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先日の鉄の森によるギルドマスターの定例会を狙った事件は、立派なテロとして一躍大ニュースとなったらしい。新聞で大きく取り挙げられていたくらいだから、国中に知れ渡っていてもおかしくないだろう。全く、そんな大事件に関わっておいて、よく無事だったものだ。初めて新聞を読んだ時の衝撃と言ったら……。

もう、仰天の一言である。常に危険と隣り合わせだったことも。私達(主にナツとグレイとエルザ)が引き起こした数々の器物損壊を含めても、だ。


「ね、めちゃくちゃでしょう?」
「プーン!」
「これで捕まらないからすごいよね……」
「ププン……」


足元でちょこちょことついてくるプルーが呆れたように首を振る。どうやら難しい話もきちんと通じているらしい。向こうの言葉はいつもわからないけれど、反応が返ってくるだけで楽しいし、何より可愛いからそれで構わなかった。さすがに、人通りの多いところではやらないが。十中八九、独り言だと思われるので。

プルーと会話を続けながら、部屋への階段を登る。買った食材でいっぱいになった紙袋を、よいしょと胸の前で抱え直した。


「捕まるといえば、鉄の森のメンバーはほとんど捕まっちゃったらしいの」
「プーン?」
「カゲさんも。でも、エリゴールだけは捕まってないって……」


思い返せば、彼は線路の上で気絶したままに放置されていた。あの時はカゲ及びララバイを追わないといけなかったので、すっかり失念していたようだ。つまり、意識を取り戻しさえすれば、自由に動けてしまえる状態だったということ。この際、捕まらなくてもいいから、今後は変な企みをしないでほしいなあ。

そう祈りながら、がちゃりと何気なく自室の扉を開けた。


「よう、遅かったなルーシィ。どこ行ってたんだ?」
「ふ、不法侵入ぅーーっ!!??」


いつかどこかで見たような光景に、びゃっ! と肩が跳ね上がる。その振動で抱えた紙袋からいくつかのレモンが転がり落ちた。しかし、今はそんなことを気にしている余裕はない。おかしい。鍵は閉めてあったはずなのに、一体どうやって。まさか、また窓か。いや、ナツとハッピーの時とは違い外出だったから、ちゃんと戸締りはした覚えがある。

予想外の展開にわななく唇をどうにか動かそうとして、ふと視界を白い塊が横切った。普通の犬の如く、素早く駆け抜けたそれはーー。


「プルー……!?」
「プン!!」
「うおっ、いきなりなんだよ!」


家主のソファを占領する下着姿の変態(グレイ)に飛びかかるプルーだった。手前で踏み切った勢いのまま、尖った鼻で頭突きならぬ鼻突きをお見舞いしている。が、相手はグレイ。さすがの反射神経で軽く躱していた。けれど、何故かプルーは攻撃らしきものを止めない。ぽてりと背もたれの上に引っかかったかと思うと、今度はグレイの肩をぽかぽかと殴り始めた。まるで、肩叩きである。見た目通りさほど痛くはないようで、彼も両目をぱちくりと瞬かせていた。

そこで、私ははっとした。一連の流れを見届け、ようやっとプルーが番犬よろしく不審人物を撃退しようとしているのでは、と思い至ったからだ。つい不法侵入と叫んだ上に、愕然と硬直していたものだから、怯えていたようにでも見えたのだろう。あながち間違いではないが。

何はともあれ、プルーの勇姿で我に帰ったので、慌てて扉を閉め紙袋を無造作に床に置く。転がったレモンは後で拾うことにして、干してあったバスタオルを適当に引っ掴む。それから、プルーを不思議そうに見つめるグレイに小走りで近寄り、その惜しげもなく晒された肌色に向かって半ば叩きつけるようにバスタオルを被せた。


「っもう、グレイ! 聞きたいことはたくさんあるけど、せめて服を着てよ……っ!」
「お、おお……わりぃ。いや、脱いでから来ちまったもんだから」
「それはそれで大問題じゃない??」


なに考えてるんだ、この人。いつから脱いでいたのかは知らないが、よく通報されずに街中を歩けたものである。もしかして、マグノリアでは露出魔として有名なのか。なるべく、彼を見ないように気をつけながら、未だ猛攻を続けるプルーを回収した。ぴたりと止まった動きに、よしよしと抱きしめて頭を撫でてやる。もう平気? というように首を傾げるので、頷いてお礼を言うと、プルーは満足げに両手を挙げた。


「ところで、グレイはどうやって入ったの? ちゃんと戸締りはしてたはずだけど……」
「ん? ああ、こうやって」


言いながら、バスタオルに身を包んだグレイが手を組む。氷の魔法……確か、ハッピーが造形魔法だと教えてくれた例の構え方だ。魔力に形を与え、また相手の形を奪う魔法でもあるとか。そういえば、怪物となったララバイの体も、いとも容易く削いでいたっけ。そんな風に思考を別の方向へ飛ばしている内に、氷が完成したらしい。こちらに差し出された掌の上を見つめる。そうして、本日何度目かの驚愕を叩き込まれた。


「い、家の鍵!?」
「おー、ルーシィが前に見せてくれただろ? そん時に覚えた」
「待って、どこから突っ込めばいい……?」


覚えたの?? 鍵を観察していた時間なんて精々数秒ほどだったのに? それで再現できるグレイのスペックも、魔法の力もどうなっているんだ。そもそも、プライバシーという言葉を知ってるか? 例え、できるとしてもやらないのが普通の人間の感覚なんですよ。ぐるりぐるりと一瞬にして様々な感情が駆け巡ったが、しかしそれらは全て呑み込むことにした。突っ込んだら切りがないと思った。面倒だった、とも言う。


