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※ゼルダの部屋、その他お城の構造などはその都度、都合良く改変・捏造されます。苦手な方はご注意ください。



過去の悲惨な出来事を思い出し、突如頭を抱え始めたあまりにも奇妙な娘。その奇行にげんなりと肩を落とした国王様は、しかしどこか手慣れた様子でこちらの背に手を添える。あれよあれよという間に連れて来られた先は自室であった。うむ、見事な強制送還。私でなきゃ見逃しちゃうね。

いそいそと閉じ込めるように押し入れられ、同時に本を手渡された。まだ成長過程の小さな子供の腕に積み重なっていく本、本、本。どうやら読んでおけ、との意図らしい。ふらりと一瞬よろけたのは予想外に荷物が重かったから、というだけではなく、その本の数々が参考書並みの分厚さを誇っていたせいだ。

薄らと冷や汗を浮かべ、腕の中のそれらをさてどうしたものかと睨みつけているうちに「間違っても城から抜け出さぬように」と釘を打った国王様が部屋を出て行く。ぱたりと無慈悲にも閉じられた扉。なにやら向こう側から話し声が聞こえる。盗み聞きは良くないと思いつつも、顔を傾けそっと耳を澄ます。


「ナマエがこっそり外へ行かぬよう、くれぐれも注意を頼む」
「承知致しました。しかし、その……本当に良いのですか?」
「何が言いたい?」
「はっ、恐れながら申し上げます。姫様はとても聡明なお方。神童とのご立派な名もよく耳にします。我々に隠れて外へ向かうのも、何か理由があるのではと気にかかりまして……」
「ふむ。確かに彼奴の大人びた態度や物覚えの良さには目を見張るものがある……。脱走の際もちゃっかりと変装をして、あくまで置き手紙を残していく周到さ。しかしな、護衛も付けない姿を民に見られでもしたら洒落にならんのだ」


仮に見られたらどうなるというのだろう。ハイラルの姫君には放浪癖があるとか、観光に誰も着いてきてくれないぼっち(笑)とか? または誘拐騒ぎだったりして……??

続きがいやに気になったものの、悲しいかな会話はそこで終わってしまったらしい。なんとなく相手の兵士さんが神妙に頷いたような気配がする。たぶん、国王様は例の如く額に手をやっているはず。いやぁ、いつもご心労をおかけしてすみません。一応は理由もあるので見逃してくださると嬉しいです。

さてと、手のかかる娘は大人しく机に向かいますよっと。今日のところはな。

まだ幼いとはいえ、一人で行動する余裕が生まれるや否や、これ幸いと脱走を繰り返していた私が国王様から得た認識と言えば、物の見事に“おてんば”や“じゃじゃ馬”である。例え直接言われる機会がなくとも、彼を見ていれば誰だってわかる。先程の会話然り。これでは“無能の姫”と呼ばれるのも時間の問題であろうか。一から十まで自業自得だが。

反対に、兵士さんが言っていた“聡明”や“神童”という評価はひとえに転生の賜物である。とはいえ、こちらはただ前の世界で培った知識や処世術を人生二週目にて使っているだけ。見方によっては強くてニューゲームみたいな状況だが、頼りになる転生特典のような優れた能力では決してない。前世を覚えていること自体が特典では? と言われたらそうとも思えるけれど。つまりは、身に余る過大評価が一人歩きしているのだ。


「まあ、これも自業自得なんだけど……。よいしょっと」


小さな声で愚痴をこぼし、机の上に重い本を乗せる。

私は昔、“子供らしく”することを諦めた。それは誰かに強制されたわけではなく、姫という立場がそうさせたのでもない。強いて言うならば、この身に宿ってしまった魂が礼儀を重んじる国のものであり、さらに当人がそういう気質であったというだけだ。きっと、年相応の子供を演じるのは非常に難しくとも、不可能ではなかったと思う。多少の無理はあれど、難しい話はわかりませんとばかりに恍けていれば良かったのだ。

それでも、私はそうしなかった。できなかった。そして、きっと。それこそが過大評価の大元だった。

兵士とすれ違えば「お疲れ様です」と挨拶を交わし、研究者が疲労を見せれば「少し休んではいかがですか」と労りと共に差し入れを贈り、自分へ跪く者があろうものなら慌てて膝を折って目線を合わせた。その行動の全ては、今まで生きてきた上で形成された己の性質によるもの。されど、唯一無二の特別ではない。人として当たり前のことで、社会が模範とする素養である。私は、私の思う“普通”に倣って生活をしていた。

しかし、それらは全て、王族としての“普通”ではなかったに違いない。親しみは感じられても威厳はなく、愛想は良くても気品はない。まるで、一般の町娘にドレスを着せて姫と偽っているようなちぐはぐさ。圧倒的な異物感。実際、一部からは「本当に姫なのか」という声も上がっているらしい。“神童”なんて仰々しい名は、その評価を良きものとして捉えてくれた人々が使っているのだろう。


「(今更、王族らしくとか無理だって……)」


かつて、前の世界に居た自分という個がしっかりと存在しているのに、それとは真反対の環境に染まれるはずがない。

呆れに似た感情を吐き出すようにため息を一つ。ぺらり、と分厚い本の表紙を捲り、やや強引に思考を切り替えた。