64:幸せな目覚め

普段より少し早い時刻に設定した時計がその時が来た事を知らせる。
朝はそれ程苦手ではない私は普段とそう変わらず、いや、寧ろ普段よりスッキリと目覚める事が出来た。

「十代君、そろそろ起きなくちゃ」

隣で未だ寝息を立てる彼の肩を優しく揺すった。
一瞬眉間に皺を寄せた後ゆっくりと目を開いた。
まだ意識は半分夢の中だろうか、視線はこちらを向いているが目が合っている感覚はない。

「起きられる?...ごめんね、あまり堂々と出ていく所を見られるのもまずいから」

「...んー」

のそのそと起き上がり大きな欠伸を一つ。
寝癖がついてしまった髪、まだ眠くて開ききらない瞼、そんな状態にも限らず十代君は昨日と同じように私の手を握った。
なんて幸せな朝なのだろうか。

「おはよう、十代君」

「...ん、はよ、名前」

互いの名前を呼ぶ頃にはようやく彼の意識もはっきりしてきたようで焦点が定まったようだ。
私にふにゃりと柔らかい笑顔を見せてくれた。

「よく眠れた?」

「あー...まぁ...ぼちぼち?」

十代君はそう言って若干気まずそうに私から視線を逸らした。
昨日ベッドに入ったのは普段より早い時刻だった。
初めて2人で過ごした夜。
十代君は今と同じように手を握ってくれた。
伝わる熱、呼吸、鼓動が心地よくて私はあっさりと眠ってしまった。

「ごめんね、...あとでご飯差し入れるから...」

「謝ることねぇけど、飯は貰う」

名前の作る飯ほんと美味いから、なんて。
口角が自然と上がってしまう。
昨日はあれほどうじうじとしていたというのに。
ああ本当に私は彼が好きなのだと再認識させられた。





「じゃあ、また後でな」

「うん、いってらっしゃい」

簡単な身支度を終え十代君は一度レッド寮へと帰っていった。
突然外泊なんてして色々勘ぐられてしまうのではないかと少し心配になった。
レッド寮の人は減っても彼の部屋には頻繁に彼を慕う友人達が集まっていたから。
きっと何人かにはバレてしまっているだろう。

実際のところ昨晩はやましい事はしていない。
私が彼と同じ年齢、学生という同じ立場だったらおそらく人には言えない事も起こっていたかもしれない。
いっそ身を預けてしまえたら、欲に覚えてしまえば少しは余計な思念から逃れられるだろうかとも考えた。
でもきっとそれは何の解決にもならないと理性が押し勝った。
言葉にするのは少々年寄りくさいが年の功というものだろうか。
一時の快楽によって得られたものの命はとても儚い、それをもう分かるだけ生きている。

...実際のところそういうコトをしなかった1番の理由は必要な準備が出来ていなかった、ということなのかもしれないけれど。
28歳の頃ここに来てもう2年、さすがにろくに避妊もせずに事に及べる程の勢いが私には無かった。

これからどうなるかわからない。
戸籍もない、つまり健康保険にも加入していない。
結婚なんて...いやもうそこは今私が考えたところでどうなるものでも無いのだから考えるのをやめよう。

「...とりあえず十代君にお弁当作らなきゃね」

また一人言を、とすぐに気が付いてため息をついた。
けれど本当に昨日よりずっと心が軽くなっていた。
褒められた事ではないと分かってはいても一度知ってしまえばどんどん欲が出てきてしまう。

またこうして一緒に眠ってほしいと言ったら十代君はどんな顔をするだろうか、そんな事を考えながら彼のお弁当を作った。