やあやあ






「げっ」



「やぁどうもどうも、奇遇だね」




ここ最近毎日姿を表す目の前の白髪の男。同じマンションの恐らく最上階の部屋に住んでいる。





先々週にエントランスからエレベーターに乗り合わせたのが始まりで、その時軽く「こんばんは」と挨拶を交わして自分の部屋のある8階のボタンを押した。すでに押されていた最上階のボタンは彼の行き先だろう。仕事の都合上帰りが深夜になることが多くあまりこの時間に住人と鉢合わせることはない。何となく横並びで半歩程前に立つ男に視線を向けると、それに気付いたのかその白髪は振り返ってこちらを見ると一瞬サングラスの中で目を見開いて何かを読み取っているようにじっと動かなくなった。目線は合わないがこちらを見て動かない男にわかりやすく動揺してしまう。



「え、と」

「血」

「え?」


「ついてるよ、服。首元と裾」


「うわ、ほんとだ」



言われた箇所に目をやると小さいではあるが確かに血で汚れていた。そういえば、と職場での帰り際に職員入り口での出来事を思い出し、あの時かと納得した。



「仕事でかもです、」

「ふーん、」


まるで興味無さそうに男が返事をした時、チン、と鳴りエレベーターの扉が開いた。特に話を続ける雰囲気でもないので「すいません」と言って横切りながら中から出る瞬間に手首を引っ掴まれ思わず肩をびくつかせる。男はニヤッと笑いながら「長髪の男には気を付けて」とだけ言うとあっさり手を離しヒラヒラとこちらに向けて振ると、固まる私をよそに閉まるボタンを押した後すぐ目の前の扉がゆっくりと閉じていく。



それからほぼ毎日、時にはエレベーターで、時にはエントランスで、また違う時には家の近くのコンビニでと顔を合わせることになった。その度に「どう?仕事は」やら「最近気になることとかない?」やらナンパでは無さそうな軽い会話をするようになっていき、名前は知らずとも何だかそれが日課のようになっていった。



しかしある日、深夜の帰宅中家の手前で雨に降られてしまいエントランスでぱたぱたと服についた雨をはたいていると、突然目の前から傘も差さず、しかし涼しそうな顔で入ってきた白髪にぎょっとしながら「あぁ、こんばんは」と律儀に声をかけた時だった。グッと二の腕あたりを掴まれて驚いて顔を上げるとサングラスの向こうの青い目とばっちり視線が合う。じっと何かを見透かしているような気持ちになって思わず目線を下げると腕を掴んでいる手とは反対の手でサングラスを上にずらしながらこちらを凝視したまま言った。



「長髪の男には気を付けて、って忠告したよね」

「え?」

「んー、ここまでびっしり付いてるとワザとな気もするけど。袈裟の男に見覚えある?」


「け、袈裟…」




そう言えば、とふと思い出す姿は確かに長髪ではあるけれど袈裟ではなくその男はいつもスウェットのような格好だった。

- 6 -


prev | list | next

top page