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 グレイと零帝のお互いが生み出した氷が地面を駆け、激しく衝突する。力が拮抗しているのか、はたまたただの衝撃によるものか巨大な氷塊はパキンと音を立てて崩壊した。
 ナツの噴き出した炎で温められたはずの空気が冷気によって一気に冷やされる。風圧で飛んできた氷の粒が文字通り肌を刺すようだった。


「リオン……てめえ、自分が何やってるかわかってんのか?」
「ふふ、久しいなグレイ」


 急激に始まってしまった戦闘に尻込みをしている中、グレイの口から飛び出した言葉に耳を疑った。ナツもハッピーも「え?」と驚愕と動揺が混ざったような反応をしているので、どうやら二人も知らないらしい。
 私よりもずっと付き合いの長いはずの二人が知らないとなると、それほど前の関係ということだろうか。あるいは、単に彼が自分の話をしないために周囲に知られていないだけかもしれない。それがたまたまか、意識的に隠していたのかは不明だが、目の前の物騒な再会を見てしまったこちらからすると、あまり良好な関係性ではなさそうだなという印象である。


「何のマネだよ!! コレぁ!!」
「村人が送り込んできた魔導士がまさかおまえだとはな。知ってて来たのか? それとも偶然か? まあ、どちらでもいいが……」


 声を荒げるグレイに対し、やはり零帝は常に冷淡だった。どこか会話が通じていないような温度差さえ感じる。必死に訴えるグレイが、止めようと声を枯らす眼前の人物が、零帝の目には映っていないのかもしれない。


「零帝リオンの知り合いか?」
「おおっ!?」
「早く行け。ここはオレ一人で十分だ」


 だって、本当に見えていたのなら、そんなにも無機質な声音で人の命を奪う選択が下せるだろうか。
 こちらと同じく彼らの関係について初めて耳にしたのか、どよめく三人組へと再度零帝が采配を振る。指示一つで、彼らはたちまち持ち直した。またもや潔い返事がその場に響き、心臓がひやりとする。何故そうも愚直に従えるのだろうか。その命令をやり遂げた先にあるのは、人を殺す自分自身だというのに。己が一心に従う相手ならば、代わりに手を汚すことも厭わないと……?

 素早く背を向ける三人組に、いち早く対応したのはナツだった。「行かせるかっての!」「よせ! ナツ! 動くなっ!!」「うおっ」飛び出したナツの周囲で不意に空気が揺らぐ。それから、一瞬のうちに冷気が渦を巻いて、生き物のように彼にまとわりついてしまった。
 何が起きたかわからず、俄に混乱する。どうすれば良いかなんて咄嗟に思いつかない。しかし、呻く彼になんとかしないと、と反射的にキーケースを握りしめた。刹那、グレイが焦った表情で振り返り、叫ぶ。


「ハッピー! ルーシィを頼む!!」
「あい!!」
「え、わっ……」


 ぐんっと力強く背の辺りを引っ張られたかと思うと、止める暇もなく宙に浮かんでいた。最近感じたばかりの浮遊感に、確認するまでもなくハッピーによるものだと理解する。でも、納得はできなくて。
 地上では未だにナツの苦しむ声が聞こえるし、グレイもなんだか追い詰められた表情で氷を操っている。何かがいつもと違うような気がした。心がざわざわと落ち着かない。徐々に遠のいていく二人の姿が幻みたいにかき消えて、二度と会えなくなってしまうかもしれない、なんて根拠のない悪い予感。


「ま、待ってハッピー、このままじゃ二人が……!」
「ダメだよ! あいつは空間を冷気の魔法で包んでいた! あのままじっとしてたら次はオイラたちが氷にされてたよ」
「えっ」


 二人との別れを惜しむように伸ばしていた手が、つい固まる。今、とんでもない発言をされた。
 先程の状況を脳内で思い起こす。が、昔から魔力を探るという行為が苦手だったので、努力するだけ無駄に終わった。さっぱりわからない。「ルーシィ様は星霊魔法と相性が良いようですが、魔力探知はザル……ゲフンゲフン、伸び代がありますな」とは、この世界の実家におけるかつての師範の言葉である。こちとら魔法が空想だった世界から来てるんだぞ。わかるわけなかろうが。

 ようやく自分が無防備にも地雷原に突っ込もうとしていた事実に気がつき、きゅっと唇を引き結ぶ。確かに周囲は凍えそうなほど寒かったが、そんな効果があったなんて想像もしていなかった。あまりにも怖すぎる。
 だから、瞬時に危険を察知したグレイは逃げるように促したし、ハッピーもそれに背かなかったのか……。絶句しながらも情報を整理していると、ぐずぐずと鼻を啜るような音が耳に届いた。肩越しに夜空を仰ぐ。


