掌を包む覚えのある冷気に一人の青年を連想した時、ハッピーが慌てた様子でこちらに手を振ってきた。


「ルーシィ! こっちに鉄の森の一人が倒れてるよ。きっとグレイが来てたんだ」
「グレイが?」


今まさに思い浮かべていた人物の名前に納得しつつ、壁の大穴を覗くハッピーの元へと向かう。強い力で無理にくり抜かれたような空間から、隣の部屋を見渡した。そうして、頭を氷漬けにされた男が一人、奥に横たわっているのを発見し、戦慄する。何が、どうして、そうなった?? 成り行きや生死が不明のためひたすらに恐ろしい光景だったが、これで室内の異様な冷気がグレイの魔法によるものだと確信した。温度は正反対でも、効果はナツのそれとよく似ている。


「でも、エリゴールはどこに行ったんだろう。ここにいないのは変だよね?」
「うん……もしかしたら、何か別の目的があるのかも、」


ーードゴォン!!


「「!?」」


突如、鳴り響いた衝撃音に驚き、二人してびゃっと肩を揺らす。それから、目を合わせ頷くと、慌てて放送室を後にした。




「やってもらうったって、こんな状態じゃ魔法は使えねえぞ!!」
「やってもらわねばならないんだ!!」
「それがおまえ達のギルドなのかっ!!」
「…………修羅場??」
「あい……」
緋色の騎士