「ご、ごめ····なさい」
身体を拘束され逃げる事の出来なくなった私に彼は鋭い眼孔をぶつける。
骨が軋む程強く握られた腕は悲鳴をあげている筈なのに何故かその痛みは感じなくて、それ以上に胃がキリキリと痛んだ。
「謝らなきゃいけねぇことしてたのか?」
なんてことはない、私はただIVとの待ち合わせ場所に早くついてそこで待っていた時学生時代の頃のクラスメイトに遭遇したのだ。
私は異性とあまり親しくすることが少なかったので社交辞令的な挨拶だけをして別れを告げた。
クラスメイトもそれ以上無理に話す事をしようとする事もなくその場を後にしたのだ。
それを彼は一部始終見ていたらしい。
だからこそ彼がここまで苛立つ理由がわからない。
腕を乱暴に掴まれて早々に私をタクシーに乗せた。
運転手に伝えた住所は私のマンションだった。
家に着くや否や彼は私を壁に追いやった。
取って付けたような笑顔を貼り付けて私を見る。
私に向けられたその貼り付けられた笑顔にゾッとする程恐怖心を覚えた。
彼の笑っていない目に映る私は大袈裟な程怯えている。
呼吸の仕方さえ分からなくなって息遣いがどんどん荒くなり、それに比例するように喉がカラカラになっていく。
自分の問いに答えない私に苛立った彼が大きく舌打ちをした。
それにびくりと肩を震わせてしまった事で彼の機嫌は更に損ねてしまった。
「テメェ俺がキレてると思ってんのか?」
なんと返事をすれば正解なのかが分からない。
だってそれ以外にあるのだろうか。
どうして彼がここまで機嫌を悪くするのかは分からない。
それでも今私の態度に苛立っていることの原因は分かっている。
私が理由も理解していないのに安易に謝罪の言葉を口にした事についてだろう。
向けられる視線が怖くて顔を逸らせば頬を掴まれて無理やり彼の方を向かされた。
「俺の事見たくねぇほど俺が嫌いか」
なぜそんな話になるのだろうか、私はただこれ以上彼を怒らせて自身が嫌われてしまうことが怖いだけなのに。
違うと首を横に振ろうとするも彼に押さえつけられた私の顔は動かない。
「俺はテメェがどんなに俺を嫌おうが絶対逃がさねぇ。
何処までも追い掛けて二度と逃げられねぇように縛り付けてやる」
何故私が逃げ出す事を前提のように話すのだろうか。
どんなに彼を苛つかせようが怒らせようが私は彼から逃げ出した事なんてないのに。
「お前の全部は俺のもんだ」
彼はそう言って私のブラウスの胸元を引き裂くように強引に開いた。
小さな音を立てて床に引きちぎられたボタンが転がる。
そして剥き出しになった肩に彼は躊躇することもなく噛みついた。
鋭く尖った八重歯に肉を突き抜かれた。
「いっっ····」
その痛みに声を洩らせば彼は喉を震わせる。
何が楽しいのかは分からない。
それでも苦しむ私を見て彼は笑うのだ。
「お前が他の男を好きになった時これはどう説明するんだろうなぁ?」
自らが突き破ったところから出た血を舌でねっとりと舐めあげる。
傷口がじんじんと痛んだ。
「前の恋人がそんな趣味を持っていました、私はそれに感じてしまう淫らな女でしたとでも言うかぁ?
それとも犬にでも咬まれたとでも言うつもりか?」
私の身体は彼に付けられた傷でいっぱいだった。
だから夏でも長袖を着ることを強いられた。
「そんな事誰も信じねぇよなぁ。
誰もこんな傷だらけの女受け入れねぇよ」
長い舌で今度は私の頬を舐めあげた。
顔まで舐めてくる姿は確かに犬のようにも思える。
どんなに好きだと言っても私の気持ちを信じてくれない彼に何を話せばいいか分からない。
何を言っても怒らせてしまいそうで、だからこそ口からは条件反射のようにごめんなさいが出てしまう。
そしてまた彼を不快にさせる。
私はただ彼が好きなだけなのに。
「····お、ねがい、だ、抱きしめ、て」
私の腕は以前彼に強く握られているから彼を抱き締める事が出来ない。
だから勇気を振り絞って彼にそうお願いすれば私の言葉に彼の瞳が揺れる。
そして強く、背骨が軋む程に強く抱き締められる。
背中をそっと撫でれば更に腕の力は強くなった。
「····だいすきだから、だから、だからずっと一緒にいてほしい」
彼は首筋に顔を埋めたまま何も喋らない。
ただそこが濡れて冷たくなっていくだけだった。
私の言葉なんて彼には届かないのだろう。
頭を撫でれば肩を震わせて必死に何かに耐えている。
きっと聞いても教えてくれない、それが分かっているから私も聞けない。
傷なんて付けなくても私は離れるつもりなんてないのに、でもそれで彼の不安が和らぐというなら何度だってしてくれて構わない。
だからお願いだからいつか私の気持ちを認めてほしい。
「どうせお前も俺を捨てるんだ」
泣かないで
信じて?
わからない
私は何を言えばいい?
私は何が言いたい?
彼は今度は私の唇に噛み付いた。
それはもはや先程とは比べものにならないほど優しく感じてしまう。
「····こんなに汚れた女愛してやるのは俺くらいだ。
だからお前は一生俺の傍にいろ」
赤くなった目からはもう先程のような恐怖を感じなかった。
それは信じたいと願っても誰も信じる事が出来なくてただ傷付いている不器用な子供のような目をしていた。
こんな日は乱暴にただ自分の感情のやり場に困って苛立ちをぶつけるように私を抱く。
端から見ればその行為はただの強姦のように見えるかも知れない。
気持ちよさなんて少しもないような痛みしか感じられない行為でも私は拒むことなんて出来なかった。
それは彼か怖いからではない。
私は彼に愛されている自信があった。
だからいつか伝われば良いと願って彼を受け入れる。
そんな風に思えば乱暴な行為にも少しは快楽を覚えられた。
何度も何度も私の名前を呼ぶ彼が愛しい。
それが終わった後宝物を壊れ物を扱うように私を優しく抱き締めて眠る彼が愛しい。
「名前····」
眠っている彼が小さく洩らした私の名前に胸が張り裂けそうになった。
「····おやすみなさい、IV」
子供のように無垢な表情で眠る彼の頬にキスを落とせばはらりと一筋の涙が彼の頬を濡らした。
明日は彼を傷付けずにすみますように、そう願って彼の腕の中で私を目を閉じた。
翌朝起きると隣に彼の姿はなかった。
ソファーの上には私の服が丁寧に畳まれている。
外れたボタンは綺麗に縫い付けられていた。
それを手に取ればふわりと彼の残り香が漂った。
それを強く抱き締めれば昨日彼に抱き締められた記憶が鮮明に蘇ったことに涙した。