なんだかそわそわとして落ち着かない私は自室に帰ってすぐに夕食の下準備を始めた。
時間はたっぷりとある、今日は顆粒だしではなくきちんと鰹でだしをとることにした。
少し前にほんの少し贅沢をしていいものを買っておいた鰹節を使って。
「どうせなら昆布も良いものを買っておけばよかった」
基本的に普段の鰹節の用途はだしを取る目的ではなかった。
1人分の食事なんて顆粒だしで十分だと思っている。
少し高価な鰹節を買っていたのはお握りのおかかとして使う為だった。
それも気軽に渡しやすからという理由で、その相手は勿論十代君だった。
「やっぱり少し違う」
丁寧に取った出汁を一口すする。
優しいその味は母が作るものとは少し違っていた。
多分家ではそれなりに良いものを使っていたとは思うが理由はおそらくそれだけではないだろう。
「こればっかりは経験の差だろうな」
明確に母にそれを教わっていたわけではない。
それでも幼い頃から母の隣でその姿を見て、自身が台所に立つ頃にはざっくりと母の指示を聞きながら見様見真似で出汁を取る事も何度かした。
母を含め家族は私の取った出汁で作った食事を美味しいと言って食べてくれた。
家族の贔屓目もあっただろう、けれどそれなりに美味しい物が作れていたのだと信じたい。
「十代君は何だって美味しいって食べてくれるから気は楽なのだけれど...」
なんだか少し味気ないとも思うのが本音だ。
彼が驚く程美味しいものが作れたら、そう考えるも私はプロではないしずば抜けてセンスがあるわけではない。
だからこそ後は丁寧に、判断を誤らぬよう料理をするしかないのだ。
おそらく彼は少しくらい失敗したところで笑って食べてくれるのだ。
そんな所も私は大好きなのだと思う。
こんなこと勿論本人には言えないのだけれど。
「...私って結構むっつりなのかもしれない」
私はそう自分で言葉にしておいて恥ずかしくなって顔が熱くなった。
思わず覆ってしまいたくなったが今は食材に触れているから顔に触れるわけにもいかない。
誰も見ていないのだ、隠す必要なんてない。
それでも私は今の自分を隠したくて仕方なかった。
.....
「いただきます!」
折角出汁を取ったのだからと私は味噌汁だけではなく筑前煮も用意した。
若い彼でもご飯が進むよう味付けは少しこってりめでごま油と大蒜を効かせて、鶏肉も多めに入れた。
昨日十代君が釣った魚を分けて貰っていたから味噌汁には鰯のつみれ汁だ。
メインはハンバーグにアスパラのソテーを添えて。
冷蔵庫にあるもので揃えてしまったせいでなんともとっ散らかった献立になってしまったことが気がかりだがそこは十代君だ。
勿論彼がそんな細かい事を気にするわけがなかった。
食事はみるみるうちに彼の胃袋へと収納されていった。
「やっぱ名前って料理上手いよな!全部美味い!」
そう言って空になったお茶碗を私に差し出す彼に心がぽかぽかと暖かくなった。
いつだって彼は私に温もりをくれるのだ。
茶碗を受け取りおかわりをよそって再びそれを彼に手渡した。
本当に幸せそうな顔で私の作った料理を平らげてくれた。
なんて幸せな時間なのだろうか。
「ごちそうさまでした!」
ぱんっと手を合わせてしっかりと挨拶をしてくれた十代君に私もお礼を言って食器を下げる。
食器はレッド寮の物を借りたのでそれらを洗おうと食器をシンクに置いて蛇口を捻ったところで十代君に制止の言葉を掛けられた。
「あ、俺洗う!」
十代君は慌てて私の隣にやってきて私の手からスポンジを取り上げた。
「飯作ってもらったし俺家で1人の飯が多かったから洗い物くらいは出来るんだぜ!」
「え、あ...うん、じゃあお願いしようかな?」
任せろ!と笑って十代君は洗剤を浸したスポンジで食器を磨いていく。
彼の言葉の通りその手つきは慣れたもので水で流して伏せられていく食器は綺麗に汚れが落とされていた。
男の子だって家の手伝いをする人は沢山いるだろう。
それでも台所に立つ彼をあまり想像した事がない私には少し驚いてしまった。
いつもはお弁当箱に入れて外で食べてそのまま回収していたからこんな風にきちんとニ人で食事を摂ったのは初めてだったのだ。
知っていた筈なのに忘れていた。
彼の両親は忙しい人で幼少期を一人で過ごした時間も多々あったのだということを。
「俺は焼きそばとかラーメンとか、釣った魚と丸焼きで食うぐらいしかしねぇけど名前はすげぇよな!」
彼はそんな幼少期を辛いものだったと感じていた節はない。
だからそれに同情するようなことはおかしいのだ。
けれどなんとも言えないこと感覚、こんなことは彼にとって失礼なのかもしれない。
それでも
「...もし、何か食べたいものがあったら...私が作ったものこれからも沢山食べてほしいから」
十代君は私の言葉に嬉しそうに笑って俺も食いたい、と言ってくれた。
嬉しくて、暖かくて、幸せな時間。
その筈なのに、何故か私の背中を伝ったそれは。
それは誰かの涙だったのかもしれない。
それは誰かの爪先が触れたのかもしれない。
それは悲鳴が空気を揺らしたのかもしれない。
それは誰かが私を笑っていたのかもしれない。
何も保証されていない未来を夢見る私を。