はじまりの風
「なぁ、みんな。オレとんでもないことに気づいちまったんだけどよォ」
「へぇ〜」
「どうせまたろくでもないことでしょう」


 いつものレストランでのこと。
 ランチのお肉にフォークを突き立てたミスタさんが、不意に口を開いた。彼の言葉に首を傾げたのは私だけで、左隣のナランチャさんはくるくるとフォークにパスタを巻き付けているし、右隣のフーゴさんは興味なさげに食事を続けている。正面に座るアバッキオさんに至っては、彼の話すら聞いていないのか飲み物のおかわりを注文していた。
 いつも通りの対応だ。一見冷たく思えるけれど、その実とても平和だと感じてしまう私はこの空気に心底慣れてしまっているのだろう。もちろん嫌というわけではなく、それはとても心地の良い感覚だった。


「みんなみんな! いいから聞けってばよォ〜」
「なんだよォもう、さっきからうるせぇなァ」
「おい、ココロもリモナータ頼んどくか?」
「あ、はい! お願いします」
「待て待て待て、ココロは聞いてくれるよなぁ?」


 オレ昨日の夜から考えたんだよ、とお肉のついたままのフォークを手にしながら、ぐいとミスタさんがこちらへ身を乗り出してくる。その期待の眼差しと熱量に思わず少しだけたじろぐと、それに気づいたフーゴさんが無言で彼を押し退けて座らせた。横目で睨みつけるフーゴさんの力が思いの外強かったのか、うおと声を上げながらミスタさんが椅子へと戻っていく。
 一連の流れをちょっぴり申し訳なく思いつつ、改めて頷いて見せる。と、ミスタさんはにんまりと口元を緩め、軽やかに語り始めた。


「人間の肉ってよォ、もし食ったら旨いのか。それとも不味いのか」
「ブッ……!!」
「な、ナランチャさん大丈夫ですか……!?」
「げほ、ごほっ……!」


 おそらく、食事中というタイミングがなおのこと悪かったのだと思う。苦しそうに咽せるナランチャさんの背を慌ててさする。俯いた彼をあわあわと心配していると、しばらくそうしていた後にもう平気だと小さくお礼を言われた。ほっとして手を離す。
 両隣の二人が和やかな食卓に爆弾を投下した犯人を責め立てるように、じとりと目を細めたのが空気で伝わった。案の定「やめろよミスタ、そんな話」と呆れた様子のフーゴさんに窘められ、ナランチャさんには「なんでそういう話いきなり振るかなぁ……!?」と怒られている。けれども、当の本人には全く響いていないらしい。


「ココロもいんのに信じらんねェ! あっち行けよッ! 一人で食えッ!」
「いいから聞けって。きっと、ココロにも役立つ知識だからよォ」


 相変わらずタフな人だなあ、と意気揚々と話を再開させたミスタさんを見てそんな感想を抱く。彼の気が良くて話し上手なところを尊敬しているけれど、今回は随分と話題が特殊だった。深く考えずに聞くとは言ったものの、あまりにグロテスクな内容だったらどうしよう……。
 どうか、お肉料理が食べられなくなるなんてことにはならないといいな、と心底から願った。


♦︎


「お、ブチャラティ遅かったじゃあねぇか」


 アバッキオさんが声をあげたのは、ちょうどミスタさんの話が終わった頃だった。
 結論としては「肉食である人間の肉は不味い」というものであり、草食動物云々の辺りの説得力はあったけれど、役立つ知識であるかどうかはわからなかった。何はともあれ、たくさんの血を連想するような内容とは少し違ったので人知れず安堵した。今一度、いただく命に感謝しなくては……。


「空港仕切ってる涙目のルカいるだろ? 奴がさっき変死体で見つかってな。調べるよう幹部のポルポさんから命令されたんだ」
「へ、変死体……?」


 凄惨な単語を思わず繰り返すと、ブチャラティさんはその青みがかった瞳でこちらをまっすぐに見つめてきた。曇りのない真実の色。本当のことなのだと、説明されなくとも理解ができた。胸が軋むような嫌な感覚がする。
 あのルカさんに手を出す人がいるなんて、どれだけ怖いもの知らずなのだろうか。それに、変死体とは……? 何らかの事情で揉み合いになり、弾みで殺めてしまったという可能性は低そうだ。


「オレ嫌いだよ、アイツ。死んで当然だな。すぐ弱い者痛めつけるし、子供にヤク売ってんだ。どうせ自分も薬のやりすぎで頭でも打ったんだろうさ」
「ナランチャ、そういう気持ちは例え心に思っていても言葉には出すな。この世界ではな」


 ぐっと黙り込んだナランチャさんに倣うように、私も口元を手で覆った。
 “涙目のルカ”にまつわる話といえば、ひどく恐ろしいものばかりなのだ。確か、気に入らない相手は問答無用でスコップを叩き込み嬲り殺してしまう、とか。ナイフを顔に突き立てられても喧嘩をやめなかった、とか。

 こう言っては失礼かもしれないけれど、とても近づきたいとは思えない人だったから、本心がもれてしまわないように気をつけなければ。いつ、どこで、誰が聞いているかもわからない。用心するに越したことはないだろう。ブチャラティさんの言う通り、例えほんの少しのことでも恨みを持たれてしまうような世界なのだから。


「それでその件だが……ココロ」
「は、はい……!」
「まずは空港へ調査に向かう。おまえも一緒に来てくれ」
「わかりました。頑張ります……!」


 やや間を置いて私の名を呼んだブチャラティさんに、気合を示すように小さく拳を握って返事をする。本当は死が関係する事件なんて怖くてたまらないけれど、こんな自分でも役に立てるというのなら精一杯頑張りたい。きっと、ブチャラティさんも、他のみんなも、私がこの仕事に向いてないことなどとうに知っているはずだ。それでもなお、ここに居させてくれるのだから、その恩返しがちょっとでもしたい。
 そんな風に意気込んでいたからか、緊張が表に出てしまっていたらしい。固くなった肩に、ぽん、と優しく手が乗せられて。横を向くと気遣わしげに眉を下げたフーゴさんと目が合った。


「そこまで気負わなくても大丈夫ですよ。何も、いきなり犯人を捕らえろってんじゃないですし。単にココロがいれば聞き込みがしやすいってことでしょう」
「そうでしょうか……? ありがとうございます。でも、聞き込み、しやすいですか?」
「ええ、まあ……場所にもよりますが。空港は刺さると思います」
「ささる……?」


 どういうことだろう。不思議に思ったけれど、彼は納得するように頷いていたから、たぶん悪い意味ではないのだと判断した。
 思考を切り替え、今回の事件を頭の中で整理する。“涙目のルカ”は空港を管轄する人物であること。その方が何らかの原因で亡くなってしまったこと。そして、それが変死体と呼ばれてしまうような状態だったこと。変死、というのがどんなものであったのかはわからないけれど、普通ではないとすると、まさかスタンド能力で……?

 気にかかり問いかけようと口を開きかけて、けれどもすでにブチャラティさんは今朝訪ねてきたお客さんと話し始めてしまっていたから、諦めて閉口する。それから、先程アバッキオさんに注文してもらったレモネードと共に今はまだ疑問を飲み込むことにした。