「それに、全員やられたら誰が村を守るんだよぉ!」


 ハッピーのまあるい瞳が潤み、ほろりと雫が落ちてくる瞬間を見た。月の光を受けてきらりと光った粒が、私の頬に冷たい感触を残し、地上の暗闇へと吸い込まれてゆく。たった一滴。されど一滴だ。その光景が、言葉が、声色が。すっと脳を冷やし、やるべきことをやれと呼びかけてくるようで。
 ゆっくりと意識して呼吸を繰り返す。
 冷静になれ。全体を見なくちゃいけない。心配すべきはナツやグレイだけではないのだ。あの三人組を放っておいたら、十中八九村人たちに危害が加わってしまう。あんなにも助けを求めている人たちが救われないどころか、無残にも殺されてしまうかもしれないのだ。そんな未来は何としてでも避けなければならない。


「そうだね、ごめん……村の人たちを守らないと。それに、ハッピーだって本当は二人が心配だよね」
「ゔん……」
「きっと、大丈夫……二人とも強いもの。ね?」
「あいっ!」


 それは信頼というより、もっと願いに似た何かだった。強く祈ることで自分の心を律するための言霊。
 ハッピーが不安を振り払うように大きく応えてくれたおかげで、その願いの実現が少しだけ確かなものに近づいた気がした。私の形ばかりの繋がりとは違う、本物の絆が言うのなら間違いないのだろう、と。そう思えた。


♦︎


 遺跡での戦闘から離脱し、数十分ほどが経過しただろうか。幸い、三人組よりも先に到着できたため、何の前情報もなく村が襲われるという事態は避けられた。現在は状況を簡単に伝達し終え、いつか訪れるであろう敵襲に全員で備えているところだ。
 とはいえ、村人たちはナツやグレイのような戦闘慣れした魔導士とは違う。生活する上で必要な狩猟スキルは期待できるかもしれないが、動物や魚を獲る要領で人間を無力化するのはかなり難しいだろう。しかも、ものすごく不安な点が一つある。例の如く私の魔力探知はひどく頼りにならないので、たぶん、おそらく、の域を出ないが……。
 今のうちに確かめておいた方が良いだろう。そっとしゃがみ込み、足元にいるハッピーに小声で話しかける。


「ねえ、ハッピー。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「なあに?」
「あの三人組……えっと、零帝に命令されてた人たちって魔導士だったりする?」
「えっ? うん、魔力を感じたから、たぶんそうだと思うよ。ルーシィは感じなかった?」
「うっ、うん……。実は私……その、魔力を感じ取るのが苦手で……」


 すっと目を逸らしながら、ごにょごにょと答える。ハッピーは当たり前にできているようなので、なんだか肩身が狭かった。適当に誤魔化して隠す選択肢もあるにはある。が、いずれはバレて言い訳が通用しなくなりそうだからやめておくのが賢明だろう。
 彼は予想外とばかりに大きな目をさらに見開いて「確かに苦手な人もいるだろうけど、ルーシィは得意そうだから意外!」と、理解に苦しむ評価をくれた。得意そうとは??


「だって、ルーシィの星霊魔法すごいし」
「すごいのは私じゃなくて、星霊のみんなだよ」


 そもそも、その発言がどう評価に関係しているのだろうか。
 首を捻ると、ちょうどそばの土が盛り上がった。ぼこり、と地中から鮮やかな桃色が姿を現す。噂をすれば、というやつだ。


「姫」
「バルゴ、お疲れ様」


 言いながら、彼女の髪についている僅かな土を払ってやる。と、開きかけた口をぎゅっと閉じたバルゴが何かこう……梅干しを食べたみたいな顔をした。両手で頬を押さえ、うろうろと忙しない視線を前に眉を下げる。
 どういう感情だ、これは。普段、どちらかと言うと表情の変化が乏しいタイプの彼女にしては珍しい。


「……あ、ありがとうございます。お仕置きですか?」
「なんで??」
「コホン。では、姫。報告ですが、今のところ村の周辺に変わった点はありません」
「そっか……ありがとう、バルゴ。引き続き辺りの警戒をお願いできる?」
「かしこまりました」


 いつもの調子に戻ったバルゴはぺこりと恭しく一礼をして、颯爽と穴の中へと戻っていく。危ない台詞が紛れていたような気がしたが、なかったことにされたらしい。よかった。
 初めての依頼の際には色々と厄介だった穴を掘る魔法だが、鉄の森の件しかり味方になると心強い。隠密性に優れ、偵察向きなので籠城戦をするしかない(周りが海に囲まれている孤島故に逃げられない)今の状況ではとても重宝した。いちいち村の門を開閉しなくて済むのも利便性が高い。


