波と海月

十代はいなくなった。
エド·フェニックスに負けた事がきっかけでカードが見えなくなったらしい。
私はそれを明日香から聞いた。
ねぇ、どうして私は蚊帳の外だったんだろう。
私は貴方とお付き合いしていたのに。
貴方に何度も負けている私はなんともないのに。
私に貴方が負けた時はなんともないのに。
ねぇ、エド·フェニックスは貴方にとってそんなに大きいの?
私は彼に比べると貴方にとってなんの影響もない人間だったのね。
ううん、ほんとは知ってた。




十代がいなくなった。
エドとのデュエルがよっぽど堪えたみたい。
それを名前に伝えた時、名前はそんなことどうでもいいというような顔をしていた。
いいえ、何もかも諦めたような、期待などしていないようなそんな顔。
大丈夫?とか一緒に探しましょうとかありふれた言葉をかけることが出来なかった。
普段から名前は自分に自信がないように見えていた。
いつも何かを考えながら人と付き合っていた。
それは一つの壁のようなもので自分を抑えながら。
そんな貴方が十代を好きだと言った時私はとても嬉しかったの。
これで貴方は一人きりでなくなるのだと思って。
それなのに十代、貴方は何をしているの?



学園を離れる時名前の事が頭に過らなかったわけではない。
それでも俺は何も言わず島を出た。
きっとあいつは俺がいなくなっても変わらないと思った。
俺に名前の何かを変えられる自信もなければなんと声をかければいいかもわからなかった。
きっと俺がいなくても名前は大丈夫だと思った。
外に出て駄目だったのは俺の方だった。
合わせる顔がないと思いつつも新しいヒーロー達と共に学園に戻った。
俺はケジメをつけないといけないと考えた。



十代が帰ってきた。
いの一番にエドとデュエルをしていた。
前と変わらぬ表情で。
十代は笑っていた。
十代は輝いていた。
あまりの眩しさに目が眩んだ。
十代の表情を見れば見るほどそれとは反比例して私の顔は死んでいった。
涙を堪えることなど出来るはずもなくただただ流れていた。
今にも崩れ落ちそうな足を必死で奮い起たせデュエル場を後にした。



名前はいつも笑っていたわ。
それは弱みを隠すように。
他人に嫌われたくない、他人と違う事をしたくないという気持ちからだとなんとなく知っていたわ。
そんな名前が十代といる時だけは変わったの。
怒りもしたし悲しい表情もした。
本当の意味で笑っていた。
そんな名前は十代が出ていったあと表情を無くして再び作り笑顔しかしなくなったわ。
そして今十代を見て泣いた。
名前の心を動かすものは十代しかいないのよ。
貴方はそれに気づいているの、十代。



エドに勝利した。
祝福を送る仲間達から少し離れた場所で立ちすくむ名前。
ぼろぼろと涙を流し全てを諦めたような目でデュエル場を出ていった。
そこで大変なことしてしまったと気がついて愕然とした。
俺はずっと名前に甘えていたのだと気がついた。
ただただ居心地の良い場所を与えられていたのだとたった今知った。
追いかけねばと思う心とは裏腹に身体は言うことを聞かなかった。
自分に何をする権利があるのかもわからなかった。



名前に気が付いたであろう十代は固まったままだった。
その姿が無性に腹がたった私は思わず十代の左頬に手を振りかざした。
寸前の所でその手を止める。
十代を殴る権利は私にはないもの。
貴方は名前に殴られるべきだと告げると十代はありがとうと言ってその場を去っていった。
その後ろ姿にヘマは許さないと発破をかけた。
どうかあの子が幸せになりますように。



ああ、どうしようか。
今度は私がこの学園を飛び出してしまおうか。
きっと次に十代に会ったら完全なる決別を告げられてしまう。
怖い。
もうきっと話すことも出来ない。
友人になんてなれるわけない。
だって私は十代の事友達だなんて思った時間がないもの。
きっとはじめて会った日から、ずっと。
ああ、そうか。
確実な方法があった。
今ここから、この場所から少し勇気を出せば私はこの真っ暗な闇に包み込まれてしまえる。
勇気なんかじゃない。
十代を諦めてしまえたら、それでおしまい。
何もかもきっと忘れてしまうわ。
少し荒い波の音がとても心地よくて、心が安らいだ。
今までありがとう十代。



涙を流しながら飛び出した名前は崖の先端で小さくなって座っていた。
涙を腕で拭ったあとホッとしたような笑顔で立ち上がり海を覗きこんだ。
やはり名前は嬉しそうだった。
そして次の瞬間、名前は足を空へと踏み出し身体は重力に逆らう事をせずに下へと落下しようとしていた。
その瞬間自分でも驚くほど早く動いた俺の身体は落ちていく名前の腕を捕らえた。


「····じゅ、うだ、い」

名前は自分の行動を阻止した十代に驚いた表情を向けた。
十代はそれを気にする事もなくそのまま力を入れて再び名前の身体を地上へと引きずり上げた。

そしてそのまま名前を抱きしめ力が抜け後ろに名前ごと倒れこんだ。

「どうして、邪魔をしたの?」

名前は十代の顔を見る事ができなかった。
きっとこれが最後になるとしっていたから。

「そりゃあ、誰だってすんだろ」

いつもより荒い息遣いに十代よ胸が大きく上下する。
そこから聞こえる十代の鼓動に名前は涙した。
こんなに近くでそれを感じることはもう出来ないのだという悲しみが溢れていった。

「なぁ、名前。俺はお前が俺がいなくても平気だと思ったんだ。」

「な、んで」

十代はなんて残酷な事が言えるのだろう、なんて酷い男なのだろうと思った。
出会った頃からそんな所はあった。
誰だって拒みはしないのにどこか本心には触れさせないような、そんな所が。

「でもそっか。お前は俺がいないと生きる気もなくなっちまうのか」

十代は自身の胸元にある名前の頭をわしわしと撫でる。

「それならさ、もう別にいいや」

自身の上に乗っていた名前の身体を反し今度は十代が名前の上に覆い被さった。
先程まで目が合わないように背けていた顔を両手で固定して自分の方を向けた。
涙でぐちゃぐちゃになった顔にも震える唇も気にせずにキスをした。

「お前は今の今死んだんだ、だから俺はお前を貰うよ」

十代の言葉の意味が分からなくて困惑する名前に十代は優しく微笑んだ。

「名前の為を思って手放そうって思ったけど名前はそんな自分はいらないんだろ?
だったら俺が貰う」

そう言いながら自身の袖で涙でぐちゃぐちゃの私の顔を乱暴に拭いた。

「その代わり名前、お前が俺を裏切った時は俺はお前を殺すよ」

十代の背にはぞくりとする程恐ろしく綺麗な夜空が広がっていた。
そしてその空の美しさに負けぬ程そう言った時の十代は美しかった。

「だからお前も俺に裏切られたと感じた時は俺を殺していい」

「···きっとその時は私が消えるよ」

私に十代を殺せるわけない、と続けるとなんとも優しい目をして名前の頬を撫でた。

「だったらそん時は心中だな」

それはまるでプロポーズのような、なんて甘い。
それに同意するように名前は十代の首に両手を回した。
十代は名前の隣に寝転がりそのまま強く抱き締め共に目を閉じた。


風で軋む木々の声とひいては返す波の音だけが彼らを包みこんだ。