「よかったら一緒に教室まで行こうか。案内するよ」
「エッ」
心臓が飛び出そうだった。
もちろん関わりたくないので断りたかったのだが、このまま一人でいてはいつになっても目的地に辿り着かないのもまた事実。断腸の思いで頷いた。背に腹はかえられぬ。
彼はエスコートと呼ぶに相応しい丁寧さで案内してくれた。やがて現れた正面玄関のドアを開け、先を促す仕草ですら様になっている。(慣れないやら申し訳ないやらで肌がざわついたので、もう“私”相手にやらないでほしい)
校舎の中は、外観に見劣りせず煌びやかだ。城のような大きな窓から差し込む光。長い長い廊下。やたらと輝いて見えるのは決して目の錯覚などではなくて、キラキラしたエフェクトを振りまく彼との相乗効果で眩しいのなんの。視界が騒がしい。
「ねえ、要さん。どうしてそんなに端を歩いているの?」
「どうしてって言われましても……」
豪華すぎて真ん中を歩く勇気がないのだ。
足元には赤い高級そうな絨毯が続いている。どこからどう見ても宮殿のそれ。こんなものを足で踏めるか……? 我、一般人ぞ??
「畏れ多くて……」
「畏れ……? 面白いこと言うね」
くす、と軽やかに笑った彼は一人分ほど空いていた距離を何気ない動作で縮めてくる。なにわろとんねん。というか、必要以上に近づかないでほしい。彼のファンが本当に存在するかは知らないが、万が一いてみろ。(側から見たら)仲睦まじく隣り合うこの光景は、まず間違いなくアウトだろう。
もしかしたら、この距離の近さは転校生を気遣う彼の良心によるものなのかもしれない。が、もしそうだとしても、ありがたく受け取れるほどの心の余裕はない。さりげなく、ほんの少し離れる。
「要さん、アンリ先生の推薦で来たんだよね。すごいね」
「いえ……それは買い被りすぎというか、過剰評価というか」
「そうかな? 彼、天才パティシエって呼ばれてるんだよ」
「へえ、それこそすごいですね。(知ってるけども)」
世間話というより、どこか詮索しているような雰囲気があった。
華やかでどちらかというとモデルみたいな彼だって、この製菓専門学校の一員だ。つまりは、スイーツ大好き人間。その界隈で有名なアンリ・リュカスの言葉で編入させられた人物が一体どれほどの素晴らしい能力を持っているのか気になるのだろう。
その興味が良いものでも悪いものでも、私自身はそんな大それた人間ではない。居心地が良いとは言えない空気を曖昧な笑みでやり過ごす。彼から視線を逸らし前方を見やると、ちょうど階段に差し掛かるところだった。
すっと視界に白い手のひらが現れる。
「お手をどうぞ、お嬢様」
「はい……?」
この男、ナチュラルにこういうことをする。
心の中でやらないでほしいと願った矢先の出来事にぞわあっと鳥肌が立つ。誤解のないように重ねて言っておくと、彼が気持ち悪いのではなくて、自分が淑女のように扱われるこの状況に引いている。
胸の辺りまで両手をあげ、首を振る。「No」と言える人間になれ。
「遠慮はいらないよ」
「いえ、遠慮ではなくて……。お気持ちだけいただきますね」
むしろ歩きづらいから本当に気にしなくていい。
「──おい」
ふと、第三者の声が響いた。
階段前でこちらを振り返っていた花房くんは背後から声をかけたその人に先に気がついたらしい。若草色の瞳が私の奥の誰かを見ていた。そこに大して驚きや動揺がないことから、たぶん見知った存在なのだとわかった。
わかっていたのに、それが何を意味するかまでは深く考えずに、反射的に視線を追ってしまった。
「邪魔なんだけど」
「(わ、ワァ〜〜〜〜!!??)」
見覚えのある二人組に喫驚する。
びっくりしすぎて一瞬息が止まった。奇声を上げて人間として終わらずに済んだのは良いことかもしれないが。
冷たい物言いでぴしゃりと告げられたことはそれほど気にならなかった。そもそも、それに関しては立ち止まっていたこちらが悪い。それよりも、何よりも、今はもっと気にかけねばならないことがあった。
花房くんの飴細工と負けず劣らずの完成度を誇るチョコレート細工。それが収められたケースを慎重に運ぶ、不機嫌そうな男の子。その横で、はらはらと成り行きを見守る優しげな眼鏡の男の子。そして、行動を共にしていた薔薇の男の子。
原作キャラに前後を包囲されて心が死んだ私は、驚愕の遭遇率を呪うばかりだった。
王子、大集結
(こわっ! あっちもこっちも見覚えのある顔……!!)
(……待って。顔面偏差値が異様に高い)