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「これはなにー? あっちはー?」と興味の向くままに、次から次へと疑問を口に出す小さな男の子に微笑む。目線を近づけるために少しだけ腰を折って優しく頭を撫でれば、彼はへらりと気の抜けたような笑顔を浮かべてくれた。

彼が私達のお店に訪れたのは、彼の妹さんが風邪をひいてしまったことが理由だ。熱が下がらないから薬を貰ってきて、と母親にお使いを頼まれたようだった。最初こそ妹の容体を心配してそわそわしていたものの、白雪に諭され幾分か落ち着いたようで意識を他のところへ向けた結果、棚に並べられた薬草を見て質問責めが始まったのだ。

そこまで面白いものなのかは正直微妙なところだけれど、興味津々な様子は微笑ましい。お望み通り薬草の主な用途を簡単に噛み砕いて説明すると、彼はうんうんと楽しげに頷いていた。そうしている間に白雪が薬を完成させて丁寧に彼に手渡す。


「お姉ちゃん達ありがとー!」


ぱあっと輝かしい笑顔を浮かべ、男の子は手を振りながら元気に走ってお店を出て行った。その小さな背中が見えなくなる前に「転ばないようにね!」と注意をしたのだが、果たして届いただろうか。


「それじゃあ白雪ちゃん、アリスちゃんまた」
「ヨシさん、お大事に」
「お気をつけて」
「お待たせしました、次はキノさんのお薬ですね。アリス、いつものお願い」
「うん」


今日も今日とて、様々なお客さんが薬を求めてやって来るこの薬剤店の従業員は、昔から私と白雪の二人しかいない。なにぶん小さな店だからそこまで大変でもないのだけれど、たった二人で訪れる人々の注文に応じなければならないのは、やっぱり少し忙しいかもしれない。私達があちらこちらへ動き回る様を見て「いつも大変そうだね」と言われるのはよくあることだった。

私がここで働いている理由は以前、薬剤師を目指していた白雪に「一緒に店をやろう」と誘われたから、というなんとも単純なものだった。それまで特にやりたいこともなかった私は、なんとなく彼女の夢を手伝っていく内にいつの間にか同じ場所に立っていたのだ。白雪が本当に一生懸命かつ楽しそうに勉学に励むので、当時の私はきっとそれに感化されたのだと思う。きっかけがどうであれ、今の仕事は好きだしやり甲斐も感じているから、この道に引き込んでくれた彼女には感謝している。それに何より白雪と働くのはとても楽しいものだった。


「いいのよ、私はただ白雪ちゃんとアリスちゃんを見て目の保養をしに来てるだけだからねえ」
「ふふ、ありがとう。でも、せっかくだから追加のお薬調合しますね」


二人の会話を聞きながら、瓶に詰められた薬草が並ぶ棚の前で調合に使う材料を探し出す。後から来た白雪と一緒にそれらを眺めて吟味していると、ぐすぐすとすすり泣くような声が聞こえてぎょっとして振り返る。何故かキノさんが涙を浮かべていた。


「あなた達、もう立派な薬剤師さんね……亡くなったおじいさんとおばあさんにも見せてあげたいわ……!」
「えぇ、あのキノさん、」
「だ、大丈夫ですか……?」


慌てて駆け寄ろうとすると「ああ!」と声を上げて急に立ち上がったので、踏み出していた足を思わず止める。続けて「思い出した、お鍋に火をかけっぱなしだったわ」と口に手を当てて呟いた彼女は、私達が驚きから固まっている間にふふと上品に笑いながら去って行ってしまった。数秒遅れて我に返った私はカウンターから身を乗り出すものの、その時にはすでにパタンという扉が閉まる音が静かに響く頃だった。


「白雪、キノさん行っちゃったよ……」
「あ、あとで届けに行こうか……」


もう見えなくなってしまった彼女の姿に、私達は顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。
綴られた幸福をなぞる