イジワルな貴方

「女の子ばっかりね」

TVの中に写る彼は笑顔で女性に囲まれていた。
その笑顔が作られたものだということは重々承知している。
だが以前は露骨だったその作り笑顔も最近では妙に板について以前は滲み出ていた胡散臭さが殆ど消えている。
それは甘ったるいと言える程、見ているこちらが胸焼けしそうな程に。

「なんだよ、嫉妬してんのか?」

私の隣に座って同じようにTVを観ていた男、今まさにTV画面に映っているトーマスは薄ら笑いを浮かべてこちらを見ながら私の中の肩を抱いた。
TVに映る彼とは同一人とは思えないほど、あきらかに違う表情を浮かべている。
その顔が非常に腹立たしい。

「さすがIV様、とてもおモテになるようで。私もサインをお願いしようかしら」

「名前さんはとてもヤキモチ焼きな方なんですねぇ」

嫌味の言葉を口にした。
だが彼はとくに怒ることもせずに変わらずニヤニヤと癪に触る表情を浮かべ軽口を叩きリモコンを手に取りTVの電源をオフにした。
暗くなった液晶に私の顔が映る。
不貞腐れたような、可愛いとはいえない顔で彼に抱かれている。
先程TVの中で彼に笑顔を向けられていた女の子達とはえらい違いだ。

「欲しけりゃサインくらいいくらでも書いてやるよ」

お前の為ならな、なんて言いながら私の手を取りその項に口を付けた。
この歳でこんな事をこんなに恥じらいもなしにしれっとやってのける男の人はいったいどれだけいるのだろうか。
少なくとも私の周りには彼を除いて他にいないだろう。
様になっているのがまた腹立たしい。

「…なんか最近チャラチャラしてない?昔はあんな顔しなかったのに」

「そりゃあファンは大事なお得意様だからな。
ああやって満足させてやれば喜んで俺のファンでいるだろ」

人気はそのままスポンサーに繋がるから、なんて。
なんとも打算的で身も蓋もない物言いをする。
彼を好いている彼女達が不憫に思えてしまう。

「トーマスって男の人にもモテるよね」

「...キメェ言い方すんな」

彼を前にして頬を染めるのは女の子だけではない。
心酔しきったような表情で彼を見る男性も少なからずいる。
どこか熱を帯びて、きっとただのファンではないだろう、そんな顔をして。

「ちょっと!」

彼の手がするりと服の中に侵入した。
その手は私の横腹を撫でている。

「お前が変な事言うから分からせてやらねぇと思ってなぁ」

耳元で囁かれた言葉は嫌味と言うよりいやらしさ
を含んでいて、そのまま耳朶を舐め上げた。

「っ、こ、こんなとこで、やだってば!」

「ベッドに連れていってくださいっていうおねだりか?」

くっくっくと喉を震わせて笑いながらそう言って耳朶にリップ音を立ててキスをした。
先程よりも強く抱きしめられている。
いや、これは抱きしめているというよりも逃げられぬよう拘束されていると言った方が正しいかもしれない。

「それとも本当に嫌なのかよ?絶対に嫌だって言うならやめてやるよ」

無理強いをしないのは彼の良心なのだろうか。
いや、そんなものでは絶対にない事なんて考えるまでもない。
私が本気で抵抗なんてする気がないことを分かった上で敢えて言っているのだ。
ベッドに連れていってください、と私の口から言わせたくて。

「俺が優しいのはよく知っているだろ?」

優しくないなんて言うつもりはない。
基本的には大事にされている自覚はある。
ただ時々こうして私にいじわるをする事を楽しんでいる節がある。
優しいからこそこういうところが本当にタチが悪いのだ。

「...優しいならならこんなこと言わせようとしないでよ」

「聞きたいんだよ、名前が俺の事大好きだって事をな」

甘ったるい顔、先程TVに映っていた彼とは比べものちならない程。
私にしか見せないそんな顔。
そんな表情を見せられてしまえばもう私も腹を括るしか無くなってしまった。
悔しい、けれどもう仕方がない。
だって私ももうその気になってしまったのだから。

「...連れてって」

たった5文字、変に抵抗してしまったせいで絞り出した言葉に顔が熱を持ってしまった。
私はそれを見られまいと彼の腰に力いっぱい抱きついて顔を肩に埋めた。
そしてすぐに気がついた。
これでは速くなった心拍数を隠せない、と。

「仰せのままに」

トーマスはきっと気付いている。
でもそれ以上意地の悪い言葉を口にせず私の太ももの下に片手を差し込んだ。
私は彼の腰に抱きついていた腕を首に回した。

「お前にしかやれねぇサインやるよ」

何か企んでいることは明確な、爽やかとは真逆な顔。
それでも私はTVの中で浮かべていたあの笑顔よりもこちらの方がずっと好きだと思った。
嫉妬なんてする必要なかったのだ。
私は間違いなく彼にとって特別で、私は彼のファンではなく彼の恋人なのだから。

「...もうサインはいいから」

そう言ったのに彼は聞く耳を持っていなかった。

私はこの後数日間服の選択肢を絞られてしまったことになったのはまた余談だ。