「(問題は、私たちだけで凌げるかどうか……)」


 否、無理でもなんとかしなくてはいけない。失敗イコール村人たちの死なのだから。わかっている。けれども、自信がない。恐怖も懸念もあり余るほどあるというのに。
 先程、ハッピーに確認して相手が魔導士であるとほぼ確定してしまった。魔導士三人に対し、こちらは守るべき村人が多数。戦闘員は私とハッピーの二人。星霊魔導士の強みである召喚による増員があっても、まだ足りない気がしてならない。何せ、いくら星霊が強かろうと、先に挙げた二人が肉弾戦に死ぬほど向いていないからだ。

 ハッピーは飛行能力のサポートでこそ本領を発揮するのだろうし、私は平和な前の世界で育ったために人を傷つける行為にそもそも抵抗がある。例え、相手が悪人でも殴ったり、蹴ったりは正直、できるだけ、なるべく、遠慮したい。
 ……もしかしなくとも、詰んでるのでは?


──早く月を壊してくれぇ!!


 ふと、耳の奥で村長さんの痛切な願いが甦る。村の中で一番取り乱していたのが彼だった。彼は自分が誰かに害される脅威よりも、ボボさんを失うきっかけになった月の存在が何より許せないらしい。憎しみのままに「月を壊せ」と同じ言葉をしきりに叫ぶ様子は非常に痛々しかった。
 見かねた他の村人たちに宥められ、現在は少し落ち着いているものの、それもいつまで保つかわからない。みんな不安でたまらないのだ。足が竦もうとも、仮にも依頼遂行者である私が怯えている場合ではない。

 ギルドのルールを破って、今ここにいる。何かしらの罰は避けられないだろう。しかし、自分に対する罰に限って言えばそんなに怖くはなかった。例えば『破門』を言い渡されたとしても、加入したばかりの私にはそれほどダメージがないからだ。まだ、“戻れる”と信じている。
 だから、ルールを破った件に関して恐れているのは、“ルールを破ったくせに何もできずに終わること”だった。助けを求める依頼人たちに仮初めの希望を見せておきながら、達成できませんでしたと再び絶望に叩き落とすような真似だけはしたくない。上げて落とすのはあまりにも酷だろう。

 微かに震えて、冷たくなった指先をぐっと両手で祈るように握り込む。今までの仕事よりもずっと底知れない恐怖を感じるのは、この依頼が『S級クエスト』という常に死が付き纏う枠組みにあるせいだろうか。それとも……。脳裏に力強い炎の揺らぎと、鋭い氷の煌めきが過ぎり、そっと目を伏せた。
 そうして、脳内で村人たちの困惑や憔悴する姿を何度も思い返すことで自分を叱咤し、縋りたい気持ちを押し殺してゆく。逃げてはいけない。弱気になるな。しっかりしろ。誰も死なせたくないのなら、依頼を解決すると決めたのなら、ここで頑張らなくてどうするのだ。

 何度も折れそうになる心をその度に慰め、拾い上げる。そうすることでしか前に進めない臆病な拳に、何故だか不意にあたたかで柔らかな熱が触れた。まるで、赦されたようなタイミングの良さに驚いて瞼を開ける。
 一瞬だけぼやけた視界の先。小さな青い手が寄り添うように私の手に重なっていた。その手を遡って視線を動かすと、きゅうと両目を閉じるハッピーがいて。
 何かを希うような表情に、自分もつい先程まではこういう顔をしていたのかもしれないと、どこか他人事みたいにぼんやり思う。しかし、同時に彼が同じく不安を抱え、それでもなお本気で目の前の困難を一緒に乗り越えようとしてくれているのだと気がついて、少しだけ肩の荷が下りた心地がした。


♦︎


「……ルーシィ、オイラがついてるからね」
「うん……ありがとう、ハッピー」
「姫、お取り込み中すみません」
「「!」」
「バルゴ、どうしたの? まさか、あの人たちが来た……!?」
「いえ、来たには来たのですが、その方たちではなく……。ナツ様とグレイ様と思わしき方々がこちらへ近づいております」
「えっ、二人が!?」
「はい。おそらく、もう到着する頃かと」
「わあ、ナツたち無事だったんだ! よかったぁ! ね、ルーシィ!」
「う、うん……。(二人とも本当に無事なの……? 怪我とかは……とにかく確認しないと)」
「ルーシィさん! 何か近づいて来ますよ!」
「味方だと思います。門を開けていただけますか?」
「はっ」
炎と氷へ希う