幸福とは何か

昨日の名前は何だったのだろうか。
俺にとっては幸福でしかなかったあの時間。
なんとなく違和感はあった。

「まぁどうせ教えてくれないんだろうけど」

今朝から欠伸が止まらない。
昨日の興奮はなかなか収まらず殆ど眠れなかったのだ。
不眠症なんて言葉とはてんで縁が無い人間だった。
何もかもが初体験。
しかとそれを与えてくれたのは愛してやまない女なのだ。
なんて心地が良いのだろうか。

授業を受ける気になどなれなかった。
俺はいつもの場所で寝転がって空を見た。
雲一つない晴れ渡った空、なんの淀みもない。
まるで俺の今の名前への気持ちのようだ、なんて。
我ながららしくない。

「名前...」

こんなに誰かを想ったことはあっただろうか。
誰かを想う、なんて事を知ったのだって最近だ。
昔俺に告白した女子はこんな風に俺を想っていたのだろうか。
何もかもが俺の憶測で、答えはきっと一生教えてはもらえないだろう。
だって俺はあの後嫌われてしまったのだから。

俺は名前に切り捨てられてしまった後名前を嫌いになるのだろうか?
分からない、想像出来ない。
切り捨てさせるつもりなんてない。
だってそうだろ?俺はこんなに名前を愛しているのに。
いっそ殺してしまえたら、なんて。
違う、名前は多分そうじゃない。
殺されるなら俺の方。
きっとそれが1番理想的な未来なのだと思う。

「痛いのは嫌だ、って当たり前の事だと思ってたんだけどな」

今ではそれも悪くないと思うようになってしまっている。
昨日のアレがご褒美だったとしたならば、それに痛みが伴うのは仕方ないかと受け入れてしまえる自分がいた。

「俺ほんとどうしちまったんだろうな」

楽しくて仕方なかった。
デュエルさえ出来れば幸せだった。
そこに気の合う仲間たちと面白おかしく生活して、満たされていた筈だったのに。

こんな悦びがあったなんて、誰も教えてくれなかった。

「名前」

名前は凄い、名前は特別。
きっと俺に何も話してくれないのは俺が悪くて俺がまだ何も分かっていないからなのだろう。

あんな名前を知っているのはきっと俺だけだ。
だって俺以外にあんな女を好きだとほざく輩がいるのだから。
きっとあいつらは本当の名前を知らない。

「俺は本当の名前が好きだから」

だから俺の想いは誰にも負けない。
そう自信を持って言える。

「運命みたいだろ?」

赤は俺の最も好きな色、名前はそれを身に着けていた。
そして誰よりも近くにあったそれの片割れを俺に渡したのだ。
俺はきっと誰よりも特別なんだ。

「名前はどうして赤を選んだんだ?
きっと名前も赤が1番好きだったんだよな?」

なんて運命的な一致、愛しくて苦しい。

名前は言った、愛してはあげられる、でも好きにはならない、と。
あれはどういう意味だったのか、未だよく分かっていない。
例えば犬を飼って愛情を注いだ所でその犬に恋愛感情は抱かない、そういうことなのだろうか?
だとしたら別にいい、だって俺は犬じゃない。
犬のように尻尾を振る事も腹を見せて降伏することも出来る。
牙を立てて噛み付くことだって。
もっとも後者の手段を取ることは絶対にしない。

「だってそれに怯えて俺のものになる名前なんて俺の好きな名前じゃねぇもんな」

所詮は男と女、力勝負となれば名前を捩じ伏せる事など容易いことだろう。
でもそんなのは違う、だってそんなの名前じゃなくたっていいのだから。

「セックスなんてその気になればいつでも出来る」

三沢の部屋に泊まった時コソコソと忍び込んでいた女子を見かけた。
あれはそういう事なのだろう。
多感な年頃、直視するのも躊躇うような肌を露出した制服。
盛るなという方が無茶である。

「名前って処女なんだろうか?」

あの性格、あの気質、男がいるようには見えない。
かといってどうでもいい男と寝るようにも思えない。
だが全く何も知らない女でない事を俺は身を持って知っている。
男を知らぬ女がキスひとつで腰を抜かしてしまう程の快楽を与えられるだろうか。

「あムカつく...」

俺以外の男、もしかしたら女かもしれない。
それでもそのいるかも分からない相手に嫉妬した。
名前を殺したいなんて思わない。
でもきっとそいつらなら殺れてしまうんだろうなと思う。

「俺ってこんな奴だったっけ?」

最近では自分の事が分からない。
それでも楽しくて仕方ないのだ。

「煙草なんて吸うくらいなら俺の舌もっと噛んでくれたっていいのに」

きっとそんな事を言えばまた俺に汚いものを見るような冷たい眼を向けるのだろう。
でもそれだって俺にとっては嬉しくて。

「作り笑いなんてされるくらいなら軽蔑してくれる方がずっと嬉しい」

歪んでいるだろうか、狂っているだろうか。
そうだとしても今俺は幸せだ。

この幸せが続くというのであれば俺はずっと狂ったままであり続けたい。