シャンプー
ドンドンと扉を叩く音で飛び起きた。辺りが真っ暗で今が何時かは分からないが、二十二時に布団に入った事を思い出し真夜中であると理解して、こんな非常識な行動をするようなヤツは私の周りには一人しかいないと白髪の男の顔を思い浮かべると再び、私のプライバシーが侵害される音が部屋に響く。
「何時だと思ってんの…」
「いんじゃん、開けろよ」
「鍵開いてるよ、ってか何の用?」
「シャンプー貸して」
鍵が開いてることを聞いて遠慮無しに大きく開かれた扉の向こうでヘラヘラと笑う男を睨みながら、はぁーっと人生イチでかいため息を吐いた。だいたい女子寮までこんな時間に訪ねてくるのは不審者か五条くらいだ。「シャンプーくらい傑に借りなよ」と呆れながら言えば「任務でいない」と即答される。だからって男子寮に男子は他にもいるだろう、そう問えばサングラスが外されて顕になっている青い目でチラとこちらを一瞥してから不貞腐れた様に答えた。
「だって名前のシャンプーいい匂じゃん」
「は?」
「それになんか…サラサラするし」
「だから貸して」と手のひらを差し出された。確か数日前だか教室でそんな話してたっけ。自習中急に無言で近付いてきた五条が徐に髪を掬いながら「シャンプー変えた?」と言ってきて、驚きで固まった私の隣でドン引き顔の硝子が「女子か」と呟いた。この匂好き、なんて名前?となんとも純粋に聞いてくるもんだから「教えない」ともったいぶってしまったままだったが、まさかここまで執着してくるとは。
「せ、んめんだい」
「何?」
「洗面台に置いてるよ、あっち」
「サンキュ」
入り口横の洗面台に向かうとそのままシャンプーを持って出て行ってしまった。本当に借りに来ただけ、らしい。時間も行動も非常識ではあるが、存在自体が横暴、横柄なヤツのことだから納得できる。真っ暗な部屋でもう一度、今度は静かにため息を吐いて布団に潜り込む。先程までの眠気も一気に吹き飛ばしてくれたな、全然目が冴えてる。なかなか眠れそうにも無いので携帯を開いてぽちぽちと弄って眠気が来るのを待った。
画面を見てたらいつの間にか瞼が降りていたらしい。ふわっと暖かい風に乗ってシャンプーの匂いが鼻を掠めたのに気付きゆっくり目を開けると、目の前でふわふわと揺れる白髪。夢か?としばらくぼーっと見つめていたらピョコっと現れた2つの青い目にギョッとして飛び起きた。本日2回目だ。
「今度は何?てか何でいるの」
「さっきノックしたら怒ってたじゃん。開いてたから入った」
「何しに来たか聞いてんの」
「シャンプー返しにきた。ら、寝てたから起こしたら悪いと思って」
「悪いと思うところがズレてるよ」
ベッド横で胡座をかいて寝ている私の顔を覗き込んでいたのか、何の悪気もなさそうに「うるせーなぁ、大袈裟」と言いながら立ち去る気配もない。五条は白髪をタオルで拭きながらすーっと息を吸ってこちらを振り返りぐいっと近付いて「ホラ」と頭を突き出した。あまりに近すぎて鼻を掠めたふわふわの髪が擽ったい。
「いい匂いじゃね?」
「…毎日嗅いでんだけど」
「これ、俺好き」
「…あそ」
なんだか急にむず痒くなった心臓をぐっと抑えながら「近い」と言って押し除けようと頭に伸ばした右手は、白髪に触れる前に五条の左手に捕まった。かと思えば結構な力でグッと引かれてベッドからずり落ちそうになるのを必死で踏ん張って何事かと彼を見上げれば、思ったより顔が近いことに身動きが取れなくなる。そんな私を見てニッと片方の口角を上げた五条はいつかの教室よりも大胆に私の頭に鼻をくっつけてすーっと息を吸った。
「同じシャンプーの匂いって、なんかやーらし」
「ばっ…!」
馬鹿じゃないの変態、と口から出る予定だった言葉はイタズラが成功した子どものような、彼のあまりにも楽しそうに笑う顔に吸い込まれてしまった。ばくばくと心臓の音が伝わらないようにと必死で抑えようにも、止まらなかった。