「まあ、泥棒じゃないならいいや……。それじゃあ、グレイは何か用事? 魔法を使って入るくらいだし」
「ああ、そうだった。例のアレが今日なのに、ルーシィ来ねえから忘れてんのかと思って」
「例のあれ? なにかあったっけ……?」
「やっぱり忘れてたか。マグノリア駅でナツが言ってただろ? 今日は、ナツとエルザが戦うんだよ」


その瞬間、まるで落雷に打たれたかのような激震が走った。




グレイと共に妖精の尻尾へ向かうと、ギルド前には遠目からわかるほどにわらわらとメンバーが集まっていた。その様子が漫画やアニメでしか見たことのない決闘のそれとよく似ていて、心臓がひやりとする。危険なのでプルーには星霊界へと戻ってもらったが、なかなか正しい判断だったのかもしれない。輪の外側から、中心で向かい合うナツとエルザの姿がちらりと見えた。


「ほ、本当にやるの……? 二人とも最強チームなんて言われるほど強いのに……」


わざわざどちらか一方を強者としなくても、両者とも強いで十分ではないか。そんな想いを込めて細々と呟く声に、グレイが怪訝な顔で肩越しに振り向く。


「最強チーム? なんだそりゃ」
「知らなかったの? グレイとナツとエルザのことだよ。妖精の尻尾の中で最強のチームだって」
「くだん、むぐっ」


何やら良からぬことを口にするような予感がして、慌ててグレイの言葉を片手で塞いだ。身長差を埋めるみたいに背伸びをし、バランスを取るために肩を借りてもう片方の手を置き、背後からべたりと強盗の如く身を寄せる。来る途中に何故か道端に落ちていたグレイの服を回収済みなので、今は気にせずに近づけた。

彼の耳元で囁く。「くだらないとか言わないでね……? ミラさん楽しそうに言ってたから」「む〜!」こくこくと勢いよく首を縦に振る動作を信じて、そっと口元から手を外してやる。離れると、彼はげっそりと息を吐き出した。


「お、おまえ、ほんと……時々やることが恐ろしいな……」
「あら、ルーシィ。グレイと仲がいいのね」
「こんにちは、ミラさん」


いつもの穏やかな笑みをこぼす彼女に、こちらも笑って対応する。どうやら会話は聞かれていないらしい。ほっと胸を撫で下ろす。グレイが最強チームという言葉に何を思おうが自由だが、それを気に入っていた彼女の前での失言はさせたくなかったのだ。双方のために。

しかし、周りに最初の発言の方は聞かれていたようで、予想外に話題が広がっていく。


「最強か……確かにナツやグレイの漢気は認めるが、妖精の尻尾にはまだまだ強者がいるぞ。オレとか」
「最強の女はエルザで間違いないと思うけどね」
「最強の男となると、ミストガンやラクサスもいるし」
「あのオヤジも外す訳にはいかねえな」


わいのわいのと盛り上がる一部のメンバー達。さて、三人よりも強い人がいたなら世界のパワーバランスが尽く崩れそうだが、本当に大丈夫か。「でも、チームは相性が大事でしょ? ナツとグレイとエルザなら、きっと一番相性がいいと思うの」ミラさん? 楽しげに会話に加わるのは構いませんが、前と言ってることが違いますね……??


「なんにせよ、面白い戦いになりそうだな」
「そうか? オレの予想じゃ、エルザの圧勝だが」


以前、ミラさんの弟だと聞いたエルフマンと共に意気揚々と中央を眺めるグレイに、いよいよ決闘が現実のものだと嫌でも認識し始める。困ったな。どうやら自分以外のメンバーは、みんなこの戦いに乗り気らしい。今更止めるような人はおらず、心臓は早鐘を打ち、不安や焦燥はだんだんと大きくなっていく。


「こうして、おまえと魔法をぶつけ合うのは何年ぶりかな……」
「あの時はガキだった! 今は違うぞ! 今日こそ、おまえに勝つ!!」
「私も本気でいかせてもらうぞ。久しぶりに自分の力を試したい。全てをぶつけて来い!」


ナツとエルザの真剣な睨み合いから逃げるように、ゆっくりと後退した。誰が好き好んで、知人同士の血腥い戦いを見たいと思うのか。ナツの炎で焼かれるエルザも、エルザの剣で裂かれるナツも、どちらも等しく見たくない。幸い、輪の外側にいたことと、周囲が熱狂していたために気配を消すのは容易だった。


「炎帝の鎧かぁ……そうこなくちゃ。これで心置きなく全力が出せるぞ!!」
「始めいっ!」


ひしめくメンバーの隙間から見えた赤い炎と鎧を最後に、ぎゅっと両眼を閉じて耳を塞いだ。

戦闘の間のことは、ほとんど知らない。




ーーパァン!!
「そこまでだ、全員その場を動くな。私は評議院の使者である」
「評議院!?」
「使者だって!?」
「なんでこんなところに!?」
「先日の鉄の森テロ事件において、器物損壊罪、他十一件の罪の容疑で……エルザ・スカーレットを逮捕する」
「なんだとおぉぉっ!!?」
「(あれ? いつの間に……え、エルザが逮捕されるの? なんで??)」
ナツ VS エルザ