琥珀の双眸はむっすりとしていた。対して、隣のグレーの瞳は随分と柔らかな印象である。目は口ほどに物を言う。蜂蜜のような艶やかな髪色はこんなにも優しい色合いをしているというのに。
 それにしても、もれなく全員ものすごく容姿が整っていらっしゃる。この学校の入学基準に顔面偏差値も採用されてるんじゃないかってくらいには。
 そういえば、このやり取りなんとなく既視感があるのだけれど、もしかしなくても原作にあった場面だろうか。いつも手遅れになってから思い出す自分のポンコツ具合に悲しくなる。

「……すみません。どうぞ」

 こうなったら、なるべく関わらないように穏便に、平凡に行こう。
 変に会話を広げず、頭を軽く下げて潔く道を譲る。しかし、邪魔だと言ってきた本人は何故かそこから動かない。よくわからないが、気まずいので早く行ってくれと願っていると数秒ののち「……おまえ、誰」と低い声が呟いた。怒っているというよりは、いま気づきましたみたいな声音だった。
 気づかないでほしかった。“私”のことなんかどうでもいいから、そのまま冷たくあしらってほしかった。

「転入生の天野さんだよ。天野さん、この二人も同じクラスで樫野と安堂」
「……天野、要です。よろしくお願いします」

 やっぱり、二人とも聞き覚えのある名前だった。そして、同じクラスという情報に絶望。クラス分けなんて全然覚えていないけれど、そりゃあこんなメインキャラなら“いちご”と同じクラスの方が自然だよな……。
 心にもないよろしくを紡ぎながら視線をやや下げる。もうお家に帰りたい。スイーツフェスタ辺りからの日常の崩壊速度が早すぎて鬱になりそう。脳が疲れた。糖分が欲しい。

「ふーん」

 聞いてきた割に彼は興味なさげに(嬉しい)会話を打ち切り、横を素通りしていく。すでに別のことに意識を割いているのか、やけに背後を気にしているのが少し引っかかった。

「ごめんね、天野さん。無愛想なやつでさ」
「え? ああ、いいえ……私が悪かったので気にしていません」
「……そっか、よかった。ありがとう。……実はさっき色々あってね。樫野、いま機嫌悪いんだ」
「へえ……? そうなんですね……??」

 機嫌の良い“樫野”を上手く想像できないので、いまいち言われてる意味がわからない。しかし、安堵と気疲れが混ざったような複雑な表情を浮かべる安堂くんを見るに、きっとその『色々』が大袈裟でもなく大変な出来事だったのだろうということは伝わってきた。
 何があったのやらと先を行く背中を眺めていると、安堂くんがお詫びだと称して抹茶キャラメルをくれた。どうやら彼の手作りらしい。彼らとあまり関わりたくないと思っていながらも、ちょうど甘いものを欲していた体は勝手に受け取ってしまった。我ながら現金なやつすぎる。
 少々、後ろめたさを感じて食べるのを躊躇するも「抹茶だめだった?」と不安そうな彼の問いにそれも申し訳なくなって、ええいままよと口に放り込む。途端に広がったほろ苦さと程よい甘味の絶妙なバランスが疲労感を僅かに和らげてゆく。

 ……めちゃくちゃ美味しい。これが手作り? お店で並んでいてもおかしくなさそう。

 さすが、“あの”聖マリー学園である。どいつもこいつもそろって技術力が化け物級。
 私みたいな半端者が軽率に来るべきところじゃないって……。いや、ほとんど事故みたいな感じで来させられたのだが。

「じゃあ、僕たちも行こうか」
「おーい、待ってよ樫野」
「(やっぱり、今からでも推薦なかったことにできないかなぁ……)」

 この時の私は知るはずもなかった。
 原作キャラとの遭遇がまだマシに思えるほどのとんでもない爆弾がこの後に控えていることを。
 目を向けるべきは樫野くんを“不機嫌にさせた原因”の方だったことを。
 まったく、呑気に糖分の摂取なんかしている場合ではなかったのである──!




 高威力の爆弾がやって来たのは、やっとの思いで辿り着いた教室の前でのことだった。
 とりとめのない話とはいえ、メインキャラと会話するという道中の緊張からようやく解放されるのだと、少し肩の荷が下りた。そうして、できるだけ早く彼らと離れようと、挨拶もそこそこに、これまた普通の教室とはデザインの異なる扉と向き合った。
 直後。

「かーしーのっくん!」
「うわっ!!?」

 底抜けに明るく、どことなくハートが浮かぶような甘ったるい響きの声が飛び込んできた。
 突然のことに驚き、また今まで一切会話に入りたがらなかった無愛想な樫野くんの悲鳴に何事かと疑問に思い振り返る。機嫌の悪い相手にあえて突撃する人物への興味も多少はあったのかもしれない。
 次の瞬間、振り向いた私の腕にすとん、と透明なケースが収まった。うん?? 首を傾げ手元を見ると、そこには先程まで樫野くんが抱えていた見事なチョコレート細工があった。見た目の華やかさとは裏腹に、意外とずっしりとした重量がある。幸運にも今の衝撃では壊れなかったらしい。
 よかった。こんなにも素敵なものが壊れていたら世界の損失だ。……って、違う。いや、よかったのは違わないけれど。
 それより、なに? どういう状況??

「おっまえ……!」
「やだ、ごめんねぇ。大丈夫? でも、そんなに怒らないでよ〜。みんなが置いていくんだもん……」
「ふざけんな……っ!!」
「ちょ、樫野っ! 大丈夫!? 怪我は!?」
「ちょっと、君。急に飛びつくのは危ないよ」
「はーい、ごめんなさぁい。ちょっと勢いつきすぎちゃった……」

 強制的に床と仲良くさせられた樫野くんと、その背に折り重なる見覚えのない少女。
 唖然として固まる。彼らが話している内容すら耳に入ってこないほどに動揺していた。縫い止められたように彼女から視線が動かせない。
 だって、こんなにも彼らメインキャラと距離が近いのに、全く“見覚えがない”のだ。

「(え、誰……? “いちご”以外にこの三人と仲良さそうな子いたっけ……??)」

 じっと見つめる視線に気づいたのか、そうでないのか。顔を上げた彼女とぱちりと目が合った。少しの間、きょとんと目を丸くしていた彼女だったが、やがてにんまりとどこか含みのある笑みを形作る。
 なんかこう、ずっと待ち望んでいた何かにようやく出会えたかのような──。
 ぞぞぞ、と背筋が冷えて思わず身震いする。
 いくら見ても思い出せなかった。ということは、彼女はまさか……。

突きつけられた相違
(おいおいおい)
(まさか“私”と同じイレギュラー?)
(もしくは、私が覚えてないだけ……??)