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 上を目指す道中、全ての階で一部が不自然に丸く切り取られた床を見つけた。その穴を綺麗に光が通過していることから、まず間違いなく月光を地下へと送り届けるためにわざとくり抜いたものなのだろうと推測できる。随分と計画的かつ大掛かりだが、しかしデリオラに光を当ててどうするというのか……。
 しばらくして、ようやくアーチ状の出口、と呼ぶよりも洞窟みたいなそこをくぐり、外へと飛び出した。

 刹那、焼くように眩い光が視界を一瞬だけ白ませる。薄暗い遺跡に慣れていたせいで、夜空の元で直に感じる光明は刺激が強かったらしい。とはいえ、ただの月光にしては些か眩しすぎる気もするが……。
 咄嗟に閉じた瞼を徐々に押し上げ、ぐっと目を凝らす。ゆっくりと瞬きをしたのは、認めた光景が現実であると俄かには受け入れられなかったからだ。

 前の世界で幸運の訪れとも言われていた“天使の梯子”を彷彿とさせる光の柱。

 確かに似ていると思った。けれども、同時に違う現象であるとも直感した。だって、本当の“天使の梯子”は時間を忘れ、うっとりと見入ってしまうような……そんな心を洗われる幻想的な光景のはずだ。しかし、これはどうだ。紫の月によって生み出された故か、非常に不気味で幸運どころか、今にも呪われそうな気配さえある。
 ふと、ありふれたとある理科の実験が脳内に浮かんだ。太陽光を虫眼鏡で集める、あれである。太く、密度の濃いその柱は前述の現象よりも、そちらに近しいのかもしれない。


「何だアレ」
「しっ……ナツ、こっち」


 本来は暗いはずの夜空の下だが、眩い光の柱が辺りを照らしているおかげで昼間ほどの明瞭さはなくとも、状況を窺う程度のことはできた。月から降り注ぐ光を囲むように何人もの人影がある。明らかに関わったらまずそうだった。悪魔召喚や生贄などを連想させる儀式らしい儀式の様子にぎくりとして、咄嗟に全員で近くの壁へと身を隠す。
 怪しいローブ姿に、不思議な言葉の囁き。日本語にも英語にも聞こえない謎の言語が淀みなく唱えられては、夜のしんとした空気に混ざり、消えてゆく。


「月!? 本当に月の光を集めてんのか、こいつら!!」
「でも、集めてどうするの……?」
「ベリア語の呪文……月の雫ね」


 目を見張るナツに続いてこそこそと困惑を混ぜた疑問をこぼした時、不意に真横から馴染みのある声が差し込まれぎょっとする。いつの間にそこにいたのか、先程散策に行ってくると姿を消していたリラが当たり前のように会話に加わっていた。
 まさか、こんないかにもやばい現場にいるとは……。
 心配やら安堵やらで何から言うべきか迷うこちらを知ってか知らずか、不意に閃いたように彼女が大きく頷いた。


「そっか、そういうことなのね……。こいつらは月の雫を使って、あの地下の悪魔を復活させる気なのよ!」
「なに!? バカな……絶対氷結は溶けない氷なんだぞ」
「その氷を溶かす魔法が月の雫なのよ。一つに集束された月の魔力はいかなる魔法をも解除する力を持っているの」
「そんな……」
「あいつら……デリオラの恐ろしさを知らねえんだ!!」


 むーん、どりっぷ……。
 確かに聞き覚えはある。地下で聞いた不明な単語の一つだ。つまりは、今現在、目の前で執り行われている謎の儀式は“月の雫”という名であり、加えてその行為の行き着く先は厄災を冠する悪魔の再来だと……? いや、怖すぎでは??
 なんだかとんでもなく不穏な流れになってきた……。ぺたりと耳を垂らし不安げな声をあげるハッピーの頭を撫でながら、そっと息を詰める。自分が足を踏み入れている場所が今にも地獄へと変わってしまうような。そんな深淵がすぐそばにあるかのような感覚。

 あの氷を溶かし、仮に中にいたデリオラが本当に生きていた場合、一体どうするつもりなのだろうか。少なくとも雪山で封印されていたデリオラを発見し、かつわざわざこの島まで運んでくるほどの時間や労力は消費しているのだから、何かしら理由や目的があるはずだ。
 それが具体的に何であるかまではわからない。が、とにかく世に放たれたらまずいことだけは、顔面蒼白となっているグレイを見たらわかる。

