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 この家は空き家で、俺たちの遊び場だと語った青年──ゼンに促されて私たちはその中にお邪魔させてもらった。
 外観と比べて室内は意外と綺麗に整理されている。本当に空き家だろうか。


「いだだだだ、もっと優しくやってくれ……」
「え? なんか言いました??」
「いだっ! アリス……まだ怒ってるのか? さっきは悪かったって」


 どこかの誰かさんのせいで手首にいらない怪我を負った白雪に代わり、彼に応急処置を施している最中のことだ。
 優しく、だなんてどの口が言っているのだろう。散々こちらに剣を向けて、挙げ句の果てには善意から申し出た白雪の手当てを「毒かもしれない」と宣ったくせに。本当に信じられない。悪いけれど、そんな奴に丁寧に治療をしてやろうと思えるほど私は大人ではないのだ。
 とびきり丹精を込めて、ぎゅう! と包帯の結び目を作ると、彼はぐっと痛みに呻いていた。


「っ……おい、白雪も笑ってないで何とか言ってやれ」
「ゼンが悪いと思うよ」
「お、おまえら共犯か……」
「あっはは! 見事に嫌われたなあゼン!」
「うるさいミツヒデ!」


 当たり前である。白雪は私の味方なのだから。
 そう思いながら、ゼンの隣から立ち上がり、対面の白雪が座っているソファに腰を下ろす。痛々しく包帯が巻かれた手首に視線を向けると、白雪は大丈夫だと言うように、へらりと笑ってその手をひらひらと振るった。


「心配しなくても平気だよ。アリスがさっき手当てしてくれたんだから」
「そう……?」
「だろうな。俺とは違って優しく手当てされてたからな」
「あはは、根に持ってるねゼン」
「いや白雪、根に持ってるのはアリスの方だろ」
「何のことかな? ゼン」


 言いながら威嚇するように、びっ! と余った包帯を引き伸ばして構えてみせる。それ以上余計なことを言ったら、もしくは白雪に近づこうものなら、その手首を今よりぐるぐる巻きにしてやるからな。それでもって、関節が使えなくなって地味に困ればいいのだ。
 なんて、行動に移すつもりはないが態度次第ではやぶさかではない、と不穏かつくだらない想像を膨らませていたら、一瞬呆気にとられたゼンがくくっとおかしそうに喉を鳴らした。「本当に白雪が好きなんだな」と、全く予想していなかった方向からの台詞に思わず眉を顰める。どうして今の場面でそういう話になったのだろうか。
 というか、そんなこと。


「当然でしょう。白雪は親友なんだから」
「ふふ」
「嬉しそうだな白雪。で、俺はそんな仲良しな二人に聞きたいことがあるんだが」
「「聞きたいこと?」」
「おまえらさっき、家出したって言ってただろ? 何でそんなことしたんだ?」


 え、とつい言葉に詰まった。白雪と視線を交わす。家出の理由なんて思い出したくもなかった。自ら明かすような内容でもないし、ただの興味でつつき回されたくもない。
 沈黙するしかなくて口を噤んでいると、その反応がかえってゼンの好奇心を刺激したらしい。親か、兄弟か、見合いの話か──と思いつく限りの質問が矢継ぎ早に飛んでくる。もちろんどれも外れているが、強いて言うなら見合いの話が当たらずとも遠からずといったところか。
 そもそも、彼はどうしてそこまで気になるのだろうか。確かに『森の中で出会った怪しい二人組の正体が揃って家出中の身』などと発覚すれば、それはもう少なからず事件の香りがしているだろうけれど……。しかし、あまりにしつこい。


「だから! 私たちの家出の理由なんて、ゼンが知っても面白くないって言ってるんだよ」
「だ・か・らー、教えてくれないのが面白くないって言ってるんだよ白雪。なあ、アリス?」
「私に聞いても教えないってば。さっきから言ってるけど、楽しい話でも面白い話でもないんだよ」
「俺が知りたいんだからいいんだよ」


