(あー寝られない)
眠くて眠くて仕方ないのに私はそのまま眠りにつくことが出来ずにいた。
原因は考えるまでもなく分かっている。
「····苦しい」
我慢が出来なくなって私は身体に巻き付いたトーマスの腕を剥がそうとした。
しかしそれは更に強い力で抱きしめられた事で失敗に終わる。
「ちょっと···」
なんとか振り返って私を拘束している彼を見ればそれはもう気持ち良さそうにすやすやと眠っている。
それにイラついた。
「トーマス、暑いから!」
今度こそ強引に彼を引き剥がせばそこでようやく彼は目を覚ました。
「···なんだよ····まだ夜中だろ」
トーマスは眠そうに目を擦りながら私にそう言った。
文句を言いたいのは此方の方だ。
「トーマスがくっついてるから寝付けないの。
私やめてって言ったよね?」
寄り添って眠る程度なら問題ない。
だがトーマスは違う。
トーマスは私をぬいぐるみかなにかと勘違いしているのではないかと思う程きつく抱いて眠るのだ。
そのせいで私は仮に眠っていたとしても息苦しくなってすぐに目が覚めてしまう。
「····だって、····しかたねぇだろ····」
その不満を口にすればトーマスは唇を尖らせて不満顔だ。
「とにかく眠れないから、私今日はソファーで寝る」
「は?」
私はそう言って枕と予備の掛け布団をクローゼットから取り出しリビングのソファーに移動した。
ベッドよりはかなり窮屈ではあるが私が1人で寝る分には支障はない。
大きめのものを買っておいて良かったと思った。
ソファーに横になり布団をかぶればすぐに睡魔に襲われた。
これでようやく眠れる、と目を閉じた、そんな時だった。
「·······トーマス」
トーマスが狭いソファーに無理矢理割り込んできて先程と同じように私に抱き付いてきたのだ。
「ちょっと···こんな狭いとこにこないでよ····意味ないじゃない」
はぁ、とため息をついて苦言を溢せばトーマスは私を恨めしそうな目で見つめてきた。
「なんでそんなに俺を拒むんだよ」
トーマスは肩にぐりぐりと額を擦りつける。
この男の狡い所だ。
ついついその可愛らしい仕草に我が儘を全て許してしまいたくなる。
「寝るのはいいけどもうちょっと離れて寝てほしいの、わかる?
私はあんな風にされてたら眠れないの」
わしゃわしゃと犬にするように雑に頭を撫でてあやせばトーマスは恥ずかしそうにしながらも私の手を払いのけるような事はしなかった。
トーマスは私にこうされて嬉しいらしい。
「·····どうしても、だめ?」
なんだろう、これは演技なのだろうか?
トーマスの事は贔屓目無しで見ても可愛いとは思っているが最近の彼のこれは演技としか思えないように感じる。
そのあまりのあざとさに。
「····もう、好きにして·····」
結局私は折れてしまうのだ。
トーマスは私の言葉に嬉しそうに笑って更に強く抱き付いた。
まさかここでこのまま眠るつもりなのだろうか。
「ねぇ、トー·····」
どうせ先程と変わらぬ状況になるならせめて広いベッドに移動しようと声をかけようとトーマスを見ればもうは既に私を強く抱いたまま眠ってしまっていた。
「·····こんなところですぐに眠っちゃうくらい疲れてるなら尚更一人で眠ればいいのに」
バカな子程可愛いとはトーマスのような子のことを言うのかもしれない。
こんなこと本人には言えないけれど。
「取り敢えず明日の晩ごはん高いもの奢らせてやる」
私は今日眠る事を諦めた。
まぁ眠れなくてもくっついているトーマスを愛でるのは悪くない。
なんやかんやこんな我が儘で甘ったれなトーマスを私は愛している。
「美味しい」
「そりゃ良かったな」
半分冗談のつもりで言っていたが本当に食事を奢ってもらえる事になった。
しかも自分では行かないような価格帯のお店で。
「トーマスはすぐ集られそうだから気を付けたほうがいいよ」
なんか煽てられたらその気になって奢っちゃいそうな感がある。
「別にんなことねぇよ、お前だから気にしねぇだけだろ」
「ならいいんだけど。
あ、これ美味しい。ほらトーマスあーん」
少々お行儀が悪いとは思いつつも個室ということもあり誰も見ていないだろうしいいかとトーマスにそれを差し出せば少し気恥ずかしそうにしながらそれを口にした。
やはり餌付けをしているようで楽しい。
「雛鳥にごはんあげてる気分になる」
「なんだよそれ!」
拗ねるトーマスが可愛い。
トーマスのせいで寝不足な事を忘れる程度には。
まぁ今夜は早く寝よう、そんなことを考えていた時だった。
「·····なぁ、今晩も泊まっていい?」
「え」
トーマスは甘えた視線をこちらに向けている。
とても可愛いと思った。
とまぁ現実逃避してみたのだが流石にそれはまずいと思ってどう回避するべきかと頭を捻った。
「·····トーマス明日仕事でしょう?私もだけど」
「直接行ける」
なんというかトーマスは私にお願いするように言ってはいたが、どうにも本人はもう完全に帰るつもりがなさそうに思う。
「····今日シなくていいなら」
「え」
「····トーマスはシた後私の事放してくれないでしょう?
