46:いつか来るその日は貴方にさよならを

「こんな時間に女性の部屋を訪ねちゃ駄目よ」

十代君が一刻も早く帰ってくるのを願っていた。
それでも十代君の帰還をしりながらも自ら彼の元に駆け付けることをしなかった私は可愛げがない女だろうか。

「···名前」

久しぶりに聞いた彼の声に先程嫌味のつもりで口にした言葉をすぐに後悔した。

「ごめん、おかえりなさい」

彼の声で呼ばれた私の名前はどうしてこんなにも特別なものに聞こえるのだろう。

「···明日香に怒られちまった。自分達はともかく名前に何も言わないなんて、ってな···」

十代君は申し訳なさを含んだ顔で笑う。
その笑顔にどこか色気のようなものを感じるのは私だけだろうか。
少年期特有のそれに私の心に罪悪感のようなものが滲んだ。
私は彼よりずっと歳上だという事実に。

「きっとそんな余裕が無かったんでしょう。
そんな余裕があれば十代君はここを飛び出してなんていなかったと思うよ」

これは本心だ。
思えば十代君は明らかに同年代の子供達に比べ心を磨り減らして生きている。
人より強く見える彼だってその心はいつ突然砕けても何も不思議ではない。

「···名前ってさ、俺より大人だよな」

「···そんなことないよ、全然···」

十代君が私の手を握った。
それだけで私の胸がどくんと大きく鳴った。
これではまるで少女のようだ、なんて考えた。

「俺はガキだよ。
平気で名前を傷付ける」

指先を絡めなが十代君は言葉を紡ぐ。

「俺はまだまだガキだからさ、名前も俺の前ではガキでいてくんねぇ?」

「···どういうこと?」

私は彼の事をそこまで子供だと意識したことはない。
寧ろ環境が十代君だけではない、彼らが子供でいることを許さなかったことに少し同情したくらいだ。
それは彼らに対して失礼だということは分かっている。

「俺が大人になるの、いつになるかわかんねぇ。
大人ってやっぱ我慢とかしなきゃ駄目じゃん。
そんなの分かってるけどさ、名前だけが我慢しなきゃいけねぇのって不公平じゃん。
だから俺といる時だけは名前も子供でいてほしいって、自分勝手だとは分かってるけどさ」

十代君がこの先ずっと早く大人になる未来を知っている私は胸が痛んだ。
どうして私は彼の、彼らの未来を知ってしまったのだろうか。
それでもそれがなければ私はここに存在することは出来なかったのかもしれない。

「ごめん、名前」

素直に謝罪の言葉を伝えられる彼は彼自身が自覚しているよりずっと大人だと思う。

「ううん、···おかえりなさい、十代君」

今度は笑顔で、貴方の帰還を心から祝福の心を込めて。

そして私はその日初めて自ら彼の胸に飛び込んだ。
その胸はあの日の背中にはない暖かさがあった。
聴こえた鼓動が少し速く感じた。

ああ、なんて幸福な時間だろうか。

変えられぬ運命を迎えるその日が避けられぬなら、その時はどうか貴方にさよならを