部屋の照明を浴びてキラキラと輝く色鮮やかなスイーツたち。端から端まで埋め尽くさんばかりの種類の豊富さ。どれも芸術品のように華やかで、艶やかで。
 そのイベントは見ているだけでも楽しく、残酷な現実をひととき忘れられた。


「(ふぉぉぉ……!)」


 スイーツ好きにとっては、まさに天国。
 感動に身体が打ち震える。意識して口を閉じないと、今にも興奮が奇声となって飛んでいきそうだった。なんなら小躍りしそう。しかし、そんなことをしようものなら変質者として摘み出されるので、自分を強く律するしかなかった。
 喜び勇んで(迷惑をかけない程度に)徘徊し、選び抜いた五つのケーキをトレイに乗せる。レジへと向かう途中、聞き慣れた声で「お姉ちゃん!」と呼ばれ振り返った。


「あ、みんな」
「『みんな』って、あなたねえ。急にこんなところに来て、どれだけスイーツ好きなのよ」
「大好きです」
「わあ、こんなに食べれるの?」
「余裕です」


 時間と財力が許すならおかわりだってしたい所存。
 母と妹のそれぞれの問いに一言ずつ即答で返すと、二人は呆れたように苦笑した。「周りに花が舞っているように見えるよ」と父が言うので、おそらくこの瞬間の私はやたらと顔が緩んでいたのだろう。
 言われてみれば、今や彼らを見ても疎外感を覚えない。どうやら、スイーツでいくらか気分を持ち直したらしい。我ながらちょろくて現金だが、扱いやすいことこの上ない。


「そうだ、お姉ちゃん。来る途中で話してたんだけど」
「なにを?」
「今日はお祝いとして、パパが払ってくれるって!」
「な、ななな……!」


 なにィ……!? 一大事じゃないか!!
 素早く父を見やれば、それはもう柔らかく微笑んでいた。後光が差している。彼は神仏の類に昇格でもしたのだろうか。
 いや、でも待て。落ち着け。早まるな……。
 お祝いということは、どう考えても“なつめ”のだ。私は特に祝われることなどしていない。


「私の分も払ってくれるの?」
「ん? ああ、当たり前だろ?」
「神……!」


 彼こそが神である。トレイを落とさないようにがしりと掴みながら、父のあまりの神々しさに涙していると「茶番はそれくらいにして」と私の脳天に母のチョップが綺麗に決まった。
 レジで会計をした後、言葉通り私の分まで払ってくれた太っ腹な父に感謝を告げ、適当な席に着く。続いて同じテーブルにトレイを置いたのはなつめ一人だった。対面の椅子へと腰を下ろす姿を視界の端に捉え、つと両親を探すと何故か少し離れた席にいた。
 まさか「こんなに食べるやつといたくねえ」とか、そういう話?? まあ、前世だったら普通に引く量だし、見てるだけで胸焼けしそうなのもわかる。わかるけれども、この身体がことスイーツにおいては特に胃袋ブラックホールを発揮するのは今に始まったことではないので、気にせずケーキに手を伸ばす。


「お姉ちゃん、さっきはありがと」
「ん、なにが?」


 もぐもぐと小さく切り取ったケーキを咀嚼していると、ふと向かいから改まったような声が差し込まれた。首を傾げる。はて、礼を言われるようなことをしただろうか。
 なつめはやや所在なさげに視線を下げていたものの、意図が伝わっていないと気づいたのか、こちらをまっすぐと見つめた。補足するように言葉を続ける。


「パパから聞いたの。コンクールの会場で突然お姉ちゃんが大声出したのは、わたしの緊張を解くためだったんでしょ……?」


 本当にありがとう。と、照れくさそうにはにかむ姿に目を丸くする。それから、頰を薄く染める彼女の向こうで父がウインクしているのが見えて。
 途端に、あの時の自分の言動が思い出され、急激に恥ずかしさに見舞われた。確かにあれは良かれと思ってやったことだ。その結果、彼女が自分の力を出し切れたのだから喜ばしいことでもある。しかし、改めて指摘されると土に埋まりたくなるというもの。
 わざわざお礼なんていらないのに。そう思いつつも無碍にはできず、徐に彼女の頭に手を伸ばす。そのままわしゃわしゃと撫でまわすと「髪がくずれちゃう」なんて言いながら、なつめは嫌がるふりをして見せる。


