「トーマスが浮気してるかもしれないの」
名前が俺にそう言って泣きついてきた。
3つ上の幼なじみで俺と璃緒にとっては姉のような存在だった名前は今IVと付き合っている。
それを初めて聞かされた日俺達は大層顔を歪めた。
それは色々な事に決着が着いた後だったから昔のようにIVを憎んではいなかった。
だがそれとこれとは別だった。
認めてはいるもののやはりいけすかない相手である事には変わらないIVと名前が付き合っているというのは面白くないと思う所があった。
それをより強く感じたのは俺より璃緒の方だったが。
璃緒はずっと名前を姉だと思っていたし俺と名前が結婚して自分が本当の姉妹になる事を望んでいたほどだ。
「あんな奴と付き合ってるお前が悪い」
俺自身は名前をそんな目で見てはいなかったが俺達よりもIVを優先するようになっていく名前に訳のわからないもやもやを抱いたのは事実だ。
だからこそ俺達から大切な姉を奪っておいて別の女と浮気をしているのが事実なのだとしたら腹立たしい事この上ない。
考えれば考える程イラついてきた。
だがその苛立ちは名前の一言で瞬間的に冷却していった。
「トーマスから女物の香水の匂いとね、ボディクリームの匂いが混ざっててね、····それが璃緒ちゃんと同じなの····」
不安げな顔でこちらを見つめそう話す名前。
俺はそこで全て理解した。
「もし相手が璃緒ちゃんだったなら私何も言えない···私が諦めるしかないって分かってるけど、それが出来なくて苦しいの」
今にも泣きそうな表情でそう話す名前に反応に困った。
あの野郎と璃緒が何度か会っているのは事実だ。
今日もまさにそうだ。
今日は名前の誕生日プレゼントを選びに行っている。
あいつらが会う理由は全て名前が理由だった。
大抵の時はその場に俺もいる。
今日そこに俺がいないのは名前に相談があると持ちかけられていたからだ。
「安心しろよ、璃緒の奴は···そんな事はあり得ねぇ」
まるで名前の保護者のようにIVに厳しく指導している璃緒がIVと浮気関係にあるなどあり得ない話だ。
それならば璃緒が名前に手を出す可能性の方がよっぽど高いだろう。
璃緒がIVに協力しているのはIVの為ではない、何よりも名前を幸せにしたくてやっていることだ。
それをどう伝えるべきか、面倒になった俺は璃緒にこの件を簡単に説明したメールを送った、勿論現在地も添えて。
「いい歳してぐずぐず泣いてんじゃねぇよ、ガキかてめぇは」
泣き出してしまった名前にため息をつきつつも乱暴にハンカチで顔を拭いてやれば名前は更に涙を流した。
「だって、二人とも大好きだからっ、だから二人ともなくしたくなくて···でもどっちも諦めてられなくてっ···」
違うと言っているのに人の話を聞いていないのかと呆れる。
長い付き合いだが名前は普段はこんなに物分かりの悪い奴ではない。
それがこうなってしまう程に名前はIVに惚れているのだろう。
自分で考えておきながらイラッとした。
いつの間にか自分より小さくなった名前の頭を乱暴に撫でてやればそのまま名前が俺に抱き付いた。
自分達よりずっと大人だった名前は胸の中に収まる程になっていた事に驚きつつも落ち着かせるように背中を撫でてやった。
「テメェ!!!何してやがる!!!」
そんな時耳障りな怒号と共に肩を掴まれ強引に名前から俺は引き剥がされた。
それをした奴は顔を見るまでもなく知っている。
「それはこっちの台詞だ、IV」
引き剥がした名前を力一杯抱き締め俺を睨み付けてきたIVを俺も睨み返した。
璃緒は面白いものを見たと言わんばかりにニヤニヤとしていた。
「っ、ト、トーマス?、い、痛いっ」
ギリギリと骨が軋む程に強く抱き締められている名前がそう言うもIVはそれをやめようとしない。
ただ怒りを込めた視線を俺にぶつけてくる。
その視線があまりにも鬱陶しかった。
あまりのIVの態度に見かねた璃緒が口を挟んだ。
「IV、名前が苦しんでいます。
止めて差し上げて?」
笑顔で、それはもう恐ろしい笑顔でIVにそう伝えればIVも璃緒の迫力に動揺してその腕の力が抜けた。
名前は少しむせた。
「····さて、名前、大体の事は凌牙から聞かせていただきました。
貴方を誤解させ傷付けてしまい申し訳ありません。
しかし絶対にこの方と私が···等ということは有り得ません。
そんな事をするくらいなら私は全力で凌牙と名前を結婚させるよう動きます、もしくは私が名前を貰います」
至って真面目な顔で璃緒はそう言った。
内心まだ諦めていなかったのかと呆れたが璃緒らしいとも思った。
「おい!璃緒!!ふざけんな!!
こいつは俺のもんなんだよ!!」
IVは俺から遠ざけるように名前
を背に隠した。
名前に対してそんな下心など持っていないにも関わらず自分が危険人物扱いされた事にイラッとした。
「な、なんでそんなに怒ってるの?」
名前は困惑していた。
IVは俺と名前が抱き合っていたこと、そもそも二人で会っていたことにイラついていたのだろう。
だが名前にとって俺は家族のようなものでしかない、だからそれに気が付かない。
「誤解させたのは悪かったと思ってる。
けどなぁ俺はお前のもんだしお前は俺のもんなんだよ!
軽々しく他の男に触らせてんじゃねぇ!!」
恋人のいない自分には分からない感情だ。
だがIVが如何に名前を好いているのかという事は腹立たしいことによく分かる。
いちいち勘に触る男だと常々思う。
IVはそのまま俺達の目の前で名前にキスをした。
それに驚いて距離を取ろうとする名前を逃がさないと強く抱き寄せて。
璃緒はそれに顔を赤くして口元を手で覆った。
「お前がこうやって抱き付いていい相手は俺だけだ、わかったな?」
そう言ってようやく名前を開放した。
名前は俺達が見たことのない表情をしている。
気付かぬうちに名前はすっかり女になっていたようだ。
それに少しだけ寂しさのようなものを感じた。
それはおそらく璃緒も同じだろう。
「···り、璃緒ちゃん、···その、疑ってごめん、なさい」
名前がそう言って璃緒に頭を下げた。
璃緒はそんな名前に笑って返事をした。
「お気に為さらずに。
IVとの関係を疑われたのは不愉快この上ありませんが名前に私を強く意識されるのは悪くない気分ですから」
璃緒の言葉にIVと俺は顔をひきつらせた。
「おい名前、璃緒に抱き付くのも禁止だからな」
「え、なんで?」
IVが大きくため息をついた。
名前はなんの事だか分かっていない。
この鈍さにIVも苦労しているのだろうかと多少同情した。
なんやかんやいいつつもも大切な幼なじみが幸せそうな事が分かり嬉しく思った。
だがやはりその相手がIVだと言う事実は少々気に入らないのだが名前がそれを望むのなら仕方ないことだろう