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「──弔くん! 黒霧さん! 見てくださいこれ、大ニュースです!!」
ドッ! と勢いよく開いた扉が真新しいとは言えない隠れ家の壁に確かなダメージを与えた。続くネロの大声は、カトラリーを磨いていた黒霧とその前の席で何やら難しそうな書類を眺めていた死柄木の注目を集めるには十分だった。
出会ってすぐの頃は彼らとて彼女の言動がうるさいと苛立ったり窘めたりしていたのだが、今ではすっかり日常のものとなっている。呆れたような視線は変わらないものの、しかしそれ以上の咎める言葉もない。何度言っても改善されないネロのハイテンションな行動に、二人は早々に諦めていたし、慣れてしまってもいた。
「今回はなんだよ。厄介ごとは持ってきてないだろうな……?」
「大丈夫です! お二人もきっと驚きますよ〜」
「それはいいですが、遊偽ネロ。扉は閉めてくださいね。声がもれるといけない」
「おっと、そうでした……」
黒霧に静かに促され、先程の勢いが嘘のように瞬時に大人しくなったネロはそっと開け放たれた扉を労わるように閉める。
今更、労ったところでノブが当たる部分の壁は今まで受けた衝撃によりすでに抉れ始めているのだが……。「そもそも気を遣うなら最初から普通に開閉してくれよ」とは、出会ったばかりの彼らの心中である。
彼らがネロと共に過ごし始めて約一ヶ月。その性質を全てとは行かずとも理解していた。
突拍子もないことを平気で仕出かし、自分たちを翻弄する気分屋であること。自由を好み、ふらふらとしていて考えが読めないこと。しかし、奇しくもそれによって真に不利な状況へは発展しないことを──。
彼女は意外にも物事を広く見据えているのだ。自身の行動がもたらす結果も、置かれた立場も、周囲の環境も、その他全てを把握した上で、許された範囲を踏み外さないギリギリの綱渡りを楽しんでいる。
善と悪、理性と本能。そんな真逆の二面性を持つ彼女は、神話における“トリックスター”に近しいかもしれない。
つまりは、ネロがいくら騒ごうが声量は常に計算されているし、万一にも部外者に隠れ家を知られないように周囲に自分たち以外の気配がないことも確認済みなのである。そういう彼女だからこそ、彼らは自由な行動を許していた。
不可思議な形と言えども、確かな信頼が滲むその感情はぼやけたままで、黒霧はともかく死柄木の自覚はまだ先になるだろうが……。
「これを見てください」
「新聞?」
「ええ、号外が出ていたらしいです。その内容が衝撃的だったようで、すごい人混みでした」
「あなたがわざわざ人混みに? 珍しいですね」
二人の元へ向かってくるネロの手には少し薄めの紙束があった。どこか感心した様子の黒霧の声にカウンター前の丸椅子、死柄木の隣へと座ると「個性で奪ったので人混みには入ってませんよ〜」となんてことないように返事をする。
呑気な彼女の反応に、彼は靄に浮かぶ顔を僅かに歪めた。
「あなたのことだからわかっているとは思いますが、遊偽ネロの個性は貴重なのです。注目を集めるような使い方は極力しないでくださいね」
「もちろん、それは大丈夫です。記事に夢中でこちらを見ている人なんていませんでしたから」
「にしても便利だよなあ……おまえの個性は。触れなくても対象を移動できるんだろ?」
「一定範囲のみですけどねぇ。それよりこれです」
そう言ってネロは、持っていた新聞をカウンターに乗せて話題の転換をした。それは己の個性に触れてほしくなかったからではなく、単に話を進めたいというだけであった。
ざっくりと切られた会話を特に気にせず、ひょいと死柄木と黒霧がそれぞれ身を乗り出して号外を覗き込む。次の瞬間、彼らはその見出しに目を見張った。思った通りの反応にネロは満足げに笑う。
「おいおい、マジかよ……」
「……『オールマイトが雄英の教師に』ですか」
「ね? どうです? びっくりしますよね〜」
のほほんと頬杖をつくネロを横目に、二人の視線はその記事に釘付けだ。「相変わらずムカつくなあ」笑顔で決めポーズをとるオールマイトの写真を見て、死柄木はひっそりと呟いた。堪えきれぬ不快さが込み上げ、思わず喉元を掻きむしる。
しかし、ふと。死角から伸びて来た白い手袋が彼の手首をやんわりと掴んだ。
「掻いたら傷になっちゃいますよ」
「……」
「ほら、ここ見てください。彼、ヒーロー科の授業を受け持つみたいですよ」
平和の象徴を教師にしてしまうなんて、雄英も贅沢さんですよね〜。
穏やかな声音でおどけたように付け足しながら、さりげなく次のページへと捲る。オールマイトが視界から外れ、ピタリと動きを止めた死柄木の気配を察したネロはそっと手を離した。
「(遊偽ネロ……意外と他人の機微に聡い)」
「……ヒーロー科。ヒーローの卵が集まるところ。その授業、か」
「どんな授業なんでしょう? オールマイトと戦うこともあるんですかねぇ」
「……ああ、いいこと思いついた。その授業をぶち壊して、オールマイトを殺そう」
「「!!」」
唐突に投げ込まれた爆弾発言にさすがのネロも一瞬固まった。それは黒霧も同様で、じっと死柄木を凝視してその動きを止めている。
顔面につけた掌から覗く二つの真紅が暗い光を宿し、漂う不気味さを増幅させていた。
水面下で蠢く