「レッド寮十代一人になっちゃったね〜」
異世界から帰った後翔も万丈目もレイもブルー寮へ入った。
数人いたレッド生達も無事イエロー寮に昇格した。
レッド寮には自分の意思で残り続けている十代だけだった。
ここ数ヶ月、色々な事はあった。
いつも十代の周りにいた友人達は十代と距離を置いた。
ただ1人、名前を除いて。
十代は何度も突き放すような言葉を言ったが名前はそれをやめなかった。
毎日のように十代の元へと通った。
そんな名前に十代もやがて根負けした。
「お前も帰った方がいいんじゃねぇか?そろそろ晩飯だろ?」
「んー今日はまだ帰りたくない気分」
今日も名前はマイペースだった。
それにも慣れた十代は勝手にさせるようにしている。
「誰もいないなら私もこっちに引っ越して来ちゃおうかな」
名前のその発言に十代は飲もうも持っていたミネラルウォーターのボトルを落とした。
「馬鹿言うなよ。お前女だろ。」
「レイちゃんだって女の子じゃない。」
正論を伝えるも屁理屈で返された。
と言っても実例があった以上それを屁理屈と言うのが正しい言葉かどうかはわからないが。
相変わらずつかみ所のない名前に十代はあからさまにため息を吐き警告をはっきりと入れた。
「いいか、俺とお前は男と女だ。
お前にそんな気がなくても俺は男だから汚い所も山程ある。
一時の過ちを起こさないなんて保証はない。
だから寮は男女別なんだよ」
俺がお前に絶対に手を出さないと思っているのか?と言う疑問は口には出さなかった、いや出せなかっただけだ。
「成る程、うん、十代の言う通りだと思うよ。でもさ」
両腕を組んでうんうんと頷きながら名前は信じられない言葉を口にする。
「十代と私に何か起きて誰に迷惑をかけるの?」
「········は?」
そう言った名前の顔は至って真顔だった。
適当な言葉を言っているわけではない。
本心で言っている。
十代はそれになんと答えるべきかと頭を悩ませる。
「···お前は俺の事なんてわかっていない。
俺はお前らとは違う、もう半分」
人間と呼べるかすら怪しい、そこまで口に出す事が出来なかった。
どこかで十代は名前に期待してしまっていたのだ。
「んー?何が言いたいのかわかんないんだけど私たちとは違うって当たり前じゃない。私は十代じゃないんだから。私と明日香ちゃん達も全然違うよ!」
お気楽にそう話す名前。
そういう事が言いたいんじゃないと声を荒げそうになる。
しかしそれは出来なかった。
十代は心の奥どこかで名前になら受け入れてもらえるのではないかと期待してしまっていたのだから。
ほんの一瞬でも拒絶の表情を向けられればきっと自分は気付いてしまう。
名前にだけはその目を向けられたくなかった。
それを何よりも恐れた。
それでも十代は意を結してそれを言葉にする。
名前を不幸な人間になどしたくなかったのだ。
十代も本当は名前を突き放したくなどなかった、それほどの存在だった。
「俺は、もう殆ど人間と呼べるかすら怪しい。きっと俺は、お前達と同じようには生きられない」
これだけの言葉を口にしただけで喉はからからに渇ききっていた。
水分を摂ろうとペットボトルの蓋を緩めようとするが手が震えて上手く開けられなかった。
「うーん、それはそこの精霊さんと一緒にいるから?」
そう聞きながら十代の手からペットボトルを取り蓋を開け再度十代に手渡した。
十代はその言葉に思考が停止した。
「······み、えて···いたの、か?」
なんとかそう口にすれば少し困ったような表情で首を縦に振った。
そんな素振りは今まで一度も見せなかったのに、なぜ、という疑問で頭がいっぱいになり先程手渡された蓋の開いたペットボトルを床に落としカーペットに染みを作った。
「ごめん、その精霊さんだけじゃないんだ。本当はずっとそばにいたハネクリボーも見えていたの。
私さ、昔からカードの精霊とかなにか得体の知れないものが見えてたんだ。
でも、その事誰にも信じてもらえなくて、皆から嘘つきだって言われて、そのうち自分がおかしいんじゃないかって思い始めて、誰にも言えなかった」
名前は零れた水をタオルで拭きながら淡々も話した。
その告白は俺にとって青天の霹靂だった。
今まで本当にそんな素振りを見せたことはなかった。
いつも明るく皆を元気付けてくれていた名前。
デュエルアカデミアで名前を嫌う者など聞く事はなかった。
本当に気付かなかった。
それほどまでに今まで名前は演じていたのだ。
(十代、彼女が見えているのは本当だ。
何度も君の見えない所で僕に会釈をしていた。)
なぜ今になってユベルがそんなことを言うのかと疑問を持った。
十代と魂を融合させたユベルには十代の感情が全て伝わっていた。