「あの時ね、思い出したの。昨日お姉ちゃんに言われたこと」
「なにか言ったっけ?」
「もう忘れたの? 緊張しないためのコツだよ」


 手を離すと、彼女はすかさず自分の髪を整えていたのだが、唐突に何かを思い出したようにおかしそうに笑った。
 何のことだかさっぱりわからない。昨日のことを一つずつ振り返っていく。が、脳内でぽわんと真っ先に浮かんだのは夕飯のオムライスであった。美味しかったなあ、などと考えている時点ですでに思考は脱線している。


「『緊張したらみんなジャガイモだと思え』ってやつだよ」
「ブッ」


 なんだ、それ……??
 端的に言って意味不明。でも、前世では割と有名な話であった。そういえば、昨日の会話の中で“緊張したらどうすればいい”という話題が出たので、冗談も含めそんなことを口走った気がする。
 ということは、あの時のなつめにはオーディエンスがみんなジャガイモに見えていたのか。なんてシュールな光景。結構な量のジャガイモだったことだろう。


「そのおかげでわたし笑っちゃって」
「まさか、私もジャガイモ?」
「お姉ちゃんもジャガイモ」
「そ、そう……」


 てっきり『姉の奇行より怖いものはない』みたいな感じで吹っ切れたのかと思っていた。私もそれを狙っていたのに。蓋を開けてみればなんともくだらない真実である。
 あはは、と楽しそうな笑い声がもれる。何はともあれ、役に立ったのなら良しとしよう。

 話がひと段落し、食べ比べていたケーキに意識を戻す。
 その中でまだ形を綺麗に保つ一つにフォークを入れ、そっと目線まで持ち上げた。光を反射して輝く艶は食べる前から楽しませてくれる。さながらグルメリポーターの如く丁寧に口に運んだ。
 そうして目を見開く。


「……あれ」
「どうしたの?」


 一口食べて動きが止まったのを不審に思ったのか、こてりとなつめが首を傾げる。けれど、あまりの衝撃にろくに返事もできなかった。
 たった今、角が欠けた目の前のケーキを穴が空くのでは? というほどに凝視する。


「なんだろう、これ……懐かしい味。おばあちゃんの味に似てる」
「おばあちゃんの?」
「うん……おいしい、これ一番好きかも。なつめも食べる?」
「食べたい!」


 きょとりと目を丸くするなつめに、記憶を辿るように感想を伝えていく。その懐かしい味わいに自然と笑みがこぼれた。興味津々の彼女にも届くように、それをテーブルの中央へと寄せる。
 そして、二口めを食べようと何気なく手を伸ばした時だった。どこかで聞いたことのあるような、それでいて確かに聞きたくなかった声が鼓膜を震わせた。


「──そんなに気に入ってもらえるとは、光栄ですよ」
「え?」


 昔懐かしの味が再現されたような高揚感にひどく夢中になっていた。だから、意識を奪われ過ぎていて、近づく気配にも全く気づけなかった。もっと周りに気を配っていたのなら、もしかしたら逃げることだってできたかもしれない。
 でも、もう何もかもが遅かった。
 はっと現実に引き戻された際、私は愚かにも声の主を見やった。何も考えず、ただの反射で。そうして次の瞬間、体はぴしりと硬直した。

 光が溶け込み、透き通るような輝きを魅せる金の髪。日本人にはないサファイアブルーの甘美な瞳。うっそりと微笑むその姿は、女性が騒ぎ立てて見惚れるような魅力が備わっていた。

 ああ、なんだかとても嫌な予感がする。
 もはや確信的なそれに、魅了されるどころか思わずひくりと頬が引きつった。

現実とは残酷
((え、エンカウントぉぉーー!!?))
((お姉ちゃんどうしたんだろ))