その、さすがに明日は仕事だから寝られないとまずいから」
全部言い終わる前にトーマスがどんどん寂しそうな表情に変化していく。
それにどうしようもく罪悪感を感じる。
「····その、するのが嫌なんじゃなくて、寝られないのが困るのであって····」
なんなら別々に寝るのであればシてもいい、そう伝えればトーマスはまるで置いてきぼりにされた子供のような表情で私を見つめてきた。
なけなしに存在する私の中の母性が悲鳴をあげる。
「····俺は一緒に寝たい。
俺は名前を抱きしめてたら凄く寝られる····」
「····つまりシなくてもいいけど一緒には寝たい、と?」
「いや、シたいけど」
なんというかこうも自分の欲望を全て叶えようとしてくるのも如何なものかと思う。
だがそうなったのも私にも責任がある。
付き合い始めた頃トーマスは何かに自責の念のようなものを抱えていた。
私はそれがまどろっこしかった。
はっきりと言ってしまえばめんどくさかったのだ。
だから強引に彼の心に土足で足を踏み入れてしまった。
その時トーマスは子供のように癇癪を起こして私に罵声という罵声を浴びせた。
そしてその後盛大に泣き出してしまったのだ。
そんな彼を畳み掛けるように脅したのだ。
今日みたいになってもいいから私にこれからは全部ぶつけろ、それが嫌なら別れよう、と。
トーマスは驚いた表情を見せた後絶対に別れない、そう言った。
その日からずっとこの調子なのだ。
「····なら帰ってからちょっと仮眠取らせて。
その後えっちしよう」
トーマスは私の言葉に顔を赤くして頷いた。
なんというか、言いたい事は山程ある。
だけど色々と諦めた。
私も悪いのだと。
「そのかわり明日は来ないでね」
「····そんな言い方ないだろ」
トーマスはじとりと恨めしそうに私を見た。
しかしそう言わなければ私の身が持たないのだ。
トーマスは少し寄るだけと言っても結局最終的には私の家に泊まると言い出すのだから。
そうなれば、どうなるかなんて考えるまでもない。
「まともに働けなくなっちゃうから仕方ないでしょ」
「····俺が養うから別に働かなくてもいいだろ」
トーマスの言葉に驚いて箸が止まった。
まぁこれまでだってトーマスには自分では買わないような高価な贈り物を何度もされているが。
こんな風に言われたのは初めてのことだ。
「なにそれプロポーズ?」
「え?俺と結婚したいのか?」
トーマスは私の質問に対して驚いた表情でそう言った。
どうやらそんな意思は無かったようだ。
「····なんでもない。
ばーか、やっぱり泊まらせてやんない」
なんというかまるで私が期待して勘違いしたようになってしまった。
養ってやるだなんて誰が聞いたって普通はそういう意味に聞こえると思うのだが。
トーマスは普通では無かったのだ、忘れていた。
「いやだ、絶対泊まる。
泊まらせてくれないならホテル連れ込む」
「·····ほんとにバカなんだから」
トーマスは結局私の家に泊まった。
何故かその日はいつもよりやたらしつこくてあまりにも疲れ果ててしまい寝不足ということも相まって私はそのままトーマスに抱かれたまま眠りについてしまった。
そして翌日トーマスは私との約束を破って再びうちにやって来た。
眠れたとはいえ昨日好き勝手に抱かれたせいで身体の疲れはなかなかのものだったのでインターホンのカメラにむかって帰れと言ってやればトーマスは鞄から何かを取り出した。
そして一枚の紙をカメラに差し出してこう言った。
『俺と結婚して』
既に半分の項目が埋まった婚姻届を見せつけてトーマスはカメラの向こうで照れくさそうに笑っていた。
トーマスは私がそれを私が断るだなんてあり得ないと思っているのだ。
本当に我が儘で甘ったれで我が儘なトーマスは可愛いくて困った子だ