「ん···」
自然と目が覚めた、とても心地よい目覚め。
昨日見た天気予報で今日は寒くなると言っていたけれど寒いどころか少し暑いくらいで、その原因は間違いなく彼だろう。
「(トーマスは寒いのかな?)」
冬になってからトーマスは私の身体を湯たんぽ代わりに抱いて眠ることが多くなった。
といっても私は寝苦しくなって無意識で彼をいつも引き剥がしてしまうのだけれど。
それでも彼は腕は回さずとも私に寄り添って眠っている。
余分な脂肪も筋肉も殆どない彼にこの冬の寒さは堪えるのだろう。
寒がりな癖に彼は服を着ずに眠るから、厚着をすれば済む話なのに肌と肌の接触を好む彼は私にも服を最低限しか着させてくれない。
まぁ私は布団にくるまっていれば大丈夫なのだけれど。
「(あ···)」
顔を撫でて見ると何かがちくり。
「(イメージに無かったけどあって当たり前なのに未だに驚いちゃうんだよね)」
少し伸びた髭。
その感触が面白くて顎をすりすりと撫でる。
やっぱり濃くはないのでぽつりぽつりとだが手にその感覚があたる。
しかし本当に余計な肉が無いので首もともすっきりしている。
猫を撫でるように顎から首にかけて優しく撫でた。
「···くすぐったい」
「あ、ごめん」
そんなことをしていればトーマスは目を覚ましてしまった。
だがまだ寝ていたいのだろう、私に抱き付いて首元に顔を埋めてしまった。
そうされていれば私の首に彼の髪があたってくすぐったいのだけれど。
胸元に彼の伸びた髭がこすれるのもまたそれを増長させる。
だからと言って押し退けてしまう程それが嫌なわけではない。
「よしよし」
頭を包みこむように抱きしめて撫でると彼はもぞもぞと身動いだ。
腰に回された腕が私をぎゅうぎゅうと抱きしめる。
これはもっと、の合図。
今日は可愛がって良い日らしい。
「···今日は寒い日だって言っていたのにあったかいね」
「···俺は寒い」
だからくっついているんだと言わんばかりの態度をとるトーマスがとても可愛い。
それをからかってしまうとまたむきになるのも可愛いのだけれどやり過ぎると甘えてくれなくなってしまうのが分かっているのでやめておいた。
暫く撫でていれば満足したのかトーマスは起き上がる。
私も彼に続いて身を起こした。
「やっぱり布団から出ると寒いね」
私はすぐにエアコンのリモコンを手に取り暖房のスイッチを入れる。
エアコンを入れたまま眠るとどうしても喉がやられてしまうのであまる付けたまま眠るということはしたくない。
それが故寒がりなトーマスに負担を掛けてしまうのは申し訳ないのだけれど。
「ほら、着て?」
まだ眠そうな彼に着る毛布を羽織らせる。
トーマスは素直にそれに袖を通して再び私を抱き寄せた。
慣れたもんだが直に触れる彼の胸にやはり未だに少しおかしくて笑いそうになる。
寒がりな癖にどうして彼は服を着て眠らないのだろう。
顎には少しだけ髭が伸びているだけで胸元にもお腹にも目立つような体毛は見当たらない。
なんだったらもっと下の方だって。
さすがにそれは処理しているからなのだうけど。
初めて見たお父さん以外の男の人のそこはトーマスだったので処理されていた分むき出しになっていたそこを見た時は驚いてしまった。
私はそういう事になる事を踏まえて整えてはいたのだけれど全て処理はしていなかったのでそれが恥ずかしくなって右往左往あったのだけれど結局押しきられてしまったのも今となっては笑い話だ。
結局私は全身永久脱毛をしたのはどうでもいい余談だ。
「トーマスもどんなに綺麗でも男の人なんだね」
「俺がどう見りゃあ女に見えんだよ」
むすっとした顔で私に不満の視線を向けるトーマス、その声は心地よい男性特有のテノールだ。
「そういう意味じゃないけど、トーマスは自分の顔が綺麗なのよく知っているでしょう?」
「···別に俺は綺麗だなんて言われても嬉しくねぇけどな」
トーマスは隠すように顔を再び私の肩に埋めてしまった。
正直私が彼の顔について一番に浮かぶ言葉は“可愛い”なのだけれど、それを彼に言うと拗ねられてしまうから表現を変えてみたがやはりそれも嬉しくはないようだ。
男だろうが女だろうが綺麗は賛辞になると思うのだけれど。
「ごめん、かっこいいなって思ってるよ
