窓一つない薄暗い部屋

「はい、これ」

俺は初めて入ったかもしれない実験室。
授業を行う教室ではないらしい。
今は空室らしい、もしかしたら大徳寺先生の部屋だったのだろうか。

「ヒーロー様は流石ね」

俺が手渡したドローパンを受け取り名前はパンの袋を割いてそれにかじりついた。

俺は今さっきのデュエルのご褒美で一緒に昼飯を食う事を許された。
誰にも見られない場所でという条件付きで。

「ぶどうパン、それ以外はいらない」

そう言って渡されたお金、俺に買いに行けということだろう。
手に乗せられた小銭はドローパンの価格より多かった。

「お前の分も買ってきなさい」

どうやら奢ってくれるらしい。
なんだか妙に優しくて胸がざわざわした。
名前の表情はまったく変わらないけれど。

「意味のない借りは作らない主義」

素っ気ない言葉、それでも名前は俺に期待してくれているのだ。
俺であれば確実に狙ったものを引けると。
俺を信じてくれている、それが嬉しくて急いで購買部まで走った。



「名前は甘いものが好きなのか?」

「...食べてる最中に話しかけるな」

名前の事が少しでも知りたくて訊ねてみたがそれはピシャリと跳ね除けられてしまった。
俺も大人しくパンに齧りついた。
別に嫌いなわけじゃないけれど敢えて選んで狙うことはしないぶどうパン。
俺も同じもの買った。
同じものが食べたかった、そういう気持ちってわかるよな?

「名前と同じものだけ食べ続けたら俺達一つになったも同然だよな?」

俺の言葉に名前の眉間のシワが増えた。
そして嫌悪感いっぱいの視線を俺にむける。

「今食べたもの全部吐き出させてやろうか」

俺の首を掴んでそう言った。
首を絞めるのだろうか、腹を殴られるのだろうか。
少し興味があった。
でも名前は俺の胸をドンと押して再び自分の食事に戻ってしまう。
本気で実行する気はなかったらしい。
少し残念だと思ってしまった。
暴力を振るわれたいわけではない。
ただその間名前は俺に触れていてくれるから。
触れられていたかった、ただそれだけだ。



「昨日がカレーパンだった」

食べ終え袋をくしゃりと丸めてゴミ箱に放り込んだ名前は独り言のように呟いた。
先程の質問に答えてくれるらしい。

「名前は好きなパンはないのか?」

「別に」

名前は本棚から適当に本を取り出してそれを読み始めた。
準備室に相応わしくそれは何かの専門書らしい。
俺なら3分で寝る自信がある、ハードカバーの分厚い本。

「名前はそういうのに興味があるのか?」

「お前と話しているよりはマシ」

名前はどこまでもつれない。
それでも出ていけと言わないって事は静かにさえしていればここにいてもいいということなのだろうか。

最近眠りが浅い。
この静かな空間、折角二人きりだというのに俺は徐々に睡魔に誘われる。

「名前...」

俺はどうしてこんなに名前を求めてしまうのだろう。
一種の一目惚れだったのだろうか。
痛いのなんて好きじゃない、泣かされるなら泣かせる方が多分好きだ。
でも名前は違う。

泣かされるなら名前がいい、寧ろ泣かされてみたい。

名を呼んだところで名前はちらりとも此方を見てくれない。
それでもこうして同じ空間にいることを許された事が特別で。
だって誰もいない場所がいいと言った。
誰もいなくとも俺はいていい、と言われているような気がして嬉しかった。

「好きだ... 名前...」

意識は殆ど無くしかけていた。
絞り出した言葉、それを発したと同時に俺は完全に眠りに落ちてしまった。
顔は見ていない、名前は俺の言葉を聞いて不快な顔をしていただろうか。
それとも無表情のまま俺の言葉なんて届いていなかっただろうか。
ため息を溢していただろうか。

その中だったら不快な顔をしてくれていた方がいい。
俺の言葉なんて届いていない、その方がずっと寂しいから。
嫌って嫌って俺の事を考えていてくれた方がずっと嬉しい。
多分名前は誰かを真っ直ぐに好きになるって事はしないんじゃないかと思うんだ。
なら今は嫌ってくれていた方がいい。

そう思えるのは他人とは違う、耳に揃いでつけている赤い石のおかげだろう。
この小さな小さな石ころ一つ、これがその他大勢と俺との差。
これはとても小さいけれどとてつもなく大きな意味がある。

だってこれがある限り俺はどんなに嫌われようが名前の持ち物の一つなのだから。

目が覚めた時きっとそこに名前はいないだろう。
少し寂しいけれど探せば必ず見つかるから。

俺はこの不自由でも隔離された島、この世界が大好きだ