冬の訪れと共に

(寒い)

待ち合わせ場所に着いてから既に30分が経過していた。
気温は吐く息が白くなる程度の寒さになっていた。
それにも関わらず私は薄手のニットワンピースにライトアウターという寒々しいしい格好で寒いベンチに座っていた。

時計を確認する。
約束の待ち合わせ時刻から15分程経過していた。
待ち合わせの相手にすっぽかされたわけではない。
きちんと仕事で遅れそうだから何処かで待っていてくれとの連絡をもらっている。
しかし何処か店に入ってしまえば騒音で着信に気付かないかもしれない。
お茶をしていても早々に合流出来そうであればすぐに席を立たなければいけないかもしれない。
そう考え私はそれを自分の判断で排除して待ち合わせ場所で本でも読んで時間を潰そうと考えたのだ。

(寒すぎてページが上手く捲れない)

寒さで指先が悴んで上手く動かせない私は本を読むことさえ思うように出来なかった。
それにイラついて早々に読みかけのページに栞を挟んで本を閉じ鞄にしまってしまった。
再度時計を確認すれば更に15分経過していた。

(やはりカフェにでも入れば良かったのだろうか)

そう思い始めた頃今日の待ち合わせ相手からの連絡が入った。

「もしもし」

『悪い、今向かっている。何処にいる?』

「最初の予定の待ち合わせ場所で大丈夫」

『分かった、すぐに行く』

用件だけを話して早々に通話は切れた。
ここは彼の仕事先から近い場所なので恐らく10分と掛からないだろう。
私はここで1時間程ほぼなにもせずに過ごしていたのだなと気が付いた。
駅からさほど遠くない人通りの少ない静かな公園だ。
防寒対策さえきちんと出来ていれば、いや、暖かな気候の日であれば読書にはもってこいの場所だっただろう。
そう考えれば今日は惜しかったなと思った。

(それにしてもいきなり寒くなったな)

両手を口元に持っていき息を吹きかけて暖めた。
冷えすぎて顔がぴりぴりしている。
今日は何か暖まるものを、そんな事を考えていれば後ろから私の名前を呼ばれた。

「名前、悪い。遅くなっ·····」

トーマスは振り返った私の顔を見て驚いた顔をしている。
どうしたのだろうか、それを訊ねようとしたその時

「何考えてんだ馬鹿かテメェは!!」

私はそう罵倒された。
突然のそれに驚いて目をぱちぱちと瞬きを繰り返せばトーマスは私の腕を引いてベンチから立ち上がらさせた。

「え、なに、どうしたの?」

「いいから早く行くぞ!
今日の予定は全部キャンセルだ!!」

トーマスは私の手を引いて大通りへと出た。
そしてタクシーを捕まえて私を強引にタクシーに乗せ自身も続いて乗り込んだ。

トーマスが運転手に私の家の住所を伝えれば車はすぐに走り出した。

「····うちに行くの?あ···その、手冷たいでしょう?離してくれていいよ」

私の冷えた手を握っていれば今度はトーマスが冷えてしまう、そう考えてそれをトーマスに伝えればトーマスは私を呆れた顔で見て更に強く握った。

「冷てぇから握ってんだろ、いいから大人しく握られてろ」

「····あ、うん····」

どうやらトーマスは私の手を温める為に我慢してくれているらしい。
私の不注意でトーマスに申し訳ないことをしてしまったと反省した。
トーマスの手は凄く暖かかった。
そこから体温がじわじわと伝わってどんどん身体の冷えは和らいでいった。


そうこうしている間にタクシーは私のマンションに着いた。
財布を出そうとしたが早々にトーマスがカードで支払いを済ませてしまった。
トーマスにお金を返そうとするもいらないと断られてしまった。




「エアコンいれるぞ」

鍵を開け部屋に入るなりトーマスはそう言ってエアコンのリモコンを手に取って暖房を付けた。

「あ、うん。今お茶入れるから」

「俺がやるから座ってろ」

トーマスは私を強引にソファーに座らせてそこに置いてあったブランケットを私にかけた。
私の身体を気遣ってくれているようだ。
なんだか申し訳ないと思いつつもトーマスの優しさに甘えることにした。

トーマスは慣れた手付きで紅茶の準備をしている。
紅茶は私が淹れるよりトーマスが淹れた方がずっと美味しい。
その美味しい紅茶の味を知っているのはトーマスの家族を除けば私だけらしいのだからなんとも贅沢な話だ。