 リラはさらに考察を重ねる。この島で呪いだと言われている現象はおそらく月の雫によるものだと。一つに集まった月の魔力は人体をも汚染する力があるそうだ。
 ……でも。だったら何故、地下で見かけたあの人達は呪いを受けていなかったのだろうか。脳裏に“人間の姿を保った三人組”が過ぎる。数時間前に抱いた違和感が、今度こそ形を成していく。


「あいつらァ……!!」
「ちょ、待ってナツ! 誰か来る……っ」


 拳を握り、お得意の突撃を繰り出しかねないナツの羽織りを必死に掴む。
 待て待て待て。どう考えても圧倒的に数で負けてるって。火を見るより明らかだって。事が事だけにじっとしていられない気持ちは非常によくわかるけれども、自ら積極的に首を絞めていくスタイルはやめてほしい。ぐりん、とこちらに向けられる不満げな瞳に「今は抑えて」という意を込めてぶんぶんと首を横に振ると、ものすごく不服そうだがひとまずは踏みとどまってくれた。

 しかし、ほっとするような間は当然なく。カチャカチャと金属が擦れる音がだんだんと大きくなるにつれ、心臓は痛いほどに早鐘を打つ。
 ナツの背後から恐る恐る奥を覗く。これ以上、非日常に居合わせたくはなかった。できれば見たくもないし、関わるなんてもってのほか。でも、だからと言って依頼との関連性があるかもしれないのにみすみす見逃すわけにもいかなくて。

 足元から這い上がる得体の知れない恐怖が呼吸を浅くし、背筋を震わせる。意味を捉えられない不気味な呪文がBGMとなって、場の異質さにさらに拍車をかけていた。
 果たして、そんなホラー映画もびっくりな緊迫感の中で悠然と現れたのは、大仰な仮面を被った何者かであった。ローブの人々とも、例の三人組ともどこか異なる雰囲気。服装も相まって“偉そう”というのが、怖い以外の最初の所感だった。


「くそ……昼起きたせい眠い」
「おおーん」
「結局、侵入者も見つからなかったし」
「本当にいたのかよっ!!」
「悲しい事ですわ、零帝様。昼に侵入者がいたようなのですが……とり逃してしまいました。こんな私には愛は語れませんね」
「侵入者……」


 離れているためにやや聞き取りづらいが、聴覚の優れたナツが「あいつが零帝か!?」と呟いているので、どうやら彼らのリーダー格は偉そうと思ったあの人物で間違いないらしい。三人組が付き従っているところを見ても関係者であることは明白か。


「デリオラの復活はまだなのか」
「この調子だと今日か明日には……と」
「どっちだよ!!」
「いよいよなのだな……。侵入者の件だが、ここにきて邪魔はされたくないな」
「ええ」
「この島は外れにある村にしか人はいないハズ」


 ひらり。体格を包み隠す外套を揺らし、零帝が軽く手を掲げた。
 そして、なんてことない些細な世間話のように、いとも容易く告げる。


「──村を消してこい」


 え?
 冷たい声音が耳にふれ、一瞬思考が停止した。聞き間違いかと疑う心とは裏腹に、体からは素直に力が抜ける。ナツを引き留めるために掴んでいた羽織りからするりと手が滑り落ちて、僅かに作られていた皺がやけに生暖かい夜風に攫われていく。
 躊躇うどころか二つ返事で承諾する三人組がただただ信じられなくて、茫然とその動きを目で追う。脳が理解することを拒んでいるようだった。


「なに!!?」
「この声……オイ……ウソだろ……」


 焦燥が滲むナツの声も、動揺し震えるグレイの声もどこか遠い。


「血は好まんのだがな……」


 呟いた零帝のそれは小さく、しかしいやにはっきりと鼓膜にこびりつく。言っていることとやっていることが一致していないのが、ひどく恐ろしくてたまらない。喉が狭まってしまったみたいに呼吸をするだけで精一杯だった。
 だから、激情の炎と氷による開戦の狼煙も、その時の私には止める術などなかったのだ。


♦︎


「──もうコソコソするのはゴメンだ!! 邪魔しに来たのはオレたちだァ!!」
「あの紋章!! 妖精の尻尾ですわ!!」
「なるほど……村の奴らがギルドに助けを求めたか」
「何をしている。とっとと村を消してこい」
「……何で?」
「邪魔をする者。それを企てた者。全て敵だ」
「何でえっ!!?」
「てめえぇっ!! その下らねえ儀式とやらをやめやがれぇぇ!!」
「冷たっ! あの人も氷……!? ひっ、リラ危ないから戻ってて……っ!」
零帝