」
よしよしと頭を撫でればトーマスはとってつけたような褒め言葉が気に入らなかったらしく私の肩に噛み付いた。
そういうところが可愛いのだと言うのに
本人は自覚がないのだから困る。
「···顔洗ってくる」
「うん、じゃあ私も紅茶用のお湯先に沸かしておくね」
トーマスは私にこれ以上言っても無駄だと気がついたのだろう。
そう言ってベッドから降りた。
別に喧嘩したわけではない、私達はいつもこんな感じだ。
キッチンに行きポットに水を張って火にかける。
カップとポット、ポットカバーに茶葉を用意してから私も顔を洗う為に髪を軽くまとめてから洗面所に向かう。
「(本当に不思議な感覚)」
鏡の前で髭を剃っていたトーマスと目が合った。
別に機嫌は悪くないがとくに言葉を発することはない。
それは当たり前の話だ、T字の安全カミソリとはいえ自分の顔に刃物をあてているのだから。
トーマスは何も言わずに避けてくれたので私は歯ブラシを取り濡らして歯みがき粉を適量付けてからまた鏡の前のスペースを開けて歯ブラシを咥えた。
トーマスは再び鏡の前に立ち剃り残しがないか確認して顔を洗って泡を流し落とした。
タオルで顔を拭けばそれはもういつものトーマスだった。
「お前いつも俺が髭剃ってる時見てるよな」
「ごめん、なんかやっぱり不思議で」
しゃこしゃこ音を立てながら歯を磨く私を今度はトーマスがじっと見ている。
さっきの手前やめてとも言えず少し居心地が悪い。
それを察したのかトーマスその場を立ち去った。
まぁ私に気を使ったわけではなくポットを見に行ってくれたのだろうけど。
ひとしきり磨き終わり顔も洗って私もキッチンに戻る。
トーマスは既に沸いたお湯をポットに移してくれていた。
そしてポットカバーを被せトレイに乗せてカップと一緒にテーブルまで運んでくれた。
「髭生えてると気持ち悪いか?」
「え、いや、そんなことないよ。
ただイメージはなくて」
みっともないだとか似合ってない、と思って見ているわけではなかったのだがじろじろ見られていたトーマスからすればそんな風に思思えたのだろうか。
だもしたら悪い事をしてしまった。
「あのね、何て言ったらいいかな···。
そう、髭を剃ってるトーマスを見てるとね、ああ、トーマスも男の人なんだなぁって染々思うって言うか···」
「···お前···一体もう何回抱いてるとおもってんだ」
なんて見も蓋もない言い方をするのだろうか。
それとこれでは話が別だと思うのだけれど。
あからさまな言葉に顔が火照ってしまった。
私が動揺したのを見てトーマスは途端に嬉しそうな顔をする。
「なんだよ名前、昨日のこと思い出してんのか?」
「···ばか、えっち!」
調子に乗って腰に腕を回してきたトーマスを押し返そうとするもトーマスはへらへら笑って私を離してくれない。
朝はあんなに可愛かったのにすぐこれだから困ってしまう。
「えっちなのはお互い様だろ」
かぷりと甘噛みされた唇。
反射的に目を瞑った私を見てトーマスは凄く楽しそう。
「なんでそんなにじっと見てくるの」
「そんなのお前と一緒だろ。
お前が可愛いからつい見ちまうんだよ」
ずるい、そんな言い方。
好きな人に可愛いから、なんて言われて。
嬉しくない女の子なんていないと思う。
「···トーマスの方が可愛いもん」
「はいはい、それじゃあ今から可愛い俺のおねだり聞いて果たして同じ事が言えるか、見ものだな」
トーマスの手と動きが怪しい。
キャミソールの裾から背に手が差し込まれた。
「···紅茶飲んでないからまだやだ」
「ははっ、やっぱ名前のがよっぽど可愛いじゃねぇか」
トーマスは意地悪な笑顔でもう一度キスをして蒸し終えた紅茶をカップに注いでくれた。
私はそれを受け取り一口口に含む。
優しくて紅茶本来の少し甘味を感じる風味が私の動揺を落ち着かせてくれる。
「それ飲み終わったら俺が普通の男だってこと思い出させてやるよ」
そんな事改めて教えられなくたって分かっているのに。
トーマスに向ける可愛いは女の子に向けるそれとは全然違うのに。
でもまぁ今日は1日寒くなると言っていたし。
1日くっついているのも悪くない、なんて。
やっぱり私はトーマスと違って可愛くなんてないと思う。