57:まだ刺激が強すぎる

「今年度より留学生を迎えいれます、そして特別なカリキュラムを取り入れるに伴い新たな教員を一人」

季節がまた変わる。
新学期を迎え十代君達は最高学年に。
また新たな、大きな大きな嵐がやってくる。

「本校の生徒達が未だ経験したことがないような厳しい方針となります。
が、彼らならきっとそれを乗り越えまた一つ成長してくれるだろうと私は信じていますので先生方皆さん生徒達をよく見守ってあげてください」

鮫島校長のその言葉で今日の会議はお開きとなった。
始業式は3日後、明日明後日の間に帰省していた生徒達も学園に戻り再び賑やかになるだろう。
まるで嵐の前の静けさか、廊下を歩く私の靴音が妙にはっきりと大きく響いている。

「(厳しいなんて、それどころじゃない)」

前向きになった所で物語の鍵となるような大きな部分を変えるような力は私にはない。
ここに来てなんとかデスベルトだけでもどうにか出来ないだろうかと考えた事がないわけではない。
大きな運命の和の一部分であるそれを捻じ曲げてしまうような事が私のような凡人に何とか出来る筈もなく、なんの解決作も出ないままこの時を迎えてしまった。

「(...運命、なんて言葉昔は信じていなかったのに)」

抗えない用意されたレール、私は彼らと同じようにそのレールの上を歩いている。

「十代君...」

それでも私は一つだけ、その運命に抗ってしまった。
ずっと憧れていた人だった。
駄目だとわかっていてもその衝動に抗うことが出来なかった。
夢が見たかった、そんな一心で。

「どうした?」

背後から掛けられた声、慌てて振り返ればそこにいたのは紛れもなく名前を呼んだ愛しい人。

「...じゅ、十代君?...どうしたの、こんな所で...」

動揺を隠しきれず吃りながらも必死で冷静さを気取って彼に笑いかけた。
私の動揺はきっと彼にバレていたと思う、それでも彼はそこを追及する事なく私の隣に並んで手を握った。

「名前に会い来たに決まってんじゃん。
そろそろ会議も終わるかなって。
明日には翔達も帰ってくるらしいし2人きりになれるの今日だけだろうし」

十代君の言葉に私はキョロキョロと周りを見渡した。
視界に映る範囲には誰もいなかったことに安堵して再び十代君の顔を見た。

「あのね、学校内でその、こういうのあんまり褒められはしないかなって...」

握られた手を彼の目の前に持ち上げてそう伝えるも十代君は私の手を離そうとしなかった。
実際の所私たちの関係は殆どの先生方にも知られている。
小言を頂いた事もあるにはあるが厳しく指導されていないのは私がここの正式な教師ではないからだろう。
そしてこれは自惚れかもしれないけれどそれしないのは私に対する信用もあるのだと思う。
私であれば大きく道を踏み外し彼の未来を奪うようなことをしないだろうと。
そう思うからこそ私は体裁には気を配るべきなのだと。

「手なんて幼稚園児でも繋ぐじゃん」

「...私達が幼稚園児でないことが問題なのよ」

十代君は納得出来ないという表情のまま握っていた手を解いてくれた。
拗ねたような顔の彼に私がここでの立ち位置を生徒として過ごす事を選択していたならばここまで世間体を気にする必要もなかったのかもしれないと思うと少し胸が痛んだ。

「...ほんとはね、その、私も嫌じゃないの、だから、ごめんなさい...」

本心だった。
私が彼の想いを受け入れたのは私だって同じだったからだ。
彼は怪しむような表情を見せながらもため息を一つついてまたすぐに普段の笑顔を見せてくれた。

「...だったらどこでならいい?どこでなら名前を抱かせてくれる?」

十代君が口にした言葉に私は驚いて固まってしまう。
十代君はなぜ、という顔で私を見つめるも私が固まった理由に気付いたらしく慌てて声を上げる。

「いや、今のちがくて!ほら、えっとあれ、ハグ!抱きしめたいって意味で!」

彼がこんなに慌てる姿を見たのは初めてのことだ。
私もいい歳をしてまだ子供の彼のこんな言葉に動揺してしまったことに申し訳なくなってすぐに謝罪の言葉を口にした。

「う、うん、ごめん、わかってるよ!」

変な反応をしてしまってごめんなさいと言って私は彼の背中を押して足早に2人で校内を出た。
お互い顔は見ていないけれどおそらくあまり見られたくはない、その頬は朱く染まっていただろう。
外に出て私は出来るだけ静かに深呼吸をして息を整えて改めて彼と向き合った。

「...今夜、勿論少し早めの時間になるけれど夕食を用意するから、レッド寮の食堂で食べましょう?」

十代君は私の言葉に首を縦に振った。
さっきのが若干尾を引いているのか少しぎこちなくはあったけれど。
私はそれじゃあ準備あるからまたあとで、と言って彼に手を振った。
十代君もそれを素直に受け入れる。
だが背を向け自室へと向かう私の耳にそれは伝わってしまった。

小さくぽつりと囁かれたその言葉。

「...そっちの意味でも別に間違ってなんてねぇけど...」


私は今夜彼とどんな顔をして会えばいいのだろうか?