目の前の少女をどう思っているのかも。
そしてユベル自身もやがて情が移り名前を心の中で受け入れはじめていたのであった。
それと同時にユベルは自身の行いがきっかけで幼少期の十代が孤立した事を思い出す。
そこで気が付く。
おそらく名前は精霊が見える事がきっかけでなにか辛い事を経験し今でもトラウマとなっているから再びそうならないように今こうして見えない人間を演じているのではないのかという事を。
「ずっと見えていた。十代も万丈目君も、ヨハン君や斎王君、この学園には沢山の見える人達がいた。それでも私はそれを話す事が出来なかった。
だって、私は特別ではなかったから」
そう言って困ったように諦めたように笑った。
それは名前が初めて見せた名前の心の闇だった。
(クリ〜)
ハネクリボーが名前の側に近付いていき元気付けるように頬擦りをした。
「ごめんね、今まで気付かないフリをして、なのにありがとう」
そんなハネクリボーに名前は撫でるように手をかざしお礼を言った。
そして十代に視線を戻した。
「私はね、確かに十代のように特別な人間じゃない。
だから全部分かってあげられるのも無理だし出来る事もあんまりないと思う。
それでもちょっとだけ大多数と違う所があってちょっとだけ人と違うんだよ。
それに」
名前は少し悩んだ表情を見せたが言葉を続けた。
「一応私は女だから十代が望むなら人恋しい時抱き締めてあげられるし口寂しい時はキスだって出来るし誰かを抱きたいと思えばセックスだってさせてあげられるよ」
こんなので良ければなんだけど、と恐縮しながら口にした。
やはり名前は何も分かっていなかった。
十代にとって名前がどのような存在であったのかを。
仮に偽りであったとしてもその明るさに救われたことも。
そんな名前だからこそ、大切であったから引き離そうとしていたことも。
それでも名前の中にある闇を見て分かった気がする。
その自分自身へ付ける低い評価も一人になった俺をたった一人で救おうとする行動もそれに過去の自分を重ねた名前自身の弱さから来るものだったのだ。
それに気付いた今自分は名前にどう接していいか考える。
しかしそんな俺の思考を読み取ったユベルは俺の考えを否定する。
(違うよ十代、名前が君を気遣う事への原動力は全て君への愛からくるものだ)
ユベルがそう口にすれば名前は頬を赤く染め両手で顔を覆った。
(君は大人になったつもりでいるが僕に比べればまだまだ子供だよ、赤子と呼んでも過言ではない。
勿論目の前の彼女も)
呆れたように口にするユベルを睨みそうになるが確かにユベルの言っていることはけっして間違ってはいないんだろうという事は俺にも分かる。
今日は名前の初めて見る姿を沢山見られた。
三年近く一緒にいたのに俺は名前の事を全然分かっていなかった。
少しショックは受けたが同時に名前のこんな部分を知っているのは自分だけなのだろうという事を知ったことで他者への優越感も覚え頬は緩んだ。
(むっつりすけべ)
それにユベルは案の定憎まれ口を叩く。
(君は彼女にだけ言わせるつもりか?)
分かっている、心の中でそう返事をし自身の顔を隠している名前の手をそっと剥がした。
名前は気まずそうな表情でこちらを見た。
その表情に思わず
「可愛いな」
ストレートにそう口にすれば鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
それが可笑しくて声をあげて笑った。
「なんかもうどうでも良くなった」
今目の前の名前がただただ愛しかった。
だからそのままぎゅっと名前を抱き締めれば十代のその行動に名前は数秒間の間驚きのあまり固まったが少しして恐る恐る十代の背中に腕を回し抱き締め返した。
「さっきまでキスだのセックスだの言ってたのにただ抱き付く事だけが恥ずかしいのか?」
どこか身体を硬くする名前にそう訊ねる。
ユベルにまた、バカ、と罵られるが今の十代は大層機嫌が良かったのでそれは聞こえていないフリをした。
「あ、うん?なんだろう。
嬉しいし大好きだから十代とどっちもしたいよ」
「(···こういうことは恥ずかしくないのか?)」
羞恥心のボーダーがよくわからない名前に困惑するがもうこういう女なのだと十代は自分の中で納得し深く考えることをやめた。
「取り敢えず引っ越ししてくるか?」
そう問えば表情をパァっと明るくさせて、うん!と笑顔で返事をした。
取り敢えずレイと同じく改築した万丈目の部屋を使わせようと考えていた十代だったが同じ部屋に越してくる気満々だった名前を説得するのに一苦労するのはまた別のお話。
「(それは流石に俺の理性が色々とヤバい)」