名前が付けられない

その日は機嫌が悪かった。
目立たぬよう、他者と衝突しないように生きてきた自分。
だがそれはよく言えば優しく物分かりがいい、そう捉えられてしまうこともあるのだ。

2人きりで話がある、そう声をかけられた時嫌な予感がした。
先延ばしにしたところできっとまたその機会が訪れてしまう。
だから私は彼の頼みを快く受け入れた。
年頃の男と女の密談など知れたことだ。

男は私を好きだと告げた。
馬鹿みたいに顔を赤く染めて。
まるで少女漫画のような光景、自身もその景色の一部になっているのだから笑える話だ。
正直この男の名前を私は知らない。
同じ学年だったことくらいは覚えている。
何度か隣の席で授業を受けたことでもあるのだろうか。
きっとその程度の関係。
遊城十代が異常だったのだ。
私が個人を認識していたということが。

そこで背中に嫌なものが走る。
なぜ私は今この場であの男の顔が浮かんだのだろうと。

「その、実はずっと前から名字さんの事が気になってて」

はっきりものを言わない男に苛々した。
気に入らない、あいつは馬鹿みたいにストレートに気持ちを伝えてきたというのに。

「あの、お、お友達から!お願いできません、か?」

謙虚に見えて自信過剰の男だ。
この男はいきなり付き合えとは言わない、だがこれから自分を知ってそれから徐々に自分を愛してくれないか、そう言っているのだ。
そう出来る自信があるからこその言葉だ。

「(酷い思い上がりを)」

ここで私はこの男の望みをこっ酷く振り拒絶することは出来ないのだ。
それが分かっているからこそ苛立ちは収まらない。

何より嫌な事はこの男に比べればまだあの男、遊城十代はマシだと思ってしまったことだ。
程のいい比較対象に出来る程私があの男を受け入れてしまっていること、それを自覚してしまった。
今目の前に立つ男は私の中でこの学園で一番嫌いな男となった。

そしてその男とこれからお友達ごっことやらを続けていかなくてはならないことにも嫌気が差した。
差し出された手を握り返した。
よくもこんな汗をかいた手を好いた女に差し出したものだと呆れた。
普通こういう時可愛げがあると微笑ましく思うのだろうか?

だとしたら私は一生普通になんてならなくていい。
そう思った。







あの男よりはマシだと思った自分を殺してやりたくなった。
気まぐれで訪ねた男は私を見るなり早々に汚らしい欲望を剥き出しにしていた。
暴力で興奮するような男だったのだろうか?
だとしたら本当に私の印象とはかなり違う。

なんて、哀れな男だろう。

いや、それを哀れと決めつけられる程私は高尚な人間ではない。

「ねぇ、気持ちいいことしたい?」

触れた熱、この男が抱いた感情。
この熱の正体は一体。

十代は私のスカートの中を見ていた。
確か今日履いていたの一枚千円もしないようなぺらぺらの下着。
こんなもので男は欲情するのだから面白い。
この男は私とセックスしたいのだろうか。
きっとそう。
だとしたらどうして私を襲い掛かろうとはしないのか。

「(あの約束を律儀に守っているのだらうか)」

だとしたら見た目より随分真面目な男だ。
女子寮に深夜こっそりと入り込んでいる男子生徒がいるのを知っている。
暗黙の了解だ。
男も女も、ここには娯楽が多いようで少ない。
セックス遊びで恋だの愛だのと盛り上がる事は普通のことなのだろう。
それを悪いだなんて勿論思わない。
分からないだけだ。

「だらしない口ね」

顔を足で触られるだなんて、私なら耐えられない。
ただただ気持ち悪い。
他人に足を舐められたことなんて初めてだった。
興味本位でしたそれは私に不快感しか与えてはくれなかった。

安っぽい娯楽で見たそれを真似てみた。
直接男のモノになんていつぶりだろう。
硬くて暑くてなんだか湿っていて。
初めて舌を入れた時のような不快感を再び感じている。

吐き出された欲が足にかかった。
生暖かくて嫌な感覚。
それは唾液などとは比べ物にならない程気持ちが悪い。
ソレがどんなに不味いものかということは知っている。
十代はそれを自ら舐め始めた。
そんなことをして私が喜ぶとでも思っているのだろうか。
だとしたら大きな間違い。
ここで私を本当に気づかうというのであればティッシュなりなんなりで拭うことの方が適切だった。
結局この男は自分の事しか考えていないのだ。

「もういい」

何か言いたそうな顔、それでも十代は方を開かない。
全く何も見えていないわけでもない、考えていないわけでもはいのだ。

「良い子だったね」

まるで子供を褒めるように、そう言って頭を撫でた。
蕩けるような笑顔、本当に気味がわるい。

私に告白したあの男の思考回路が至ってシンプルだった。
だからこそその浅さに吐き気がした。

では目の前のこの男は。
わかりやすいように見えて得体が知れない。

私は一体この男をどうしたいのだろうか?

暇つぶし、気まぐれ。
程のいい言い訳。
私は一体何を考えているのだろうか。

とにかく今すぐにお風呂に入りたい。
その一心で寮へと駆け出した。
そうすれば私の身体は綺麗なままだ。
何度汚れたとしても私はまた生まれ変わる事が出来る。