56:貴方がこんな人だと思わなかった

「···あの、十代君?」

名を呼んでも反応がない。
聞こえていないわけがない。
彼はどちらかと言えば地獄耳だから。

どうやら機嫌が悪いらしい。
眉間にはシワが寄っていていかにも不貞腐れている、という顔をしてそそくさと立ち去ってしまった。

「名前さん、アニキは拗ねてるんですよ」

「まったく、本当に子供なんだから」

「翔君、明日香ちゃん···拗ねてる、って?」

明日香ちゃんは少し不機嫌そうに、翔君は困ったような表情だ。

「名前さん昨日斎王に会いに行ったっすよね?」

「それをクロノス先生から聞いた十代は自分には何も聞かされてないって、要は妬いてるんです」

斎王君と話がしたいと思ってからの行動は早かった。
島を出る許可を取りに校長室に行けばそこにクロノス先生もいた。
私は生徒ではない分許可もすんなりと取れた、その日の船の出向時間が迫っていた為私は慌てて船に乗り島を出た。
勿論他の誰かに挨拶をする時間は無かった。

「···そっか、悪い事しちゃったね···」

「仕方ないっすよ、船は1日に1便っすからね」

「というかそもそも十代に言えた事じゃないですよ。
自分は一度誰にも告げずに島を出ていったくせに」

気のせいだろうか。
明日香ちゃんは羨ましい程綺麗な顔で微笑んでいるのにその笑顔が何故か怖く見える。

「えっと···心配してくれたのは確かだと思うから取り敢えず謝ってくるね?
二人ともありがとう」

小さな事であまり関係を拗らせたくはない。
取り敢えず心配をかけた二人にすぐ近くにあった自販機でジュースを買って押し付けた。

「ボク達何もしてないっすよ?」

「そうですよ、事実をお話しただけで」

「ううん、私は助かったから。
取り敢えず2本も飲めないからそれは受け取ってくれると嬉しいな」

翔君と明日香ちゃんは顔を見合わせて少し困ったように笑う。
私は有難いことにお給料をいただいているからこのくらい負担にはならないから可愛い生徒にジュースを奢るくらい負担にはならないので気にせず貰ってほしいのだけれど。
それだけ二人が良い子なのだろう。

「じゃあ有り難くいただくっす」

「すみません、ご馳走さまです」

あまり粘っても無意味な事に気付いたのか二人はお礼を言ってそれを受け入れてくれた。
そして私は二人にもう一度お礼を言ってその場を後にする。
目的は勿論十代君と話す為に。







「十代君」

十代君はよく授業をサボっている屋上にいた。
寝転がっているが眠ってはいないようだ。
此方をちらりと一瞥するがまたすぐに視線を逸らされてしまった。

「···ごめん、隣に座らせてね」

一応断りを入れてから十代君の隣に座った。
今度は逃げる気配はない。
それに内心ほっとしながら話かける。

「ごめんなさい、慌ててたから何も言わずにここを出て。
心配してくれてたって聞いたから、ありがとう」

そっと十代君の頭を撫でた。
初めて撫でる彼の髪はふわふわとしていて気持ち良かった。
十代君はそんなことをされると思っていなかったのか驚いて飛び起きてしまった。

「ごめん、嫌だった?」

「い、嫌とかそういう問題じゃなくて、···ああ〜!!!」

そう言えば十代君は子供の頃からご両親が共働きで一人で留守番ばかりだったらしいしあまりそういう事をされていないのかもしれない。
なんというか、無性に彼を抱きしめたくなった。

「···十代君、その···ハグしてもいい?」

「はぁ?!···〜べ、別にいいけど···」

十代君はわけがわからないという顔をしながらも了承してくれた。
これは仲直りも出来そうだと安堵して彼を抱き締めた。
私よりずっと強くてかっこいい彼が今日は凄く可愛く見える。

「···もう何処にも行くな······いや、行くなら、······なんでもない」

「···うん、分かった」

十代君がなんと言おうとしたか、私が想像したその言葉の続きはきっと不正解なのだろう。
彼がそんな事を言う筈がないのだ。
私はそれを知っている筈だ。
それは自分に言い聞かせているように思える。

「(期待しては駄目、私は驚く程幸福だ)」

「ただいま、十代君」

「···おかえり、名前」

せめて今だけは彼を好きでいる権利を。