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あの三人組がこの場を立ち去ってから、どれほどの時間が経過しただろうか。
彼らの目的は依然としてわからないままだ。「もうすぐ月の光が集まる」などという謎の発言も怪しすぎるし、意味不明すぎる。それらの真意を探るためにも夜まで待機し、様子を見ようと話がまとまった。
しかし、「殺す」なんて物騒極まりない意向を聞いてしまった以上、できる限り鉢合わせたくないので賛成したものの、いかんせん空気が悪いのがいけない。そう感じているのは自分だけかもしれないが、胃の辺りがとても重い。
某赤い頭巾の少女の童話に出てくる石を腹に詰められた狼もこんな気分だったのだろうか。いや、系統が違うか……。
「……」
ちらりとグレイを一瞥する。こちらに背を向けているため表情は窺えなかった。ずっと俯いて何かを思案しているのか、はたまた茫然としているだけなのか。
またひとつ、気分が落ち込む。
少し前、夜まで待つにはあまりにも暇だとぼやくハッピーに同調し、琴座のリラという星霊を呼び出した。彼女はそれはもう歌が上手く、明るい性格なので、この地獄の耐久レースも多少緩和されるのではないかと勝手ながら期待したのだ。言い訳をさせてもらうと、お世辞にも良いとは言えない空気の中、数時間も過ごすとか無理ぃ! と心が悲鳴を上げていたせいである。
まあ、行き着いた結果は悲惨なものだった。リラの歌に感化されたグレイを泣かせる羽目になった(リラは人の心情を読むのが得意)挙げ句、さらには「誰かに聞かれたらどうすんだ」と至極真っ当なことを彼に突っ込まれる落ちとなる。
私は顔を覆った。普段であれば気づけたであろうことに気が回らなかったのだ。冷静ではなかった。人を泣かせたという事実が鋭利な刃となって胸に突き刺さる。
なお、「夜まで待つとか無理! ヒマ死ぬ!!」と喚いていたナツはリラの歌でとっくに夢の中へと旅立っている。幸せそうな寝顔であった。その周囲に左右されぬ図太さが今ばかりは羨ましく、少し恨めしい。
リラに関しては探検に行きたいと楽しそうにどこかへ消えた。「危なくなったら星霊界に戻るから〜」と言っていたのでたぶん大丈夫だ。今回の采配ミスで唯一の救いなのは、リラ自身に気にした様子がないことだった。
「(声をかけるべきかな……)」
先程から何度も心に浮かぶその問い。けれども、想いとは裏腹に言葉のひと欠片も見つからなくて、中途半端に燻ったそれをまたかき消していく。出会ってから日も浅く、関係も深いとは言えない。そんな他人に近い間柄の人間に、ずけずけと無遠慮に踏み入られたら不快以外の何物でもないだろう。
そっとしておくのが最善だ、と自分に言い聞かせる。何も言えないまま、薄く開いた唇を閉ざす。たったそれだけの簡単な動作がやけに重苦しく感じて、胸の奥底に黒い澱が沈んでいくようだった。
彼の背から目を逸らし、意識して別のことに思考を飛ばす。視線の先にあるのは巨大な氷の塊だ。
グレイ曰く、デリオラは十年前にイスバン地方という場所を荒らし回った不死身の悪魔らしい。彼に魔法を教えた師匠が命をかけて封じた後、北の大陸の氷山に封印されていたそうだ。
十年も氷が溶けなかったのかとか、本当に悪魔が闊歩しているの控えめに言っても地獄すぎるだろうとか。そもそもどんな目的でこれを見つけ出し、わざわざ海に囲まれた孤島にまで運んできたのか。いくつか思うところはあるものの、今一番に考えるべきはこのデリオラと今回の依頼が繋がっているのか否かだ。
悪魔というくらいだから、そこに存在するだけで呪いを振り撒き、周りに悪影響を及ぼしている可能性もゼロではないかもしれない。
「くかー」
「すぴー」
安らかな寝息を立てるナツへ、寝返りを打ったハッピーがもぞもぞと擦り寄る。体温が高くて暖かいからだろうか。洞窟内の地面はゴツゴツしていて、間違いなく居心地は良くないだろうに、よくもまあ眠れるものである。
ふと、ナツのやや赤くなった頬に視線をやり、そっと眉を寄せる。痛々しい。同時に火の魔導士が近づくなと激昂したグレイを思い出す。確かに、戦うなんて言い出したナツも不謹慎だが、何も殴ることはなかったのではと少し気を揉む。聞くに、あの氷は
絶対氷結と言って、いかなる爆炎の魔法をもってしても絶対に溶けることがないのだとか。
殴られ損だし、あまりに理不尽であった。しかし、それだけグレイが不安定であることも察せられた上、理不尽と言えばナツも港で彼を蹴り飛ばし意識を刈り取った過去があるのでおあいこだと思うことにした。
──ゴゴゴゴ。
「!」
そうして、数時間後。
不意に訪れた地響きが辺りの静寂を襲った。ぱらぱらと落ちてくる小石にぞっとしつつ、開いていた手帳を手早くしまう。地震だろうか。こんなところで崩落が起きてしまったら生き埋めになってしまう。慌てて立ち上がるのと、みんなが飛び起きたのはほとんど同時だった。
光が、天井から降り注ぐ。
「夜か!!」
「天井が、動いた……??」
「紫の光……月の光か!!?」
「なんだこれ! どうなってんだーーっ!!」
不気味な紫の光は、デリオラの氷へと一直線に伸びていた。それは、まるでスポットライトのように作為的で。とても偶然とは思えない。そもそも天井が動くこと自体がおかしすぎる。
呆然と目の前の光景に固まっていると、名前を呼ばれ、ぐっと腕を引っ張られた。促されるように顔をそちらに向ける。真剣な表情のナツと目が合った。
「ぼうっとしてんな! あの光を追うぞ!」
「え、あ、うん……! わかった!」
先導する三人に続き、光の出どころを探すために上へ上へと駆け上がる。
なんだか良からぬことが起きるような気がして不安になったのは、ここに至るまでにすでにいくつもの非日常が重なっていたからだろうか。
♦︎
「行くぞ! 光の元を探すんだ!!」
「オウ!!」
「あいさー!」
「……! この遺跡の真ん中には穴があいてたのか!」
「もっと上だ!」
「(あ、相変わらず足はや……)」
天よりそそぐ光