 この人、全く引く気がない。一向に話が終わらず、平行線のままだ。
 げんなりと肩を落として、思わずため息をつく。


「そんなに邪険にしないでも、ほらこうして包帯巻き合う仲だろう」
「「……」」
「笑えよ、おい」


 どうしたらこの話題を逸らせるだろうか。
 白雪と共にじとりとした視線を彼に送りながら思案していると、唐突にぎゅっと手を引かれた。そのまま私を連れて扉へと向かう白雪になるほど、と得心する。
 つまりは、逃げるが勝ち。会話の強制終了である。


「木々さん、ミツヒデさん! 私たち、少し散歩に行ってきますね」
「すみません、すぐに戻ってきますのでご心配なく」
「わかった」
「気をつけて」
「二人にばっかりなつきやがる……」


♦︎


 柔らかな風が森の香りを運んでくる。鼻をくすぐるそれに心地の良さを感じながら、目を瞑って深呼吸をすると、タンバルンでの件もともすると忘れてしまえるような気がした。心地よい風を受け、他愛のない話をして。気分をリフレッシュさせるには絶好のお散歩日和である。
 そう、後を追ってくる銀髪の青年さえ居なければ完璧だった。


「──で、なんでついてくるのゼン」
「わあ、本当だ。気づかなかったよー」
「清々しいほどの棒読みだなアリス。怪我人を含む娘たちを森に出すなんて、紳士の名折れだからな。こんな嫌がらせを受けてもな」
「それはどうも。でも、私たちは薬草の勉強で山と森には慣れてるから平気だよ。街中とは違う時間と空気の流れがあって、居心地もいいしね」


 きっちりと処置された手首を振るって嫌味をぶつけてくるゼンから視線を逸らす。つっけんどんな態度がいつまで経っても抜けない私に、彼は呆れたように目を細めたけれど、白雪の言葉に「ああ。それわかる」と同意を示した。
 ここではないどこかの光景を見つめているようなその眼差しがひどく優しげで、思わず逸らしていた視線を戻して、その横顔を凝視してしまう。柔らかい空気を纏う姿は、先程までしつこく絡んできた人とは全く違うように思えて。白雪と顔を見合わせてふっと微笑んだ。


「今のは素直だね?」
「まるで別人みたい」
「!」
「痛っ!?」
「え、なに……!? 白雪?」


 突如あがった小さな悲鳴に慌てて振り返ると、背を預けていた木の幹に白雪の髪が引っかかってしまったようだった。
 助けて、と目で訴えてくる彼女に二つ返事で頷き、一歩を踏み出した時──ぐんっ、と何故か体が後ろに引かれる。


「!? ちょっとゼン、何するの……!」
「ええ、アリス……!?」


 いきなり背後から伸びた腕が首元に回されて、あっという間に身動きが取れなくなった。どうしてこうなる。混乱しながらも抜け出そうともがくけれど、それは文字通り自分の首を絞めるだけで。
 悔しいのは絶妙に力加減をされていることだった。そんな配慮をするくらいなら、こんな意味のわからないことをしないでほしい。
 何故か捕らえられた私に、白雪はわたわたと必死に手を動かしていた。助けようとしてくれているのは伝わるけれど、引っかかった髪が邪魔をしてこちらまでは来れないらしい。心底不快そうに、ぐっ、と彼女の眉間に皺が寄る。


「いやいや! 女の髪は大事にしないとだろ? 簡単に切るなんてなー?」
「ふざけないで。私は切るなんて一言も言ってない!」
「長い髪を捨てたのは家を出たのと何か関係が? わけを聞かせて貰えれば俺も手助けができるんだが……」
「だから! 私がやるって言って──むぐっ」
「あぁぁ、アリス〜! あなたって人は……よりにもよってアリスを人質にするなんて……」


 私の口を手で塞いだゼンは、にやりと口角を上げた。まるで悪人である。むーむー! と必死に抗議の声をあげるものの、彼は全く意に介さない。
 ああ、本当にどうしてこうなったのだろう。悔しくてゼンの腕をぽかぽか叩いていると、そんな私たちのやり取りを見ていた白雪が、事態の好転を諦めたようにそっと息を吐いた。
混じり会うは、金・銀・赤