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ナツの嗅覚を頼りに森の中を進むと、やがて眼前に大きな門が現れた。丸太が連なるそれは、普段あまり見かける機会のない景観である。加えて、目線の高さに打ち付けられた“KEEP OUT”の文字が異様さに拍車をかけていた。


「立ち入り禁止……って、どんな村だよ」
「まいったな」


開閉されると思わしき場所に指先で触れてみる。当たり前というべきか、ただの樹皮の感触がした。ノックが響く材質ではないだろう。数歩下がり、門の上部を見上げる。この手の造りであれば、大抵は見張り台のようなものがありそうだ。少なくとも、前の世界で見た漫画やアニメではそうだった。声を張る。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」
「壊すか」


なんで?? 今の流れで何故か破壊衝動に繋がってしまったナツにぎょっとする。考えるまでもなく、だめに決まっているだろうが。仕事どころか村に入る前に通報されてお終いだ。作戦Tは良くないとあれほど……! ぶんぶんと顔を横に振って必死にナツに訴えていると、幸いにも彼が扉を吹き飛ばす前に「何者だ」とこの場の誰のものでもない声がかかった。門の上に二つの人影がある。門番か、あるいは見張り役だろうか。


「魔導士ギルド、妖精の尻尾の者です。この島の依頼を見てお邪魔致しました。村長さんはお手すきでしょうか?」


オテスキってなんだ、とナツの潜めた声がする。あー、クイズとかでミスった時の? とグレイ。それは、お手つきでは。


「妖精の尻尾? 依頼が受理されたとの報告は入っていない」


思わぬ返しにうっと口ごもる。なるほど、確かに。よくよく考えてみれば当然の弊害だった。ギルドの同意なしという影響はやはり大きい。一瞬ひやりとして、しかしすかさずグレイが助け舟を出してくれた。


「何かの手違いで遅れてんだろ。村に入れねえなら帰るけど」


上手いなあ、と思う。正式にギルドから派遣された者であると意識させつつ、早く解決したいと依頼を出すほどに困っている人の心理を突いている。彼らも、自分達が助かるかもしれないチャンスをみすみす逃したくはないだろう。何かを言いかけたナツの口を慌てて塞ぐ。たぶん、帰らねえぞとかそんな台詞が飛び出しそうだった。

一方で門番達は顔を寄せ合い、こそこそと相談を始めていた。その様子を固唾を飲んで見守っていると、やがて話が纏まったのか「全員、紋章を見せろ」とこちらを見下ろす。……? はて、紋章とは。話が進みそうだと喜ぶよりも先に、馴染みのない単語のせいで頭が真っ白になった次の瞬間。ようやく思考が追いつき、そうして停止した。事の重大さに気がついたからだ。

何って、妖精の尻尾と名乗るよりも、さらに中二病っぽいではないか……!! これは一大事。そもそも、誰かに見られたくないから普段隠れるような場所を選んだというのに。しかし、私が固まり何とも言えぬ感覚と戦っているうちに、自分以外の三人はそれぞれ紋章を示していた。ナツは右肩を強調するように体を傾け、グレイは右胸を晒すために服を捲り、ハッピーは背中を向けて風呂敷をずらしている。あり得ないほど慣れた手つきであった。


「おい、そこの女はどうした? まさか騙しているのか?」
「ルーシィ? どうした」
「そういやルーシィってどこにギルドマーク入れてんだ?」
「言われてみればオイラも見たことないや」


呆気にとられていたら、いつの間にか全員の視線がこちらに集まっていた。不思議そうな表情を浮かべる三人と明らかに訝しむ門番達。前者はまだしも、後者を前にしては仕方ないと腹を括る他なかった。ここで不自然に拒否をしてみろ。一人村に入れてもらえないどころか、みんな仲良く疑われて門前払いを受けるかもしれない。大丈夫。大丈夫だ、きっと。黒歴史もみんなで渡れば怖くない……はず……。

今まで紋章を見せろと言われなかったのは、単に依頼が正式に受理されていたからだろうか。それとも、共に行動していたナツが常に見えるところに紋章を刻んでいたから、わざわざ尋ねる必要がなかったのだろうか。そんなことを考えながら、徐にぷつりぷつりと服のボタンを上から順に外していく。襟元の緩いものを着ておけば楽だったか。まあ、後の祭りだが。

いくつかのボタンを外すと、湿り気を帯びた生ぬるい風が肌を撫ぜた。途端に防御力を失ったようで落ち着かない心地になりながらも、襟を引っ張り左の鎖骨から胸元の辺りをくつろげる。そういえば、夕焼けでピンク色が見えづらいとか言われないだろうか。不安を抱えつつ、首を右後方に僅かに傾けた。特に深い意味はない。ただ、門の上からだと頭や髪の毛で隠れてしまう可能性もあるかと。

果たして、自分の良くない予想が当たっていたのかなんなのか。その場にしばしの静寂が訪れた。それがまあ、あまりに長い上に誰も反応をしないので、耐えかねて「あの……?」と声をかけると、門番達ははっと我に帰ったように威儀を正す。


「んん! 良いものを見せてもらった」
「おい! 変なこと言うな!」


バコッ、と不意に一人の鋭いビンタがもう一方の後頭部に炸裂した。痛そう。ちょうど漫才における突っ込みのようなそれに呆然と立ち尽くしている間に、当人達は慌ただしくどこかへ姿を消していく。かと思うと数秒後に門が開き始めた。どういう絡繰なのかは詳しく知らないが、時代を感じる造りである。前の世界では早々お目にかかれない。

何はともあれ、村には入れてもらえそうだ。これで話を聞きに行ける。ボタンを直しながら行こうと声をかけ振り返ると、何故だかこちらを凝視して愕然と固まる三人がいた。三者三様にぽかりと口を開け、信じられないものを見たかのように瞠目する様は、はっきり言って奇妙だった。怖い、とも言う。一体何をそんなに驚いているのか。宇宙を彷徨っているみたいな彼らに首を傾げる。


「ど、どうしたの、みんな……?」
「……ルーシィ! 今度から仕事にお色気作戦も導入しようよ! オイラ絶対上手くいくと思う」
「え、なんで急に?? やらないよ、そんなこと……それより、今はこの依頼をどうにかしないと」
「あい、それもそうだね〜」


服装を整えたところで待ち構えていたようにハッピーが胸に飛び込んでくる。ぽすり。少し慣れてきてしまった動作で受け止めて、今し方開いた門に向かい足を進める。「この島って魚おいしいかなぁ」「どうだろう。海に囲まれてるから、魚介類は豊富かもしれないね」「うぱー!」可愛らしくはしゃぐハッピーとの会話に気を取られていたので、背後で置き去りにされる青年二人の呟きは知る由もなかった。


「…………これがギャップってやつか……??」
「……あい…………」


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「紫の月の魔力で私達はこのような姿に変わってしまう。そして、やがて心まで奪われてしまうのです。呪いを解く方法はたった一つ。月を破壊するしかないのです」
「(いや、規模がおかしい〜〜!!)」
紫の月