「ほら」

私の前に紅茶のカップが差し出された。

「ありがとう」

それを受けとればトーマスも隣に腰を掛けた。
私は息を吹き掛けて少し冷ましてからそれを一口飲んだ。
普段とは風味が違うその紅茶は冷えた身体に染みた。

「ジンジャーとシナモン入れたの?」

「ああ、お前馬鹿みたいに冷えてるからな」

トーマスはじろりと私を見た。
どうやら怒っているようだ。
反省はしつつもトーマスのその優しさについつい頬が弛んでしまう。

「遅れたのは俺だけど何処かで待ってろって言っただろ。
そもそもなんでそんな薄着なんだよ」

「それは···ごめん。家を出る時は暖かかったんだよ」

というより昨日までは季節に似つかわしくない気温だったのだ。
それで油断してしまった。
外に出て暫くしてから一気に気温が下がってどうしようかと悩むも帰っていては待ち合わせ時間に遅れるかもしれない、そう考えそのまま電車に乗ってしまった。
その時になってからトーマスから遅れると連絡を受けたのだった。

「···次からは気を付けます」

そう言って紅茶を流しこんだ。
その頃には部屋はすっかり暖まっていたので立ち上がって上着を脱いでそれをハンガーにかけた。

「風呂入るぞ」

「え、今?」

トーマスは私の言葉を聞く事もせずにお風呂に行ってお湯を張り始めてしまった。
なんだか今日は妙に強引だ。
だがそれも全て私を想っての事だと理解しているので嬉しいばかりだ。

「お前鏡見てみろよ、まだ顔色悪いぞ」

「え?そう?」

トーマスにそう言われて鏡で自分の顔を確認した。
確かに今朝よりも青白くなっているかもしれないと思った。
それにしたってアレだ。

「···さっき化粧したのに」

「今日はもう外に出ないから良いだろ、別に」

私が状況判断を見誤ったせいで今日のデートは無くなってしまった。
こうして二人でいられるだけで勿論幸せではあるのだが久しぶりの外でのデートに浮かれていたこともあったのでやはり少し残念な気持ちだ。

「沸いたから入るぞ」

「うん····え?もしかしてトーマスも?」

当たり前だろ、そう言ってトーマスは私を脱衣場へと連れていく。
正直恥ずかしいので抵抗したい気持ちもあったがトーマスが善意でやってくれていることも分かっていたので抵抗出来ずそれに従った。

「ほら」

「や、自分で、」

静止する私の言葉を無視してトーマスは私の服を一気に脱がせた。
そのままインナーを脱がされて下着まで全てトーマスに脱がされたのはさすがに恥ずかしかった。
私の服を脱がし終えるとトーマスは自身の服を脱ぎ始めたので私は早々に浴室へと駆け込み、かけ湯をして浴槽へと浸かった。
浴室内に置いていた入浴剤をお湯に流しこめば透明だったお湯はすぐに乳白色へと変わった。

「今更照れてんのか?」

「当たり前でしょう」

遅れて浴室内に入ってきたトーマスはそれを見て少し意地の悪い笑顔を見せた。
そしてトーマスも私と同じように浴槽に浸かった。
そのまま私を後ろから抱き締めた。

「ちょっと、ち、近いから」

「やっぱ冷えてるな」

トーマスは私の言葉なんて聞く気はないようだ。
逃げようとすればお腹に回された手に力が込められた。

「じっとしてろ」

トーマスは私の肩に顔を乗せている。
私としてはそれだけで十分過ぎるほど体温の上昇を感じているのだが。
トーマスからすればまだ私の身体は冷たいらしい。

「ごめんね、その、···ありがとう」

「まぁ今日はいい、次からは気を付けろよ。
とりあえず出たらたっぷり暖めてやるから」

「え」

トーマスはそう言って笑っている。
その言葉の意味をなんとなく理解した私は更に体温が上がったように感じた。

「いや、あの、十分暖まったんだけどね?」

「俺からのファンサービスだ。
有り難く受け取っておけよ」

ああこれは問答無用でってやつか、それを察した。
トーマスは私の首筋にチュッと音を立ててキスをした。

「···トーマスがシたいだけなんじゃないの?」

「そんな風に思ってんなら今ここで襲ってやろうか」

トーマスの言葉にすぐさまごめんなさい、と口にすればそれはそれで気に入らないと不満を述べられた。
どうすれば正解なのか分からない。
そう考えていればトーマスの手がどうにも怪しい動きを始めた。

「ト、トーマス!逆上せちゃうから、その、ベッド行こう!」

今にも始まってしまいそうなそれを静止する為に振り返ってそう声をかければトーマスは胡散臭い笑顔を私に向けた。
そこでしまったと気が付いた。

「名前はヤル気満々になってくれたようで嬉しいぜ」

どうやら私はトーマスの手のひらの上で踊らされてしまったようだ。
それに気が付いてしまった私は心の中でため息をついた。

「·····また後で紅茶淹れてくれる?」

「お前の為だったらいくらだって淹れてやるよ」

トーマスは私にそう言ってキスをして笑った。
今度は先程見せたような作り笑いではなかった。
悪戯が成功した子供のように無邪気な笑顔。

そんな顔を見せられてしまえば私から抵抗の意思はすっかり消えて無くなってしまった。

「···ありがとうトーマス、大好きだよ」

「そんなの知ってる」


私は悔しくなる程トーマスが好きだ

凍えるような冬の寒さはそれを改めて私に自覚させた